エイト・ナイン・テン・その他
さて、続きです。
「エイト」と「ナイン」は、それぞれスポーツの用語があります。「テン」の用例は「ベストテン」で決まりでしょう。
エイト 1八。2八人でこぐ競漕用のボート(の選手)。
ナイン 1九つ。2野球チームのメンバー。
テン 十。「ベスト-」 三省堂国語辞典
新明解もほぼ同じです。
エイト 八。2 八人でこぐ競漕(キヨウソウ)用ボート(の選手)。3〔ラグビーで〕八人制のスクラム。
ナイン 九つ。2〔九人で一組の〕野球のチーム。「ベスト-」
テン 十(の)。「ベスト-」 新明解
ただ、「ベストナイン」というのは、ふつうの「野球のチーム」ではないでしょうから、用例として適切だとは思えません。説明の必要な用例です。
ベスト 最良(の)。「-テン・-メンバー・-ドレッサー」 新明解
のような、「最良の野球のチーム」ではないわけです。
ベストナイン (野球で)守備位置ごとに最も優秀な九人の選手。 集英社
いわば「寄せ集め」であって、「チーム」になっていません。
明鏡は、「エイト・ナイン」は新明解と同じような書き方ですが、「テン」の項目はありません。(「ベストナイン」を用例にしているのも新明解と共通です。)
「ファイブ・シックス・セブン」を項目として立てない辞書は、「テン」もないことが多いのです。明鏡・三省堂現代新・岩波・学研現代新・新選・旺文社。困ったものです。
「ベストテン」ということばを聞いたことがないのでしょうか。
いや、明鏡でも岩波でも、「ベスト」の項には「ベストテン」が用例として示されているのです。それなのに、なぜ「テン」を日本語(の造語成分)として認めないのでしょうか。
編集者に直接質問してみたいものです。
さて、それ以外の数では、「イレブン」「フィフティーン」がスポーツ関係の用語として項目になっています。(三国・新明解など。明鏡・岩波など多くは「イレブン」のみ。)
「ナイン」が野球のチームを表すように、それぞれサッカーとラグビーのチームの選手数です。
「ミリオン」が「ミリオンセラー」があるので項目となっていますが、検討は省略します。
あと、「ゼロ」を忘れていました。これはさすがに項目として立てられています。新明解が妙に詳しくて面白いです。
「ワン・ツー・スリー」を扱ったところで、岩波について触れるのを忘れていました。
岩波はこの三語だけは「名・造」として、造語成分でもあるとしています。
ワン《名・造》一(の)。「-ツースリー」(掛け声の、一二三)「-ノブ ゼム」(one of them それら多くの中の一つ)「映画の-カットのようだった」
ツー《名・造》二(の)。「ワン-スリー」(掛け声の、一二三)「-バイ フォー(2×4インチの木材で枠組みをして家を造る工法)
スリー《名・造》三(の)。「ワン ツー-」(掛け声の、一二三)「-ディメンション」 岩波
この「(掛け声の、一二三)」というのが面白いですね。三つの項目に共通して出されています。これが「名詞」の用例なのでしょうか。
すでに書いたように、岩波は「ファイブ・シックス・セブン・テン」は項目としてとりあげていません。つまり、名詞とも造語成分とも認めていないようです。なぜでしょうか。
「ワン・ツー・スリー」にしても、上の例を見るかぎりでは独立した名詞としての用法とは言い難いので、つまりは全部造語成分ではないでしょうか。「ファイブ」などが日本語として使われ、造語成分であるのと同じことです。この辺、岩波の編者はどう考えているのでしょうか。
数の話は以上で一応終わりです。いちばん言いたかったことは、「ワン・ツー」などは、日本語の中では基本的に複合語の「造語要素」として位置づけられる、ということです。
ある外来語が、語として(多くは名詞として)自由に使われるか、あるいは複合語の中でしか使われないのか、というのは、日本語の外来語使用の形として、興味深いことです。
語としては使われにくい例として、前回、「カー car」を一つの例としてあげましたが、ほかにどのような語があるのでしょうか。
「マン man」もそうですね。「マンが・マンを・マンだ・マンの・~のマン」すべて言いにくいでしょう。
「ブック book」はどうでしょうか。「そのブック」?
-マン(造語)〔man〕1 それに従事する<男/人>。人(ジン)。家(カ)。「カメラ-・-ジャズ・鉄道-」2 員。「バンド-・証券-〔=証券業の一員〕」 三国
ブック(名)〔book〕1 書籍。本。「ーカバー」2 帳面。「スクラップー」 三国
三国は、「マン」は造語成分としていますが、「ブック」は名詞としています。
どちらにせよ、「バス」や「ガラス」「テーブル」「アナウンサー」などが自由に使えるのと比べると、使用範囲がずっと狭いようです。
どうしてそういう違いが出るのか。誰かこういうことを研究して論文に書いている人はいるのでしょうか。
さて、もう一つ、非常に些末なことを書いておきたいと思います。(いつも書いていることも「些末なこと」ばかりだろう、と言われれば、その通りなのですが。)
例えば、新明解を例にとると、
ワン 一つ。 ツー 二つ(の)。 スリー 三。
という書き方の揺れの問題です。なぜ、例えば、
ワン 一。一つ(の)。 ツー 二。二つ(の)。 スリー 三。三つ(の)
というように、記述の形をそろえないのだろうか、という点です。上のように並べてみれば、いかにも不揃いで、編集者が形を統一したくなるだろうと思うのですが、そうしない。
それぞれの辞書の書き方を表にしてみます。(我ながらヒマなことをしているなあ、と思いつつ。)
三国 新明解 三省堂現代新 明鏡
1 一。ひとつ。 一つ。 一つ。一。 数のいち。ひとつ。
2 二つ。 二つ(の)。 二つ。二。
3 三。三つ。 三。 三。三つ。 数の三。三つ。
4 四。四つ。 〔四つ(の)〕 四。四つ。 数の四。四つ。
5 五。 五。
6 六。 六。
7 七。七つ。 七。七つ。
8 八。 八。 八。やっつ。 八つ。八。
9 九つ。 九つ。 九。 九。ここのつ。
10 十。 十(の)。
現代例解 新選 旺文社 学研現代新
1 一。ひとつ。 一つ。 一。ひとつ。 一。一つ。
2 二。ふたつ。 二つ。二。 二。二つ。 《造語》「二つ」の意を表す。
3 三。三つ。 三。三つ。 三。三つ。 三。みっつ。
4 四。四つ。 四。よん。 四。 四。四つ。
5 いつつ。五。 いつつ。五。
6 六。六つ。 六。
7 七。
8 八。 [「八」の意] <eight八>
9 [九つの意。] 九。
10 一〇。
まあ、なんともバラバラです。それぞれの項目の執筆者がこう書き、それを編集者が統一しようとしなかった、ということでしょう。
集英社はかなり統一されています。順に並べます。
一。一つ。 二。二つ。 三。三つ。 四。四つ。 五。五つ。
六。六つ。 七。七つ。「ラッキー-」 八。 九。九つ。
十。十の。「ベスト-」 集英社
ほとんど用例をあげず、上に引用したのがそれぞれの語釈の全文です。「セブン」と「テン」だけに例をつけています。
おしくも、「エイト」だけが「八つ」が落ちています。そして、なぜか「テン」だけが「十の」と「の」がついています。ここは、「十。とお。」としてほしかったところです。
私の数少ない経験でも、印刷物の校正者というのは極めて厳密な方々で、「ひとつ」と「一つ」を同じ文章の中で使ってしまうと、必ず表記の不統一を指摘されます。しかし、辞書の校正ではそれができなかったようです。「ワン」の項で「ひとつ」とあり、「ツー」の項で「二つ」と書かれていても、それを参照することができなかったのでしょう。
まあ、このくらいのことはどうでもいいじゃないか、と言われれば、まあ、そうなんですが。