ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

なおかつ・なおさら

前回の続きです。

岩波第八版の「小型でありながら単なる言い替えにとどまらない語釈を」に関して、しつこく。

 

  なおかつ《連語》<副詞的に>1そのうえにまた。2それでも、やはり。
  なおさら《副(に)・ノダ》そのうえ、ますます。それにも増して。  岩波

 

「単なる言い替えにとどま」っている項目の例です。

「なおかつ」の「そのうえにまた」と、「なおさら」の「そのうえ、ますます」の違いはどういうことなのか。

用例がないので、この語釈だけではわかりようがありません。「なおかつ」は1と2の用法のそれぞれに用例が必要です。

両方の「語釈」に出ている「そのうえ」を引いてみると、用例があります。

 

  そのうえ〔連語〕《接続詞的に》さらに。それに加えて。「勉強ができる。-スポーツ万能だ」「日は暮れて、-雨が降ってきた」  岩波

 

この用例に「なおかつ」を入れてみます。

 

  勉強ができる。なおかつスポーツ万能だ
  日は暮れて、なおかつ雨が降ってきた

 

後者はちょっと文体が合いませんが、まあ、いいでしょうか。

次に、「なおさら」を入れてみます。

 

  勉強ができる。なおさらスポーツ万能だ
  日は暮れて、なおさら雨が降ってきた

 

どうも不自然な文になります。「そのうえ、ますます」の「ますます」が重要なのでしょうか。そちらを引いてみます。

 

  ますます〔副詞・ノダ〕程度がさらに高まって著しく。なお一層。「風雨が-激しくなる」「-の発展を祈る」  岩波

 

  風雨がなおさら激しくなる
  なおさらの発展を祈る

 

前者はまだいいとして、後者はダメですね。「なお、さらなる~」ならこの例に合うでしょうか。

 

要するに、「単なる言い替え」ではだめで、その意味用法を分析した語釈を施し、その語に合った用例を(複数)示すことが必要なのです。
まったく当然の、辞書編集の基本の基本です。

 

「なおかつ」の2の「それでも」「やはり」を見てみましょう。

 

  それでも〔連語〕そうであっても。「-地球は回る」▽「しかし」と異なり、話題の事実の存在を認めた上で述べる言い方。  岩波

  やはり〔副ダ〕前の状態とか他のものとかと(結局は)違わないこと、予想・期待の通りであることを表す語。ア 前と同様。依然として。「今-独身でいる」イ 他と同様に。「この国も-不況だ」ウ 予想にたがわず。「-私の言ったようになった」エ <「(Aは)-Bだ」の形で>期待通りに。何のかの言っても結局は。「酒は-灘だ」「横綱は-横綱だ」  岩波

 

「それでも」の例に入れると、「なおかつ地球は回る」です。なんだか変ですね。

なお、この例では、「話題の事実の存在を認めた上で」というのがどういうことなのか、利用者にわかることを前提としていることになりますが、それでいいのかどうか。(ガリレオとローマ教会がウンヌン、という話ですね。)
有名な話の有名な台詞だから用例とする、でいいのか。

「やはり」のほうは、アイウエのどの用法が、「なおかつ」の「それでも、やはり」という言い替えの「やはり」として適切なのか。わかりようがありません。

 

現代例解も、岩波と同じような言い替えの語釈をしています。

 

  なおかつ〔副〕1それでもやっぱり。「止められてもなおかつ行く」2その上更に。「早くてなおかつ丁寧だ」  現代例解

 

1は「それでも、やはり」と同じ言い替えですが、一つの用例があるだけで、ずっとわかりやすくなっています。2の「その上更に」も同様です。

 

岩波が他の辞書と比べて特に悪いというわけではありません。もっと悪い例もあります。

 

  なおかつ(副)〔文〕なおその上に。
  なおさら(副)ますます。いっそう。  三国

 

これで何がわかるのでしょうか。50年以上前の三国初版の頃ならともかく、現在の国語辞典がこれでは情けない話です。(「なおかつ」を〔文〕として、その文体的な特徴を示したのはよいと思います。)

 

もう少し努力の跡が見られる辞書を紹介しておきます。

 

  なおかつ〔副〕1その上さらに。「公平で、━人情味がある」2それでもまだ。それでもなお。「失敗しても、━あきらめない」  明鏡
    (副)1一方ではそれで十分だという条件を満たしながら、他方、それとは相容(イ)れない事態が見られる様子。「これだけ努力しても-及ばない/七十にして-壮者に劣らず」2それで十分だという要素に、それをいっそう補強する要素がつけ加わる様子。「大度-果断の気象」      新明解


  なおさら〔副〕物事の程度が以前または他の場合より進むさま。ますます。一段と。「だめと言われると━やりたくなる」「早起きはつらい。冬の朝は━だ」  明鏡
    (副)「なお」の意の口頭語的な強調表現。「彼が入ると-話がややこしくなる/商売もいやだけれどサラリーマンは-いやだ/場合が場合だから-の事注意するんだね」  新明解

 

明鏡の「なおかつ」は単なる言い替えですが、「なおさら」のほうは多少分析的です。どちらにも用例があるという点が重要です。

新明解の「なおかつ」は語釈がわかりにくいですが、言い替えを避けようと努力しています。「なおさら」のほうは、「なお」が多義なので説明不充分です。ただ、用例が多いのが救いです。

 

岩波も、初めにあげたようなことを書くのなら、少なくともこの程度の記述をしてほしいと思います。