ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

エー・ビー・シー

前にこのブログで、「A・B・C・~」の使われ方の話を何度かしたことがあります。(2017年7月)

記号としては「英字」ですが、その読み「エー」「ビー」「シー」などは日本語なので、項目として立てるべきだという主張をしました。

そして、三国・新明解・明鏡・岩波の4冊で、それぞれどのようにこれらの文字をとりあげているかを見ました。三国が比較的よかったのですが、それでも非常に不十分でした。

その時、ほかの辞書についてはまた調べます、と書いたのですが、やっていませんでした。

ここで、三省堂現代新を見てみます。

 

辞典本文には、「エー」「ビー」「シー」「ディー」はありません。「イー」「エフ」はあり、

 

  イー【E・e】<接頭>[←electronic]電子の。インターネットでの。「-メール(=電子メール)・-コマース(=電子商取引)」

  エフ【F】<名>1 [←fine]鉛筆のしんのかたさをあらわす記号。HBとHとの中間。2 [←focal]カメラのレンズの明るさをあらわす記号。数値が小さいほど明るい。3 [←foloor]建物の階をあらわす記号。「2-(=二階)」4 [←female]女性。[対] M   三省堂現代新

 

と詳しく記述されています。

ちなみに、三国の「イー」と「エフ」を。

 

  イー [1] E・e(造語)〔E-・e-〕〔←electronic〕電子の。インターネットでの。「-メール〔=電子メール〕・-コマース〔=電子商取引〕」
    [2] E(名)①〔←east〕東。磁石などで使う記号。
      ②〔音〕ハ長調のミ。ホの音階。「-マイナー」
      ③ 足囲〔=足の親指と小指の付け根を結ぶ周囲の長さ〕をあらわす記号。E、EE、EEE、EEEEの順に大きくなる。

  エフF ① [f]〔←フォルテ〕。②[F]〔←ドFahrenheit〕華氏温度。
     以下③から⑧まで略記   ③レンズの明るさ ④焦点距離 ⑤建物の階

     ⑥鉛筆の硬さ ⑦女性 ⑧フリーサイズ   三国

 

なかなかがんばっています。

 

実は、三省堂現代新には巻末に付録として「ABC略語集」(横二段組22ページ分)があり、「A」~「D」およびそれ以降「Z」まで、そこでとりあげられています。(大文字と小文字を別にしています。)

 

  A 1最初(のクラス)。「-席」2名前を伏せるときの記号。「-氏」3血液型の一種。4音名。ハ調のラ。5[←ampere]アンペア。電流の単位。6[←answer]答え。[対]Q

  a [フランス are] アール。面積の単位。

  a. [←adjective] [英和辞典などで] 形容詞。   三省堂現代新  

 

なかなか詳しいです。(「Å オングストローム」「@  ⇒アットマーク」などというのもあります。)

三国の「エー」を。

 

  エー [A]  (名) ①アルファベットの第一文字。②名前を出さないで言うときに使う符号。「少女-」 ③〔←answer〕答え。(⇔Q) ④→エース① △エイ ・AからZ(まで) [句] (略)   三国

 

三国には血液型と音名、アンペアがありません。小文字のアールも。三省堂現代新のほうが(後の出版ということもあるのでしょうか)詳しくなっています。(トランプの「エース」は落ちています。)

 

しかし、ではなぜ辞書本文にこれを書かないのだろう、という疑問が出てきます。「A席」あるいは「一年A組」、「A氏」などの用法は、本文でとりあげる価値のある重要な用法でしょう。(「A席」は「B席」よりもいい席である場合があります。「A組」は「B組」と違わない場合が多いでしょう。その辺の用法の差も記述する必要があります。)

それに、「ABC略語集」と言っていますが、1の「最初」から4の「ハ調のラ」まで、「略語」ではありません。「略語集」という呼び方は不適当です。「略語集」なら、これらの用法は本文に移すべきです。

 

それでは、本文にもあった「イー」「エフ」は、「略語集」ではどうなっているでしょうか。

 

  E 1音名。ハ調のミ。2 [←east] 東。3 [←error] [野球で] エラー。

  F 1⇒エフ。2音名。ハ調のファ。3 [←fluorine] フッ素の元素記号。4 [←ドイツFahrenheit] カ氏温度計の温度の記号。⇒C④ 5 [←function key] [コンピューターで]ファンクションキー。ソフトウェアごとに決まった操作を行う。6[←floor] [ビルの]…階。7[←female] 女性。[対]M   三省堂現代新

 

本文の「E」は「電子の。インターネットの。」だけでした。「ABC略語集」では三つの用法をあげています。この取り扱いの差は、「重要度」あるいは使用頻度なのでしょうか。

本文の「F」はいろいろな用法をとりあげています。それらは「略語集」で扱う用法より「重要な」用法だと考えられたのか。そうかもしれません。しかし、困ったことに、本文の3と4、「階」と「女性」は「略語集」の6と7でも扱われています。両方の調整がうまく行っていません。

細かく見ていくと、ほかにもこの「略語集」と本文の棲み分けがうまく行っていないところが見つかります。(「AR」は「本文を見よ」となっているが、「AI」は本文と同じ記述を繰り返している、など)

担当者がきちんと両方を見比べて調整していないことがわかります。(実際にすべてきちんとやるのは非常に大変だと思いますが。)

 

本文に項目があったのは、

  イー・エフ・エッチ・ケー・エル・エス・ブイ・エックス

で、項目がなかったのは、

  エー・ビー・シー・ディー・ジー・アイ・ジェー・エヌ・オー・ピー・キュー・アール・ティー・ユー・ダブリュー・ワイ・ゼット

でした。

「ABC略語集」にはほとんどあります。「ワイ」と「ゼット」は日本語としての用法はありませんでした。数学で「Y軸」とか未知数の記号として使うのですが。

一つ一つ見て、他の辞書と見比べていくと、いろいろ面白いのですが、大変なので省略します。

 

「ABC略語集」方式の問題の一つは、見出しを「A」として出されると、読み方がはっきりしないということもあります。

「A」は「エー」なのか「エイ」なのか。「A4」(紙の大きさ)は、「エーよん」か「エイよん」か。鉛筆の芯の堅さ「H」は「エッチ」なのか「エイチ」なのか、などです。

三省堂現代新では「APEC」は「エイペック」と読まれています。「エイ」ですね。

そのほかの「AI」「Aクラス」などは「エー」です。「エイペック」だけが例外のようです。

それに対して、三国は「エーペック」です。
例解新は「エーペック」の項は「⇒エイペック」とあり、「エイペック」のほうに語釈がついています。例解新も「エイ」と読む外来語はほかにありません。

また、三省堂現代新では「エイチ」は「エッチ」を見よ、となっていますが、三国では「エッチな」以外の用法は「エイチ」を見よ、となっていて、反対です。

たとえば、三省堂現代新では

  エッチアイブイ・エッチディー・エッチビー・エッチピー

ですが、三国では

  エイチアイブイ・エイチディー・エイチビー・エイチピー

です。

明鏡は「エイチ」派です。

アルファベットの(日本語としての)発音は、これが正しい、というものではないので、編集者の考え方のちがいというしかありません。

水の分子の分子式は「エッチツーオー」と言いますか、それとも、「エイチトゥーオウ」と言いますか?