ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

食べ物・食物・食品

「食べ物」と「食物」は同じと言っていいか。「食べ物」が話しことばで「食物」が書きことば、というのはすぐ感じることですが、それ以外に何か違いがあるでしょうか。

 

  食べ物 〔生きていくために〕食べるもの。しょくもつ。「明日の-にも困る」

  食物 〔成長し、健康を保つために〕食べるもの。たべもの。〔広くは、飲物もふくむ〕  三国

 

まあ、同じようなものですか。「成長し、健康を保つために」は「食べ物」にも言えるし、「生きていくために」食物は必要なものでしょう。「広くは、飲物もふくむ」というのは、「食べ物」にはちょっと当てはまらないでしょうか。「飲み物」ということばもありますし。

 

  食べ物  食用にするものの総称。しょくもつ。     

  食物  たべもの。食品。▽広くは飲物も含む。  岩波

 

岩波は情報量が少ないですねえ。だれでも知っているようなことばは、詳しく書く必要はない、と。

それでも「食物」が「広くは飲物も含む」ことはちゃんと書いてあります。(「食べ物・食物・食品」は、基本的にはみな同じということのようです。)

 

  食べ物  食用にするものの総称。くいもの。しょくもつ。「━が豊富な時代」「好きな━は何ですか」「━屋」 

  食物  食べ物。「栄養のある━」飲み物を含めていうこともある。  明鏡

 

用例がある分、岩波より評価します。岩波からすれば、なくもがな、なんでしょうか。

 

  食べ物  食欲を満たすために食べる物。「~が底をついた」 
  食物  生命を保つのに必要な食べ物・飲み物。「毎食10種類以上の~を食べるとよいらしい」▽~繊維・~連鎖   講談社類語

 

これは変ですよね。「食欲を満たすために食べる」のと「生命を保つのに必要な」のとの違いなんてありゃしません。何を考えているのか。

話しことばと書きことばの文体の差を取り違えたんでしょうか。類語辞典ですからこの二つがすぐそばに並んでいるわけで、執筆者のかんちがいも問題ですが、編集者はこれを見ておかしいと思わなかったのでしょうか。

 

次は独自の見解を持つ新明解。

 

  食べ物  動物が生命を維持するのに必要な、穀物・野菜や肉など(を料理したもの)の総称。〔広義では果物を含み、狭義では飲み物を含まない〕

  食物  食品をそのまま(数種類組み合わせて)食用に適するように調理・加工したもの。食べ物。例、米・みそ・ダイコンは食品、御飯・みそ汁は食物。〔広義では、飲み物を含む〕  新明解

 

他の辞書との差異化に努める新明解。さすがに違います。

「食べ物」の「広義では果物を含み」というところ、もともと含むのでは? 果物が「食べ物」でないなんて。

「食べ物」と「食物」は基本的に同じ。「食品」は違う、という主張をします。「食品」を「調理・加工したもの」が「食物」だそうです。

したがって、「米・みそ・ダイコンは食品、御飯・みそ汁は食物」だそうです。ほんとかなあ。実例の分析から実証できるんでしょうか。

「食物」は「食べ物」なのだから、ちょっと言い換えると、「米・みそ・ダイコン」は「食べ物」でない、ことになります。え?

「御飯・みそ汁」が「食品」とは言いにくい、というのはわかりますし、「米・みそ・ダイコン」が「食品」であることはいいのですが、後者が「食物(=食べ物)」でないようにとられる上の書き方はまったくだめでしょう。

それとも、「食物=食べ物」ではなく、「食べ物」は「食物」を含み、調理(料理)してあってもなくてもよく(そうすると、「食物」は「食べ物」だ、とは言えます。逆はダメですが)、「食物」は「調理・加工したもの」をいう、と考える。

でも、それだと果物は「食物」でないことになりますね。無理ですね。

勇み足、というより、国技館の外まで足が出ちゃっているように感じます。

 

  食べ物  食べる物。「好きな-」〔食べられる状態になっている物を指すことが多い。〕  新明解類語 

 

同じ「新明解」の名前がついた類語辞典です。このくらいおだやかに書くのならいいのですが。 

 

  食物  食べ物。「-貯蔵庫/繊維」〔栄養を摂取する観点から用いることが多く、飲み物を含む場合もある。〕  新明解類語

 

「食物貯蔵庫」には「調理・加工」していないものも貯蔵されているでしょうね。
どう考えても、新明解の「食物」の記述は奇妙です。

新明解の上の記述は第四版ですでにありますから、山田忠雄が主幹だった時です。あの書き方は山田によるのでしょうか。他の編集者はその後ずっと(山田没後)、この記述をおかしいと思わなかったのでしょうか。


さて、「食品」を見てみましょう。

 

  食品  人が日常食用にする飲食物の総称。食料品。「生鮮[冷凍・インスタント]━」   明鏡

 

明鏡は「食べ物・食物・食品」の違いをあまり気にしていないようです。(他のいくつかの辞書もそうです。)

 

  食品  食物となる品物。〔広くは、飲物もふくむ〕「-衛生」  三国

 

三国は「品物」と言っています。

 

  品物1〔材料や、そのものの性質などのいい・悪いによる区別を持った〕もの。
    2商品。   三国

 

1は「品物がいい・悪い」という時の言い方なので、「食品」はこの2でしょう。つまり、「商品」だということです。「食品」とは「食物となる商品」。

「食品」の一つの側面は「衣料品・雑貨・電気製品」など、他の商品と対立するということです。店で売られているものとしての食べ物・食物、です。

 

  食品  そのまま(手をかけて料理した上で)食べることが出来るものの総称。〔広義では、飲み物を含む〕「-衛生 ・ -売場 ・ -成分表」  新明解

  食品  すぐに食べられる形になった食べ物。広義では飲み物を含む。▽~加工・加工~・冷凍~・健康~・~添加物   講談社類語

  食品  食べ物(となる製品・加工品)。「冷凍/レトルト-」   新明解類語

 

これらの記述は、「食品」の「商品」としての側面にはっきり触れていません。(用例からはそれが感じられます。「食品売場・加工食品・食品添加物・レトルト食品」など。)

新明解類語の「(となる製品・加工品)」はその意味合いも含めているのかもしれません。しかし、ふつうの魚や肉・野菜は「製品」とは言いにくいでしょうが、「食品」です。

それに対して、庭で育てた野菜は、「食べ物」であり「食物」でもあるでしょうが、「食品」とは言いにくいでしょう。

 

上の新明解の「食物」の説明で、「御飯・みそ汁は食物」という言い方も、食卓にのったものは「食品」とは言いにくいということではないでしょうか。

新明解は「食物」をむりに特徴づけるよりも、「食品」の特徴をはっきり示して、「食物・食べ物」との違いを述べればよかったのだろうと思います。