ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

FGHI

前回の続きで、F以降を見ていきます。(Eはすでに見ました)

三省堂国語辞典を中心に。

 

  エフF ①[f]〔←フォルテ〕。②[F]〔←ドFahrenheit〕華氏温度。

     以下③から⑧まで略記   ③レンズの明るさ ④焦点距離 ⑤建物の階 ⑥鉛筆の硬さ  ⑦女性 ⑧フリーサイズ

     ジーG・g〔←gravity〕〔理〕加速度の単位をあらわす記号。重力の作用だけで落下するものに加わる加速度が、1G。「三-〔=地球上のGの三倍の加速度〕・-がかかる〔=重力が加わる〕  (三国)

 

 「F」の詳しさは何でしょうか。それだけの用法があると言えばそうなのですが、「G」と比べるとその違いの大きさに驚きます。

明鏡の「G」を見ると、

 

   ①〖g〗質量の単位、グラム(gramme)を表す記号。
   ②〖g〗重力加速度(gravity)を表す単位および記号。
   ③〖G〗数の単位、ギガ(giga)を表す記号。
   ④〖G〗磁束密度の単位、ガウス(gauss)を表す記号。
   ⑤〖G〗万有引力定数を表す記号。
   ⑥〖G〗音楽で、音名の一つ。ト音。    (明鏡)

 

とあり、多くの用法があげられています。少なくとも、「グラム・ギガ・ト音」ぐらいは三国にもあるべきでしょう。

結局、三国の「F」と「G」の違いは、執筆者の違いなのでしょう。「E」が詳しかったように。(明鏡は、「E」「F」は項目すらありません。こちらも、執筆者によって詳しさが違い、編集者はそれに気付いていません)

新明解は、「F(f)」は詳しいのですが、「G」はありません。

 

 【F】
   ①〔←ド Fahrenheit〕カ氏温度。
   ②〔←focal length number〕〔写真で〕レンズの明るさを表わす記号。〔開放にした時のしぼりの数値で示す。例、「F 1.8」〕
   ③〔←firm〕鉛筆の芯(シン)の硬さを表わす記号。HBより硬く、Hより軟らかい。
   ④〔←floor〕その建物の、地上何階かを示す記号。
 【f】
  ①〔楽譜で〕フォルテの略記号。
  ② 〔←focal length〕〔写真で〕レンズの焦点距離。「f= 45 mm」 (新明解)

 

三国と似ているのは、もしかすると同じ執筆者なのかもしれません。三国の⑦⑧は、あとからの改訂で付け加えられたもの、と勝手な推測をしてしまいます。

次は「H」です。「エイチ」と「エッチ」の2つの発音があります。三国は「エッチ」は性的なこと、「エイチ」はそれ以外、と分けています。

 

  エイチH ①〔←hard〕えんぴつの芯のかたいことをあらわす記号。(⇔ビー) ②「ヒップ〔=しりまわり〕」の略字。③〔←hour〕〔看板などで〕→時間③ △エッチ

  エッチH①(形動ダ) 性的でいやらしいようす。②(名・自サ) 性交。[表記]「H」とも書く。     (三国)

 

明鏡は「エッチ」に統一し、鉛筆と性的なことのみです。

  エッチ【H】名 ①鉛筆の芯しんの硬さを表す記号。1Hから9Hまであり、数値が大きいほど硬い。エイチ。⇔B hard(=硬い)の略。

   ② 形動〔俗〕性的に露骨でいやらしいこと。また、その人。「━な話」hentai(=変態)の頭文字からという。

     ③自サ変〔俗〕性行為を遠回しに言う語。「恋人と━する」 (明鏡)

 

新明解も同じです。

  エッチ【H】〔エイチの俗な発音〕 ①〔←hard〕鉛筆の芯(シン)の硬さを表わす符号。[語例]-B ・ 2- 〔=HHとも書く〕⇔B

    ②-な〔Hentai(変態)の頭(カシラ)文字で、もと女学生の用語という〕性的な事柄に興味を示す様子だ。「-する〔=(結婚する意志もないのに好奇心にかられて)性行為を行なう〕」  (新明解)

 

それにしても、「エッチする」の解説のすごく偏ったものの見方は、さすが新明解ですね。山田忠雄が亡くなっても、その精神は生きているようです。 

さて、「I」ですが、どの辞書にもありません。それでいいのでしょうか。「アイエルオー ILO」などは項目としてあるのですから、「I」という字を「アイ」と読むことは、日本語の知識の一部です。(「アイ」は英語の発音ではありません。日本語の中に取り込まれた、外来語としての発音です)

また、

  i 2=-1

が読めないと、そして、この等式の意味がわからないと、高校を卒業したとは言えないんじゃないでしょうか。

日本語の中で、日本語として使われている要素を過不足なく取り出し、適切な記述をすること、これが国語(日本語)辞典の役割だと思うのですが。

この問題は、国語辞典の多くに共通する問題です。(このことは、前に「パイアール二乗」という記事の中でも書きました) 

 

◇追記  20.11.23

「G」のところで、

 

   少なくとも、「グラム・ギガ・ト音」ぐらいは三国にもあるべきでしょう。

 

と単純に書いたのはよくなかったと思うようになりました。

 

「グラム」は「g」と書くけれども、「ジー」とは読みませんね。

「2g」は、「にグラム」と読む。

「ギガ」も、「2G」は「にギガ」と読むでしょう。

 

つまり、明鏡が「ジー」の項目にこれらを入れたこと自体がそもそも問題を含んでいると考えるべきでしょう。

 

「g」は、字(記号)としては確かに「ジー」という発音を持つけれども、「グラム」の意味で使われた場合は、それを「ジー」と[読む]わけではない。そのようなものを、「ジー」という発音(読み)の見出し項目の中に入れていいのか。

そこを考えておく必要があります。

 

これは、明鏡だけの問題ではなく、他の辞書にも共通する問題です。

「2Gヘルツ」と書いてあるものを見て、この「G」が何を意味しているのか分からない人が辞書を引こうとするなら、やはり「ジー」を見るのでしょうから、「ジー」の所で「ギガ」の意味とそう読むことを説明する必要がある。

そこで、この「2G」は「にジー」とは読まないことを注記しておくべきでしょう。

 

なかなか複雑ですね。他のアルファベットも考え直してみなければなりません。

助詞「は」のところに「ワ(wa)と発音する」と書くようなものでしょうか。