ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

おとな:続き

またひさしぶりですが、「おとな」の続きを。

「おとな」とは、

 

   物の考え方やからだが十分に発達し、一人前の社会人としての能力が備わるものと認められる   明鏡「成年」

 

ような人で、

 

  〔法律上の権利・義務などの観点から見て〕社会の一員とされる  新明解「成人」

 

というあたりが前回の話でした。

 

では、次の歌詞の中の、井上陽水が歌う「おとな」はそういうおとなでしょうか。
 
    君は季節が変わるみたいに大人になった(「いつのまにか少女は」)

 

「一人前の社会人」とか、「法律上の権利・義務」という話ではなさそうです。「物の考え方やからだが十分に発達し」というところはつながりがありそうですが。

陽水の歌詞は、次のように続きます。

 

  いつのまにか「愛」を使うことを知り
  知らず知らず「恋」と遊ぶ人になる
  だけど春の短さを誰も知らない

 

つまりは恋愛をするようになった、ということですね。

「一人前に成長する」とは、社会的なことばかりでなく、人間関係においても言えることです。

 

突然、古代の話になりますが、高校の古文の授業で「伊勢物語」の第一段、

  昔、をとこ、初冠して、奈良の京かすかの里に、しる由して狩に往にけり

というのを習いました。「初冠(ういこうぶり)」というのは古代の元服ですね。「多くは十代なかばごろだったようです」と小松英雄は書いています。(『伊勢物語の表現を掘り起こす』p.28)

この若い「をとこ」は、「女はらから」を見て、恋歌を送ります。一人前の男なら、美しい女性を見たら心を動かされ、歌を送らなくちゃいけない。「おとなになる」とはそういうことです。

陽水の歌詞の「少女」はその女性版です。ここのところを、辞書でどう書くか、書かなくていいか、です。