ことば・辞書・日本語文法(2)

日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

「うえ」という基本的な語をどう説明するか、です。三省堂国語辞典から。

 

  上  ①高い<ところ/地位>。「山の-・階級が-・-〔=上層部〕の意向」(⇔下)

  高い  下からの<長さ/へだたり>が大きい「-山・背が-・空高く飛ぶ」

  下  位置が低い<こと/ところ>。「-のほうへおりる」

  低い  下からの<長さ/へだたり>が小さい。「-丘・背が-・天井が-」

 

まとめると、

  上(高いところ)、高い(下からのへだたりが大きい)、下(位置が低い)、低い(下からの隔たりが小さい)

「上」の説明に「高い」が、「高い」の説明に「下」が必要で、「下」の説明に使った「低い」の中に「下」が使われています。結局堂々めぐりですね。

「右(左)」をどう定義するかは、よく話題にされますが、なぜ「上下」については、定義の難しさが議論されないのでしょうか。

 他の辞書はもっと単純です。

 

  新明解 上 高い(方にある)こと(所)。
      高い 基準とする位置から上の方向への隔たりが比較の対象とする(一般に予測される)ものより大きいと認められる状態だ。

     明鏡  上 三次元の空間で、ある基準となるものより高いほう。
      高い 上方への距離が大きい。
             上方 上の方。

     岩波  上 位置が高い、または表立った所。
      高い 基準とする面から上への距離が大きい。              

  大辞林
      上 ① 基準とする点より相対的に高い方向、または位置。「-を向く」「-の棚には洋酒を並べる」
      高い ① 空間的に基準面よりかなり上にある。 

 

これらの辞書では、「上」と「高い」の語釈がお互いにもたれあっています。他の辞書も、私の見た範囲では同じようなものでした。

まあ、普通の人はこれで別に困らないわけですが。

三次元の方向、前後・上下・左右をどう説明するか、知的なパズルとしては面白いんじゃないでしょうか。

(人間は、生きていく中で重力の方向(「重力」という概念を知らずとも、「ものが落ちる方向」でいいでしょう。)を意識せざるを得ず、その軸に従って、地面のほうを「下」とし、空のほうを「上」とする、でどうでしょうか。)

 

次に、平面などでの「上」を考えます。明鏡がなかなか詳しく書いています。

 

  明鏡 ③平面上の位置関係で、中心部や基準とする所よりも視線が上がる所。「写真の中央から二センチほど-に変な影が写っている」「-から三つ目の文字は誤植だ」
    ⑤文章で、既述された部分。以上。「-に述べたように」[表現]横書きでは「上」、縦書きでは「右」と使い分ける場合もある。

 

「視線が上がる」から「上」ということでしょうか。そもそも「視線が上がる」理由は何なのか、が説明すべきことなのでは?

また、文章で「上に述べた」というのはなぜなのか。「以上」という類義表現を加えたのはうまいと思いますが、なぜ「(以)上」なんでしょうね。日本語(中国語も)はもともと縦書きだったわけですから、「右」のほうが自然な気もしますが。

[表現]の欄で「横書きで(上):縦書きで(右)」の違いに触れているのもなかなか細かくていいと思います。(ただし、③のほうの例文で「上から三つ目の文字」は縦書きの場合でしょう。1行の中での話と、2行以上にまたがる「文章」での既述部分の話とでは、[上]か[右]かが違ってくるわけです。なかなか難しい。)

 

     旺文社 ⑧紙などを人の前に置いたとき、その人から遠いほう。「-から五番目の行」
              ⑨順序が先にあるほう。「-に述べたように」

 

「遠い」「先にある」ことがなぜ「上」になるのか。それが問題です。

  

  現代例解 ①空間的に、あるものに比べて高い場所、位置。平面で、他のものから相対的に遠いほうをさしてもいう。(略)「ノートの上の余白に書く」「上から三行目」

        ⑤音の高い部分。「上の音が出ない」

 

「他のものから相対的に遠いほう」というのはわかりにくい説明です。

「ノートの上の余白」という例はいい例ですが、説明と合っているかどうか。

「上から三行目」の例は、横書きであることを前提にしています。そのことを言っておいたほうがいいんじゃないでしょうか。

「音が高い」というのもなぜなんでしょうね。「高音:低音」という言い方はいつからあるんでしょう。[高]ければ自然に「上の音」と言えることにはなりますが。(大辞林の「高い」に「② 音や香りが顕著である。」という説明がありました。「高い」とはそもそも「目立つ」ということなのでしょうか。ふーむ。面白いですね。)

 

  大辞林 ④ 紙などを人の前に置いた時、その人から遠い方向、または位置。「-から三字目は何と読むのか」「本文の-に頭注をつける」
     ⑤ 連続しているものの、順序が先の部分。「-に述べたように」「-に『ら』のつく言葉を言って下さい」

 

「順序が先」だとなぜ「上」なのか。「上から下へ書く」ということが前提になっているのでしょう。平面に置いた紙などより、「立て札」「石碑」などのイメージでしょうか。

   

    小学館日本語新
        ④立てたとき、位置が高くなるべき部分、方向。(ア)(足に対して)人の頭の方向。「布団を上に引っ張る」(イ)本や紙などを前に平らに置いたとき、その人から遠い方の部分。「上に英文を書き、下に訳を示す/切手を封筒の左の上の端にはる。


「立てた時、高くなる」から、という説。なるほど。私は、この説がいいかな、と思うのですが、でも、「本や紙」は「立てた時」が標準状態なのか、という疑問がどうしても残ります。本棚には立てて並べますが、「積ん読」とも言うし。東洋の昔の本は、立てられなかった? (上(!)で触れた「立て札」「石碑」などは、まさに「立って」います)

布団の例はいい例ですね。寝ているとき、「頭の上/足の下 のほう」という言いかたをします。「(人が)立っている時」が基準なんですね。

 

なお、三国・新明解・岩波には、平面での「上」の用法についての記述はありません。こういう用法があることに気付いていないのでしょうか。