ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

岩波八版:愛する・ああ

岩波の第八版の検討です。

他の辞書で問題にした語を見てみます。

 

・愛する
三国と三省堂現代新で問題にした「愛する」を。

 

  愛す 五他→愛する
  愛する サ変他(略)     岩波

 

「愛する」の活用は「サ変」です。同じ意味で五段活用の「愛す」は「愛する」を見よ、です。

「愛する」の活用の問題点に気づいていません。付録の活用表にも「愛する」などのサ変動詞に関する注記なし。ふつうのサ変動詞と同じで「愛する・愛しない」と考えているようです。

明鏡の適切な注記を再び。(「2019-12-14  愛する」)
 
  [語法]口頭語の言い切りでは「愛している」となることが多い。「愛しない・愛しよう・愛せよ」とサ変にも活用するが、今では「愛さない・愛そう・愛せ」のように五段化する傾向が強い。  明鏡

 

「終止形」も「愛す」を使うのなら「五段」でいいのですが、終止形は「愛する」のほうが使われるので、活用がまざってしまっているわけです。

「愛さない・愛します・愛する・愛すれば・愛そう」ですね。「愛する」の項にはそのことを何らかの形で注記しておく必要があります。

これは「愛する」だけが例外なのではなく、「解する」「介する」「適する」なども「かいさない」「てきさない」などの形が使われます。

ずいぶん細かい話ですが、明鏡のように丁寧に説明しておくのがいいでしょう。ただ、「介する」や「適する」にも同じようなことを書くのは煩雑なので、活用表のところでこれらの語について触れ、各項目には「→付録活用表参照」とでもすればいいのではないかと思います。

 

・ああ
次も、同じく三国と三省堂現代新で問題にした「ああ」。(「2019-12-12  ああ」)

 

  ああ《副ダ》あのように。「-なってはだめだ」「-言えば、こう言う」「-いう(=あんな)こと」「-した(=あんな)もの」「-まで(=あれほど)がんこだとは思わなかった」▽→ああだ  岩波

  あんな《連体・副》ああいう(様子だというさま)。(用例略) 岩波

 

「ああ」を引くと、「あのように」とありますが、「あのように」という項目はありません。「あの」と「ように」を引き、その説明を合わせると「あのように」の用法がわかるかどうか。

 

  あの《連体》「あれ」と指し示せるような関係に立つ意を表す語。(略)▽もと、代名詞「あ」と助詞「の」との連語。 

  ように《助動》→よう(様)(2)~(4)。▽形式的体言「よう」+格助詞「に」

  よう 2《ダナ》<体言+「の」(以前は「が」も)、用言の連体形などを受けて>類する。アある物・事(の形・状態・性質)が他の物・事と似ている意を表す。「花びらの-な唇」「氷の-に冷たい」「まるで夢を見る-だ」34(略)  岩波

 

ということで、「ああ」の「ああなってはだめだ」は、

  「あれ」と指し示せるような、ある物・事の形・状態・性質と似ているようになってはだめだ

ということでしょうか。難しい。

また、「ああ言えば、こう言う」の「ああ」はどう解釈したらいいのでしょうか。

「ああ」を「あのように」でおきかえ、「あのように」はさらに分解して解釈を考えねばならない、というのでは、利用者の負担が大きすぎます。

「ああ」自体を詳しく説明しようとした辞書として、新明解のこの項目を以前にも紹介しました。

 

  ああ (副)1話し手・聞き手から離れて存在し、両者が共に認め得る事象や状態を指し示す様子。「あの人を見てごらん。-いう〔=あのような〕ヘアスタイルは珍しいね/なるほど-やって砂金を採るのか」2すでに話題になるなどして、話し手・聞き手が共に意識している事柄に含まれる事象や状態を指し示す様子。「お互いに年を取り、-〔=あのように〕しろと言われても、今は無理だろう/田中さんは-見えても、意外に頑固だ/あの二人は-なる運命だったのかもしれないね」3〔「-…こう…」の形で〕事柄の及ぶ範囲が多方面にわたり、的がしぼれ(をしぼらせ)ない様子を表わす。「-だこうだと不満を並べる/-しろこうしろと言われても一度にできるわけがない/-言えばこう言うで、追及をのらりくらりとかわす」⇒こう・そう・どう:こそあど
[運用]話し手自身が過去を回想したりする時、経験した出来事などに含まれる事象や状態を指し示す場合にも用いる。例、「ああいう時こそ、もっと慎重に行動すべきだった」  新明解

 

この1が「ああなってはだめだ」に対応する説明で、3が「ああ言えば、こう言う」の説明ですね。

「ああ」という語に対して、こういう詳しい説明をしようと考えたという点で、新明解は他の辞書を一歩リードしていると思います。
なお、新明解は「あのよう」という項目も立てていて、詳しく説明しています。

新明解も第五版(1997)では「ああ」は2行、「あのよう」は3行の小さな項目でした。第六版(2005)になって、「ああ」16行、「あのよう」15行の記述になったのです。(それが「改訂」ということです。)

 

岩波の編集者は、この新明解の説明を見てどんな感想を持つでしょうか。