ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

ディープ

三省堂国語辞典のなんだかわからない用例の話です。 

 

  ディープ(形動ダ)〔deep〕深い。濃い。「新宿の-なゾーン」  三国

 

「新宿の 深い/濃い ゾーン」。これで何のことかわかる人はどのぐらいいるのでしょうか。

 

  深い  1底までの距離が長い。2位置が底に近い。3位置が奥に近い。4あさはかでない。軽はずみでない。5行き届いてじゅうぶんな状態だ。6密度がこい。7〔積雪の量が〕多い。8〔色が〕こい。9程度が<強い/進んでいる>。10あじわいがある。11時期がおそい状態にある。  三国

  濃い  1色の感じが強い。2味がしつこい。3成分が多い。4すきまが少なく、こんでいるようすだ。5〔釣りや猟で〕獲物がたくさんいるようすだ。6度合が大きい。7〔俗〕どぎつい印象をあたえるようすだ。  三国

  ゾーン  1地帯。地域。2区域。範囲。  三国

(以上、用例略)

 

さて、上の用例を理解するには、「深い」と「濃い」のどの意味だと理解すればいいのでしょうか。「ゾーン」のほうは、「新宿の~ゾーン」だから、「区域」でいいのでしょう、たぶん。

「深い」は10でしょうか? いや、3かな? でも、「新宿の奥」とはどこか。

「濃い」は4? それとも7?

わかるわけがありませんよね。
 
この用例を書いた執筆者と、それをよしとした編集者は、「新宿のディープなゾーン」をご存じなのでしょう。だから、わかる。「うまい用例だ!」と思ったのでしょう。あさはかな。

 

三省堂現代新国語辞典を見てみます。

 

  ディープ  1深い。濃い。2[俗語]一般的な程度や常識をこえるようす。「-なファン」  三省堂現代

 

ふむ。こちらはわかります。「ディープなファン」というのは、「一般的な程度や常識をこえるファン」です。ファンとしての「程度」が「常識」外なのです。「熱狂的なファン」に近いのでしょうか。

でも、なんとなく、「深い/濃い」ということばの含みが重なってきて、「熱狂的な」とは違うんだろうな、と思わされます。

「新宿の、一般的な程度や常識をこえるゾーン」。ふーむ。新宿なら、そういう「ゾーン」があっても不思議はないかもしれないけれど、どういうところなんでしょう。わかりません。

なお、1のほうにも用例がほしいですね。穏当な。

 

明鏡にも「ディープ」の項があります。(「ディープ」がある辞書は少ないです。)

 

  ディープ  1奥行きなどが深いさま。深遠である。2色の濃いさま。「-なブルー」 3濃厚であるさま。また、マニアックであるさま。「台湾の-な情報」「-な話についていけない」  明鏡

 

「濃厚」ですか。「濃厚な情報」? 

 

  濃厚〔形動〕1 色・味・香り・成分などが濃いさま。「━な紅[ソース]」⇔淡泊 2 ある可能性が強く感じられるさま。「容疑が━になる」「敗色━」⇔希薄 3 愛の表現がきわめて熱情的で激しいさま。「━なラブシーン」  明鏡

 

さて、どれなんでしょうか。「情報の成分が濃い」というのも変ですし、「ある可能性が強く感じられる情報」?

「ディープな話」のほうは、「熱情的で激しい」話でしょうか。わかりません。

(明鏡も、なぜか1の用法には用例がありません。)

 

  マニアック  ある物事に異常に熱中すること。また、非常に凝っていること。「-な収集家」明鏡

 

こちらのほうがまだわかりますね。「非常に凝った話」「(台湾に)異常に熱中(した人の)情報」とでも考えて。

「新宿のマニアックなゾーン」と言ったら、どんな区域でしょうか。歌舞伎町はマニアック?

 

大きな辞書も見てみます。

 

    ディープ(形動)奥が深いさま。深遠なさま。  大辞林

 

これもなんだかわかりませんね。深山幽谷みたいで。あるいは学究的な感じでしょうか。せめて用例をつけてほしい。辞書は大きいほうがいい、ということは言えません。

 

  ディープ[形動]1 奥行きなどの深いさま。また、色の濃いさま。「ディープなブルー」「ディープディッシュ」2 入れこんでいるさま。深くはまりこんでいるさま。「ディープなファン」  大辞泉

 

「ディープなファン」の例はわかります。でも、「新宿の-なゾーン」の意味はわかりません。「入れこんでいる」? 「入り組んでいる」ならわかりますが。

1のほうは、まさに三国の「深い。濃い。」ですね。三国も、そういうつもりだったのか?

しかし、どうして1の語釈と用例の順をわざわざ逆にしているのでしょうね。

 

ほんとうに、なんで三国は「新宿のディープなゾーン」なんてわかりにくい例を出したんでしょうね。それで、説明する気はまったくない。わかる人はわかる。それでいい。そう考えているのでしょう。