ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

前回の「映画」に続いて、今回は「絵」をとりあげます。みなが知っているものをどう記述するか。一つの辞書をのぞいて、特別善し悪しはありませんが、それぞれの注目点・述べ方の工夫などを見ていくと興味深いです。

まずは三省堂国語辞典から。

 

  ものの形やありさまを、目に見えるようにかきあらわしたもの。絵画。 三国

 

用例なし。簡潔ですね。
「目に見えるように」とわざわざ書いているのはどういう意図でしょうか。「ものの形やありさまを、かきあらわしたもの」では足りないと感じたのでしょうか。おそらく、「かきあらわす」だけだと、ことばによる表現と区別できないからでしょう。

 

  ものの形や見た感じなどを、文字や記号を使わないで、色や形で平面上に書きあらわしたもの。[用例]絵で見る。絵にかく。絵をかく。絵師。[類]絵画。  例解新
  
こちらは、わざわざ「文字や記号を使わないで、色や形で」と言っています。
「平面上に」ともありますが、必ずしも平面でなくてもいいのでは?
「絵にかく。絵をかく。」の違いを例としてあげているのはいいと思いますが、さらに情報量を増やして、「山を絵にかく。山の絵をかく。」としたほうがいいように思います。

 

  物の形・姿、想像したありさまなどを線や色彩で表したもの。絵画。「富士山の-」「-を描く」           明鏡

 

「想像したありさま」が加わります。「色や形」でなく、「線や色彩」です。線と形の違いとは。考え出すと難しそうですね。

 

  物の形や彩り、また、心のうちにあることを、面上に描き表わしたもの。絵画。

                       現代例解

 

「心のうちにあること」です。なんだかよくわかりません。だんだん抽象的になってきました。「平面上」でなく、「面上」としたのも意図的でしょう。(以後、辞書の引用では用例を省略します。)

 

 ものの形やありさま、心の内面にあるイメージを、点・線・色などで平面上にかき表したもの。絵画。図面。        小学館日本語新

 

「心の内面にあるイメージ」としたのは、「心のうちにあること」よりいくらかわかりやすいでしょうか。「点・線・色」と「点」が入っています。「点描主義」を意識した? 
  
   物の形象を描き表したもの。言葉や記号によらず、直接、面上に表現したもの。絵画。                岩波

 

「心の内面」に触れていないのはともかくとして、「言葉や記号によらず、直接」の「直接」の意味がはっきりしません。
「絵を描く」とは、「物の形象を直接表現する(描き表す)」ということだ、と言いたいのでしょうか。どうも説明になっていないような。
「言葉」によって書き表すのは「間接的」だというのは、確かにそうだと思いますが、では「直接」とはどういうことか。

初めの三国に戻って、「(物の形象、つまり目に見えるものを)目に見えるように」描き表す、ことが「直接」なんだということでしょうか。どうもよくわかりません。

しかし、この「直接」という言い方、他の辞書にもあります。

 

  物の形・姿・印象などを、点・線や色で面の上に直接描き表したもの。絵画。

                         旺文社

 

これまでの様々な辞書の記述を簡潔にまとめたような語釈です。それでも、「直接」のところがはっきりしません。

 

  筆・ペンの類を用い、点や線を組み合わせ、時には色をつけて、物の形・風物、何かが行われているようすなどを面の上に直接えがき表したもの。[類語]絵画。図画。     学研現代

 

「筆・ペンの類を用い」という道具の指摘があります。
「何かが行われているようす」とわざわざ書いたのはなぜでしょうか。
また、ここにも「直接」とあります。やはり、「ことば」との対比でしょうか。

次は、ちょっと違った観点から。

 

  事物・風景・人などを(美の対象として)描いたもの。  講談社類語

 

「美の対象として」という、他の辞書にない記述があります。そうです。「絵」は美術・芸術の一つでもあります。ただ、常にそうだとは言えないので(辞書の挿絵とか)、カッコがついているのでしょう。

 

「絵」、あるいは「絵画」のほうがいいのかもしれませんが、それを美術・芸術の一つだと述べていない辞書が多いのは残念なことです。私が見た中では、小学館日本語新が「美術の一つ」としていました。

 

  絵画 造形美術の一つ。物の形や印象を線、点、色などで描き表したもの。絵。
  美術 色や形により美を実現する芸術。    小学館日本語新
  
他の分野でいうと、例えば「文学」は、当然芸術とされます。

 

  文学 言語によって表現される芸術作品。文芸。     岩波
   言語で表現される芸術作品。詩歌・戯曲・小説・随筆・評論など。文芸。

                            明鏡
     
「絵・絵画」が「芸術」と書かれることが少ないのはなぜか。

こういうことでしょうか。「文学」に対応するのは「美術」であり、「絵画」は「美術」の中の一つなのだから、「美術」を「芸術」の一つとしておけば、その中の一つ一つ(つまり絵画など)は特に「芸術」と言わなくてもいい、と。

 

  美術 美の視覚的表現をめざす芸術。絵画・彫刻・建築・写真など。 岩波
    色彩や形によって美を表現する芸術。絵画・書・写真・彫刻・建築・工芸など。

                           明鏡

 

しかし、岩波も明鏡も、「絵」または「絵画」を美術だとは書いていません。そこが残念です。

 

  絵画  絵。「-展」     岩波
     線や色彩を使って平面上に対象を描きだしたもの。え。 明鏡

 

岩波の「絵画」には笑ってしまいました。国語辞書の語釈というのはこんなもんでいいんだ、という考えなのでしょう。「絵」と「絵画」という2つの言葉の違いは何か、どう使い分けるのか、それを記述するのが国語辞書の重要な仕事の一つなのだ、という意識はまったくないようです。
もっとも、明鏡やほかの辞書にしても、「絵」と同じような語釈をするだけですが。

「絵」と「絵画」で、多少違うことを書いているのは、三国と三省堂現代です。
  
  絵画 (作品としてかいた)絵。「-教室」   三国
    絵。「-館・欧米の-」〔やや改まった言い方〕   三省堂現代

 

「絵画教室」で「作品として」かいても、やはり「絵」だと思うのですが、どうでしょうか。
「改まった言い方」は、その通りだと思いますが、具体的にどう使い分けるのか。改まった場でも、「先日、ゴッホの絵画を見て参りました」と言うのかどうか。

「絵画」は、「絵」の「改まった言い方」として、美術の一分野としての名称に使われ、そして造語要素として複合語に使われる(「絵画展・絵画教室・西洋絵画・抽象絵画・絵画彫刻」など)、というあたりでしょうか。

類義語の使い分け、特に文体的な違いというのは、説明の難しいところですが、せめて何か考えたのだというところを示してほしいものです。


さて、はじめに「一つの辞書をのぞいて」特に良し悪しはない、と書きました。その一つとは、新明解です。

 

  絵 「絵画」の口頭語的表現。 (多数の用例略)    新明解(第七版)
  絵画 「絵」の意の漢語的表現。 (例略)    新明解(第七版)

 

これには驚きました。まさか、という感じです。だれでも知っている言葉だから、説明は要らない、ということなのか。いや、それにしても、、、。

ある時、新明解の第六版を見て、さらに驚きました。長い語釈があるのです。

 

  絵 視角と感性でとらえた現実の世界の事象や心に描いたイメージを、線や色彩によって素材の面に表わしたもの。また、その(芸術)作品。〔広義では、映画・テレビなどの映像をも指す〕 (例略)     新明解 第六版  (「絵画」は七版と同じ)

 

「(芸術)作品」という部分もあり、よい語釈だと思います。なぜやめたのか。

第五版を見てみると、第六版よりもさらに長い語釈があります。

 

  絵 物の形や、何かが行われた状況を、記号などに頼らず、直接的・印象的に線や色彩によって素材の面に再現したもの。(芸術作品として)受けた感動を視覚的に再現したり、心象を表現したりしたものや、記録性を重視したものなど、多岐にわたる。  第五版

 

第五版の説明は多少くどいので、第六版のように改訂したのはわかりますが、第七版で全部削ってしまったのはなぜなのか。まさか不要だと考えたのではないでしょう。

以下は勝手な想像です。

第六版の「絵」の長い説明は、漢語的表現である「絵画」の項におくのが適当だと考え、「絵」のほうには「「絵画」の口頭語的表現」という説明をおくことにした。(つまり、詳しくは「絵画」の項を見よ、ということです。)
しかし、その削った長い説明を「絵画」のほうに移さなければいけないのに、なぜか、忘れてしまった、ということではないでしょうか。それ以外に考えられません。