ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

おいうち

三省堂国語辞典の語釈の不明確さ・不十分さの問題です。漢字表記の問題も絡みます。

 

  おいうち [追い打ち・追い撃ち] 追いかけてうつこと。追撃。「-をかける」 三国

 

「追いかけてうつ」の「うつ」の意味がはっきりしません。「追い打ち・追い撃ち」という漢字表記を見ると、「打つ」か「撃つ」かと思います。

前者は一般的な、広い意味で「たたく」に近い意味を表すでしょうし、後者は銃などで「うつ」ことでしょう。

「追撃」は、
 
  1逃げていくものを追いかけて攻撃すること。「-の手をゆるめない」  三国

 

で、「攻撃する」ことです。


しかし、この「うつ」を別の意味で解釈する(漢字表記を当てる)辞書があります。

 

  おいうち [追い討ち・追い打ち・追い撃ち] 1逃げる者を追いかけて討ち取ること。追撃。「敵に-をかける」2打撃を受けて弱っているところに、さらに打撃を与えること。「被災地に感染症の蔓延が-をかけた」  明鏡

 

明鏡は「討ち取る」ことだとしています。

 

  討(打)ち取る  武器を使って相手を殺す。「敵の大将を-」  明鏡

 

三国は、見出し語の表記として「討つ」をあげていません。ですから、語釈の中の「うつ」を「討ち取る」意味にはとりにくいでしょう。

 

そして、さらに重要なのは、明鏡の2の用法です。

現在では、「おいうち」はこの2つ目の意味で使われることが多いでしょう。三国はそれを記述していません。

 

  おいうち [追い討ち]〔もと、逃げて行く者を追いかけて討つ意〕それまでの攻撃により少なからぬ打撃を受けている者に、さらに決定的な一撃を加えること。「失業に病魔が-をかける」  新明解

 

新明解は、明鏡の1の用法には「討つ」をあて、「もと」の意としてすませています。

そして、明鏡の2の意味だけを現在の用法として示します。

「さらに決定的な一撃を加える」と強い表現をしていますが、そこまで言えるかどうかはまた次の問題です。

 

現代例解・岩波の語釈は、だいたい明鏡と同じです。
ただ、岩波は「追いかけてうつこと」と書いていて、「討つ」とはしていません。見出し語の表記としては「-討ち・撃ち・打ち」の三つを並べています。

三省堂現代新・学研現代新・旺文社・新選・集英社・例解新は、多少の違いはあっても皆、明鏡・岩波と同じように2つの用法を記述しています。

なぜか三国だけが元の用法しか書いていません。他の辞書を参考にしていないのでしょうか。