ことば・辞書・日本語文法(2)

日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

慰安

「い」一字を脱して「いあん」を。

 

  三省堂国語辞典

  いあん 慰安(名・他サ) なぐさめること。気晴らし。「-旅行」                                

 

「なぐさめること」と「気晴らし」ではずいぶん印象が違うのでは。同じことの言い換えのつもりなのでしょうか。違う意味なら、①と②に分けるはずです。

「なぐさめる」と「きばらし」を見てみます。

 

  なぐさめる 慰める(他下一) ①つらい気持がやわらぐようにする。「失恋した友だちを-・霊を-」
      ②〔文〕苦労をねぎらう。「労を-」 

  きばらし 気晴らし(名・自サ)ゆううつな気持ちを、はればれさせる<こと/おこない>。気分転換。    (三国)


 そもそも他動詞と自動詞ですし。「(自分の気持ちを)なぐさめる」なら、「気晴らし」に近くなり、「自分を」なので自動詞的になりますが。

上の「慰安」の語釈の「なぐさめる」は①、②のどちらなのか。まずは①だと考えるか。それで「気晴らし」と近いものと考える。

「慰安旅行」は、会社が社員の「苦労をねぎらう」のでしょうから、②ですが、①の意味にもなるでしょうか。自分で自分の気持ちを慰める?

また、「なぐさめる」の①の例に「慰安する」を入れると、「失恋した友だちを慰安する」となりますが、そう言えるでしょうか。

「慰安する」「慰安を与える」などの表現は、現代語としてはあまり使われない、かなり硬い書きことばでしょう。よく使われる「慰安旅行」という複合語以外は[文](三国では「文章語」の略語)としていいのでは?

 

現在、新聞などで「慰安」が使われるのは、「慰安旅行」を除けば、圧倒的に「慰安婦慰安所」という熟語の形だと思います。そこを国語辞典としてどう扱うか、が問題です。

それが、三国でこの語の語釈・用例を見たときの、何とも言えない違和感、物足りなさの由来なのでしょう。ん? これで済ませてしまっていいの? という。


三省堂現代新は「慰安婦」を項目として立てています。明鏡・大辞林広辞苑も。


  慰安婦  [第二次世界大戦などの]戦地で将兵を相手に売春を強いられた女性。従軍慰安婦

 

三国のような、「中学生から使う」国語辞典にこのような語が必要かどうか。社会科の教科書に出てくるなら、新聞でよく見る語なら、やはり必要です。「広く一般に使われている」語です。ただ、こういう語は強いて立てない、という立場もあるとは思います。賛成はしませんが。(広辞苑大辞林の類では必須の語でしょう)

さて、三国の編集者はどう考えているのか。

 

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