ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

表面(おもてめん)

「おもてめん」ということばについて。

例解新国語辞典の「ひょうめん」の項で触れられていることばです。

 

  ひょうめん[表面]1外から見える、もののいちばん外がわの面。[用例]液体の表面。[類] 外面。2もののおもてがわの面。俗に「おもて面」ともいう。[用例] 名刺は表面を向けて手わたす。[対] 裏面(りめん)。3(略)  例解新第九版

 

「九版」とわざわざ書いたのは、「八版」とは重要なところで違っているからです。

 

  ひょうめん[表面]1外から見える、もののいちばん外がわの面。俗に「おもて面」ともいう。[対] 裏面(りめん)。2(略)  例解新第八版

 

おわかりでしょうか。この記述ではちょっとまずい点があります。

「ひょうめん」というのは「外がわの面」で、箱の「側面」や部屋の壁、球についても言いますね。それと「おもてがわ」の面は違うわけです。そのことに気がついて、九版では記述を改めたのでしょう。

しかし、用例の「名刺は表面(ひょうめん)を向けて」って、本当にそう言うでしょうか。「おもてがわ」じゃないでしょうか。もちろん、「おもてめん」とも。

それはともかくとして、「ひょうめん」と「おもてめん」を区別したのは重要なことです。けれども、「おもてめん」は項目としては立てられていません。

その対義語は「裏面(りめん)」となっていますが、「裏面(うらめん)」というのがよく使われる話しことばでしょう。

 

  うらめん[裏面]「裏面(りめん)」のややくだけた言いかた。[用例] 紙の裏面。友人の意外な裏面。[対] おもて面。 

  りめん[裏面] 紙などのうらがわ。俗に「うらめん」ともいう。[対] 表面。  例解新第九版
 
「うらめん」はよく使われることばなのに対して、「おもてめん」はそれほどではないでしょうから、項目として立てられていないのはわかります。(例解新は全体として語彙数のやや少ない辞書です。)

 

他の辞書では「おもてめん」はどう扱われているでしょうか。「うらめん」と共に表にします。

       三国 新明解 明鏡 岩波 現代例解 三現代 学研現代 新選 集英社
 おもてめん  ×   ×   ×   ×    ×    △     ×   ×   ×

 うらめん   ○   ×   ×   ×    ×    △     ×    ×    ×

 

という具合で、ほとんどの国語辞典が「おもてめん」どころか「うらめん」さえとりあげていません。

三省堂現代の「△」は、「ひょうめん」の項に〔「おもてめん」とも言う〕、「りめん」の項に〔「うらめん」とも言う〕とあったためです。)

「うらめん」を項目としていたのは、この中では三国だけでした。

 

  うらめん[裏面]1うら(がわ)。「-に記入する」2→りめん(2)  三国

 

辞書の改訂というと、いわゆる「新語」の扱いばかりが話題になりますが、それよりも、このような「ふつう」のことば、特に話しことばをきちんと拾ってほしいと思うのです。(「うらめん」は「俗」でないと思います。)

 

三国の他の項目に、どう読めばいいか難しい「表面」が使われています。

 

  あおむける 1表面を上へ向ける。(からだの)腹のがわを上にする。  三国

 

この「表面」はどう読めばいいでしょうか。例えば、

  デスクトップのディスプレイを運ぶ時、表面を上へ向ける(か、裏面を上にするか)。

のような場合。
 
  ディスプレイの表面を布で拭く。

なら、「ひょうめん」で確定ですが。

 

最後に、ネットで拾った例を二つあげておきます。

 

  ・前乗りの場合、定期券表面を乗務員にはっきりとお見せ下さい。(京王バス)
  ・CDの表面が汚れていると音が歪むことがあると聞きました。その場合の表面とは、表面と裏面のどちらなのでしょうか? どうぞ教えてください。

 

二つ目の例は、日本語学習者にはかなり難しい読みの問題になるでしょう。

 

[追記]

「おもてめん」をネットで探していたら、中央官庁の用例が見つかりました。

 

  報道発表 令和元年7月29日 財務省
2020年東京オリンピックパラリンピック競技大会記念五百円貨幣の図柄(表面おもてめん)について

 

この「おもてめん」は「表面」のふりがなとして使われていました。