ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

仕事・働く:続き

前々回の「仕事・働く」の続きです。

「仕事」と「働く」について、もう少し考えてみましょう。

 

まず、基本的・全体的な意味よりも、より限定された、わかりやすいところから始めましょう。

「仕事」は、「経済的に生活を成り立たせるため、収入が継続して得られるような活動」とし、それをすることを「働く」とします。

これは、「職業」としての「仕事」です。ここでちょっと考えておきたいのは、この「活動」はなぜ「収入が得られる」のか、ということです。どういう「活動」が「職業」になりうるのか。

当たり前のような話ですが、その活動が他の人・社会にとって何らかの「価値」があるものでなければなりません。それに対して他の人がお金を払ってくれるわけです。

農業や漁業や工業の生産物でも、運輸・通信・情報などの産業でも、あるいはスポーツや音楽・演劇などの活動でも、人々が価値を認めるものでなければなりません。

草野球は職業になり得ません。プロ野球は見て楽しめるだけの技術・面白さがあることによって職業として成り立ちます。高校野球は、高校教育の中の課外活動に過ぎませんが、そこで価値を認められた選手は、職業として野球ができるようになるのです。

「職業としての仕事」は、他の人・社会のためになる、価値のあるものでなければなりません。(逆に言えば、その「仕事」は本人にとって価値のあるものかどうかは問題になりません。「収入が得られる」ということを除いては。ですから、「いやいや仕事をする」ということにもなりがちです。)

 

次に、「職業」に限定されない、より広い意味での「仕事」を考えます。三国・明鏡で1の用法にあたるものです。こちらが基本的な用法と考えられます。

いくつかの国語辞典の記述をまとめると次のようになります。

  働くとは、しなければならないことを(身体や頭を使って)すること

前回、これでは広すぎるということを述べました。ここを考えてみたいと思います。

 

職業ではない、つまり、収入の得られない仕事としてまずあげられるのは、家事労働です。

主に主婦が、家族のために毎日忙しく「働く」のですが、収入は得られません。
(その仕事の内容が収入の対象にならないというわけではありません。他の人に頼めば「主婦代行サービス」として「外部化」され、報酬が払われます。もっと身近なところでは、「クリーニングに出す」「出前をとる」というのも「家事労働の外部化」ですね。)

ただ、「家事」というのもちょっとはっきりしない概念です。

これは、どうもよくわからないところなのですが、例えば、(会社で)「働く」独身者が自分の部屋を掃除し、洗濯し、自炊すると、それは「家事」つまり「仕事」で、家でも「働いて」いることになるのか。

また、それぞれそうしていた二人が結婚して夫婦となったりすると、どちらが「家事」を負担するかで問題が生じたりするのですが、それは「働く」ことになるのか。自分(たち)のための「家事」をするのは、どうも「働いて」いるとは言いにくく、「仕事」だとも言い難いように感じます。
(状況設定は違いますが、そうした「家事」と「賃金」の問題をうまくとりあげた『逃げるは恥だが役にたつ』というテレビドラマが以前話題になりました。)

子供が自分の布団を畳んで押入に入れるのは、「仕事」ではないでしょう。しかし、それを(他の多くのことを含めて)母親=主婦がすると、「家事」であり、家族のために「働いている」と言える、というのが私の日本語感覚です。(「人のためにする」というところが、上で見た「職業」と共通するのかもしれません。)

しかし、主婦の「家事労働」に対して、「働く」とは言わない、という考え方も、世の中にはまだ多いのでしょう。男は外で「働き」、女は家で「家事」をする、という言い方です。「働く」とは「かせぐ」ことなんだ、という。そこが、世の中の議論の焦点のひとつになります。

 

  家事  各家庭で毎日処理すべき、生活上の実務。来客との応対・清掃・洗濯・ごみ出しや炊事・育児など。「(略)仕事と-を両立させる・-を一人前の仕事と認めない人が まだ多い」  新明解

 

新明解の「家事」の用例の最後の二つが面白いです。「仕事」と「家事」は対立するもの、という考え方があること。「一人前の仕事と認めない人が まだ多い」こと。なかなか社会の実情を反映した用例です。

 

以前から不思議に思っているのですが、「共働き」ということばは、主婦の家事労働を「働き」と認めていないということなのでしょうか。「かせぎ」ということばの語感が好ましくないということで「共稼ぎ」ということばを避けるのでしょうが、私は「共働き」より「共稼ぎ」のほうがいいのじゃないかと思っています。

 

いろいろ問題は複雑で、わからなくなってきたのでこの続きはまた明日。