ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

質量

科学用語をきちんと説明するのは難しいことです。その一例を。

 

 三省堂国語辞典 

  質量 ②〔理〕物体をてんびんにのせたとき、どれだけおもりをのせるとつり合うかを示す数値。重力が変わっても一定。基本単位はキログラム。→:重さ。

 

さて、これでいいでしょうか。「重さ」を見よ、というので見てみます。

 

 三省堂国語辞典 

  重さ ②ものを、台ばかりにのせてはかる数値。目方。重量。〔物理学では、物体に加わる重力の大きさ。無重力状態では、重さはゼロになる〕→:質量 

 

こちらには「物理学では」以下の説明があり、その中で「無重力状態」での「重さ(重量)」の問題に注意を向けさせています。

この「無重力状態」の場合を考えると、「てんびん」で「つり合う」かどうかを調べる「質量」の項のやり方も有効でないことがわかります。てんびんを使って比べられるのも、結局重さ・重量だからです。

新明解は

  〔物理で〕物体が有する物質の量。〔昔は密度と体積の積と考えられたが、現在では、物体に働く力を加速度で割った値、すなわち動きにくさを表わす量として定義される。基本単位はキログラム〕
                 [新明解国語辞典第七版]

 

力と加速度で定義します。それだけではわかりにくいので、「すなわち動きにくさ」のことだ、と説明を加えています。質量とは「動きにくさ」を表す量だ、と言われて、なるほど、と思う人は少ないかもしれませんが。

しかし、そう言わざるをえないのが科学的な定義というもので、三国の「てんびん」の説明はわかりやすいのですが、不正確です。

私が見た中では、例解新国語辞典がわかりやすく、正確だと思いました。

 

  質量〔物理〕物体のもっている、物質の量。大きさは、キログラムで表す。重いものほど、また、力をくわえたときに加速しにくいものほど、質量が大きい。[参考]地球上では、ふつう、重量が質量であるが、重量は地球の引力〔=重力〕にひかれて生ずる重さだから、月では重量は六分の一になり、無重力状態では、重量ゼロになる。これに対して、質量はどこにあってもかわらない。

                 例解新国語辞典

 

すべての項目をこのように詳しく説明することは、辞典の大きさという問題を考えると、できないのですが、きちんと説明しようとすると、こうなるのだと思います。例解新の「中高生向け」という態度がよく出た項目です。