ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

えんまこおろぎ

軽い話を。いつもの通り、三省堂国語辞典から。

  大形のコオロギ。からだはつやのある黒茶色。夏の終わりにいい声で鳴く。 三国

 

「いい声で鳴く」というだけではものたりません。どういう声なのでしょう。
 それともう一つ、重要な情報が落ちています。(以下、体の色・大きさなどは省略します)

 

  おすは、夏のおわりに、いい声で鳴く。       三省堂現代
  雄は秋に美しい声で鳴く。             現代例解

 

そうですね。鳴くのは雄ですね。これは重要。
実は、三国は「こおろぎ」の項では「コロコロ」と鳴き声を書いているのですが、エンマコオロギではなぜかそれを省いています。

 

  こおろぎ エンマコオロギなど、秋に鳴く虫。全体は黒茶色で、つやがある。家の近くで、「コロコロ」と鳴く。〔昔は、キリギリスのこと〕   三国

 

ん? こちらでは「秋に鳴く」とありますね。現代例解も「秋」でした。

「夏の終わり」と「秋」の違いはどうしましょうか。大した違いではないと考えるか。

 

  雄は晩夏に美声を発して鳴く。           岩波

 

同じことを言っているのですが、「晩夏に美声を発して」なんて漢文調ですね。さすが岩波。

 

  雄は晩夏から秋にかけて美しい声で鳴く。      学研現

 

「晩夏から秋にかけて」で、長くなりました。

 

で、個性的な新明解。

 

  コロコロリンリーンと鳴く。     新明解

 

鳴き声はいいリズムで書いてあるのですが、なぜか季節は書いてありません。雄ということもなし。

鳴き声の表し方は、辞書によって微妙に違います。

 

    晩夏、雄はコロコロコロリと鳴く。  大辞泉

 

新明解のほうがリズムがありますね。

 

    八月頃成虫になり、雄はコロコロリーと美声で鳴く。  大辞林

 

やはり新明解のほうが鳴き声はいいように思います。(本当にそうかどうかは別として、ですが)
「八月頃成虫になり」いつまで鳴くのでしょうか。

 

もう一つ、他の辞書とは違う情報を書いている辞書があります。

 

  稲の苗の害虫。   (季節・声なし)       新選

 

エンマコオロギは害虫なんですね。しかも稲の。これは重要なことです。(季節とか声よりも?)

日本国語大辞典も、次のように書いています。

 

  各地の草原や畑に多く、農作物を害することもある。    精選版 日本国語大辞典

 

こちらは、「害することもある」で言い方が弱いですが。しかも田んぼではないようで。

百科事典にも、次のようにありました。

 

  雑食性で野菜も食べるので、しばしば畑地の害虫となる。      日本百科大全書

 

野菜で、「畑地」ですね。新選が「稲の苗の害虫。」とはっきり書いている根拠を知りたいところです。

鳴き方について、同じ百科事典に詳しく書いてありました。

 

  雄の発音には四つほどの鳴き分けが知られている。「コロコロコロリリリ」という調子は縄張り(テリトリー)の主張で、これが「コロコロコロリー」と変わると雌を呼ぶ声である。交尾をしている際や、雄どうしのけんかの際には別の声に変わる。  日本百科大全書

 

なわばり主張と求愛、交尾、けんかで別の声に変わる、という話は(当然のことなのかもしれませんが)初めて知りました。
さて、代表的な鳴き方として、どう書き表したらいいでしょうか。それとも、三国の「いい声で鳴く」でいいことにしましょうか。