ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

ヤングアダルト(2):こども

前回の続きです。三省堂現代新の「ヤングアダルト」の語釈の検討から始めて、「若者」「青年」との範囲の違いを考えました。今回は「子供」の範囲について考えます。

 

  ヤングアダルト  大人と子供の間の年代の若者。[とくに本の読者対象に言う。略号YA]   三省堂現代新

 

ヤングアダルト」は「大人と子供の間の年代」で、「若者」の一部です。
最初にこの語釈を見た時、私は「大人と子供の間の年代=若者」、つまり「ヤングアダルト=若者」と思ってしまいましたが、「若者」は「青年」とほぼ重なり、二十歳以上の「成人」つまり「大人」も含まれるので、「大人と子供の間の年代」ではありません。

三省堂国語辞典がはっきり書いていていいのではないかと思いました。

 

  ヤングアダルト  おとなと子どもの間の若者。特に、中学上級生から高校生を言う。YA。「-小説」  三国

 

「中学上級生から高校生」だそうです。「若者」のごく一部です。

そこで、とりあえずの見取り図(?)として、次のようなものを考えました。

 

  子供  →← ヤングアダルト →←    大人   → 
       ←    若者(青年)   →

 

「若者」は「ヤングアダルト」を含み、「大人」の一部にまでかかる、ということを表したつもりの図です。

これが当たっているかどうかはまた考え直さなければなりませんが、次の問題点を考えます。


それは、「子供」との境目は、上の図の通りでいいのかどうか、「子供」とは何歳ぐらいまでを言うのだろうか、という問題です。

「子供」というのもよくわからないことばです。(「ある人の子供」という、親子関係に関する意味は別とします。「大人と子供」の「子供」です。)

 

  子供  年のいかない(・おさない)子。「-あつかいにする・-時代」[類] 幼児・児童 [対] おとな   三省堂現代新

 

これはどうもはっきりしない説明です。[類]で「幼児・児童」をあげているので、小学生あたりまで、ということでしょうか。それならそのように語釈で書くべきです。

 

  子供  〔からだが〕一人前になる前の人間・動物。「-あつかい・おなかの-〔=胎児〕(⇔おとな)   三国

  一人前  (りっぱな)ひとりのおとな。「-の人間・-になる」  三国

 

三国の「一人前になる前の人間」も何だかわかりません。「からだ」の問題でしょうか。

 

  子供 まだ成人していない人。児童。小児。「━たちが表で元気に遊んでいる」「-料金」  明鏡

 

19歳までは子供だという説。20歳から「成人・大人」なので、法律的にはその通りです。しかし、その後に「児童・小児」と書いています。「生徒・学生」はどうなるのでしょうか。

 

  〔おとなから見て〕少年・少女や幼児。〔広義では、動物の仔(コ)をも指す〕  新明解

 

「少年・少女」とは何歳ぐらいのことを言うのでしょうか。新明解によると、

 

  少年  人を年齢によって分けた区分の一つ。小学生から中学・高校生くらいまで(の男子)。〔広義では少女を含む。少年法では、二十歳未満の者を指す〕  新明解

 

「児童・小児」だけではないようです。

新明解の「子供(少年)」は、中学・高校生を含んでしまうので、初めの「ヤングアダルト」は「子供ではない」とは言えなくなります。さて。

 

明鏡の「少年」は、もう少し下のようです。

 

  少年  年少の男子。「━マンガ」ふつう七、八歳から一五、六歳くらいまでをいう。   明鏡

 

以上のように、「子供」ということばはけっこう範囲が定めにくいことばです。

一つは、「大人」に対するものとして、二十歳未満を考える場合と、もう一つは、小学生くらいまでを典型的な「子供」とし、中学・高校生あたりを中間的なものと考える場合があります。「大人」でないのは明らかとしても、「子供」と言うにはぴったり来ない。

ヤングアダルト」というのは、後者の「子供」を前提とした、その場合の「中学・高校生」をとらえたことばなのでしょう。
(「ティーンエージャー」ということばもありますが、これは(私の語感では)まだ子供、という感じがします。「ヤングアダルト」という言い方は、なんとなく「アダルト」扱いの含みがあります。)

しかし、その辺のことをはっきりさせないまま、「大人と子供の間の年代」と言ってみてもあまり明確な話になりません。まして「~の若者」とすると、よけいに範囲があいまいになります。

 

そもそも、「ヤングアダルト」ということばは、「アダルト」つまり「成人」の中の「ヤング」若いほうの人を意味することばでしょう。

 

 プログレッシブ英和中辞典(第4版)の解説
  yóung adúlt
  1 ヤングアダルト, 十代の青少年. ▼出版社などの用法.
  2 成人期の前半の人.
 
1は、今、日本で使われている意味ですが、2の「成人期の前半」というのが young adult の本来の意味であるはずです。

「成人期」というのは、「コトバンク」で調べると、

 

 栄養・生化学辞典の解説
  成人期  満20歳以上のこと.医学的には発育の完了した時期(20歳前後)から老化の始まる時期(50歳前後)まで.

 

ということです。「成人期の前半」とはつまり、20代、30代前半の人ですね。(三国の「青年」に重なります。)

そういう意味でなく、「大人と子供の間の年代」の人たちを指すことばとして、また、その人たちを購買者としてねらった本の呼び名として、重宝なことばなので使われるようになったのでしょう。

 

 大辞林
  ヤングアダルト【young adult】
  ① おおよそ、一三歳頃から一九歳頃の若者。子供から大人に成長する時期をいう。
  ② 図書の分類で、児童書と一般書の中間にあるもの。

 

「児童書と一般書の中間にあるもの」というのが、まさに「大人と子供の間の年代」と重なりますね。

「子供から大人に成長する時期」ですから、どちらとも言いにくい時期です。ちょっと懐かしい時代です。