ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

愛する

三省堂現代新国語辞典第六版の検討です。「愛する」をとりあげます。


  愛する(他動サ変)1相手の幸せを願って、あたたかい気持で接する。「子どもを-」2恋いしたう。「初めて人を心から-」3ものごとをたいせつに思う。「学問を-・自然を-」▽愛す。[類]好く・好む [対]憎む・嫌う   三省堂現代新

 

1の語釈は、まあ悪くはないんですが、例えば、赤ん坊を抱いて、にっこりされたときの感情は「相手の幸せを願って、暖かい気持で接する」というのとはかなり違うなあ、と思います。ではどう言ったらいいのかというと、まさにいわく言い難し、ですね。他の辞書を見ても、特にいいと思えるものはありません。しかたのないところでしょう。

2の「恋いしたう」で言い換えるのはいいとして、そちらを見ると、

 

  恋いしたう  相手に会いたい、そばに行きたいと、しきりに思う。  三省堂現代新

 

これではなんだかわかりませんね。年老いた親からの電話のあと、「会いたい、そばに行きたい」と思ったら「恋いしたう」ことになってしまいます。「恋愛」に関しては、新明解の有名な語釈がありますが、あれもおかしなところがあり、どう書いてみても、どこかずれてしまうものですね。

こういう精神に関する基本語の意味をことばで表すのはどうしても無理がある(例えば、「思う」をどう説明するか、を考えてみてください)ので、語釈の不十分さをあまり言ってみてもしかたがありません。一応それらしいことが書いてあればまあよし、なのでしょう。(とは言っても、あんまりとんちんかんな独断は困りますが。)

 

で、私の言いたいことは別にあります。

「愛する」の活用を(他動サ変)としてありますが、それでいいかどうか。

この辞典の付録「動詞活用表」の「サ行変格(サ変)」のところを見ると、

 

         未然形    連用形   終止形  (以下略)
  する    し さ せ    し    する
  察する   -し -せ   -し    -する

 

となっています。そして「注」には、
 
  サ行変格活用の未然形のうち、「さ」は、「せる」「れる」に続く形、「(-)せ」「-ぜ」は「ず」に続く形である。
   (例)さ-せる   さ-れる
      せ-ず(に)  感ぜ-ず(に)

 

と書いてあります。

未然形の「し」は何に続くのかというと、「-ない、-よう」に続きます。否定と意志の形ですね。

ちょっとわかりにくいかもしれませんが、この説明によると、「愛する」の否定形は「愛しない」になるはずです。しかし、現在、ふつう「愛さない」と言うでしょう。

これは日本語の活用を少し勉強すれば当然知っているはずの知識です。三省堂現代新の編者は、これを知らないのか、うっかり忘れたか、です。

明鏡の「あいする」には、適切な説明があります。

 

  [語法]口頭語の言い切りでは「愛している」となることが多い。「愛しない・愛しよう・愛せよ」とサ変にも活用するが、今では「愛さない・愛そう・愛せ」のように五段化する傾向が強い。   明鏡

 

「終止形」も「愛す」を使うのならいいのですが、「愛する」のほうが使われるので、活用がまざってしまっているわけです。「愛する」の項にはそのことを注記しておく必要があります。

 細かいことですが、基本的なことです。書き忘れてはいけません。