ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

小人・中人・大人

タイトルの3つの語をどう読んだでしょうか。

「こびと」と「おとな」と、その間の「中人」、これはどう読むんだろう? なかびと?
あるいは、「しょうじん」「たいじん」はいいとして、「ちゅうじん」?

そう思った人は、私と同レベルの漢字力です。

この3語を並べた場合、「しょうにん・ちゅうにん・だいにん」と読むのです。(知らなかった人がけっこう多いのではないでしょうか。それとも、私だけ?)

 

この3語の組み合わせは、どこで見られるでしょうか。意外にあちこちにあるものですが、普段は目にとまらないものです。

鉄道・バスとか、公衆浴場とかの料金表ですね。そういうところで、よく使われています。

「小人:大人」と2つに分けられるか、あるいは「小人:中人:大人」という3つのグループに分けられ、それぞれ料金が違うか、場合によって分け方の違いがあります。
では、具体的にはどのように分けられているのでしょうか。

国語辞典の説明を見てみます。まず、「しょうにん:小人」から。


   小人 入場料金表などにおける、「こども」の漢字による表記。しょうじん。〔主として小学生を指す〕 ⇒大人(ダイニン)・中人(チユウニン)   新明解

     子供。特に、入場料・運賃などを示すときに、小学生以下の子供。→大人だいにん・中人ちゅうにん   明鏡

     こども。⇔大人(ダイニン)・中人(チユウニン)。▽運賃・入場料などについては小学生以下を指す。   岩波

     〔文〕〔入浴料・入場料などで〕子ども。(⇔大人(ダイニン))  三国


小学生か、小学生以下の子供か、で意見が分かれますね。

三省堂国語辞典は「子ども」だけで、情報として不十分です。中学生・高校生も「子ども」ですから。それも含むとすると、他の辞書と大きく違うことになります。
(前に、「子どもとは何歳までを言うか」を考えたことがあります。「2019-12-27   ヤングアダルト(2):こども」)

 

次に、「だいにん:大人」を。


  大人 入場料金表などにおける、「おとな」の漢字による表記。たいじん。 新明解

    おとな。たいじん。入場料などの料金区分に使う語。  明鏡
 
    おとな。⇔小人(しょうにん)            岩波

   〔文〕〔入浴料・入場料などで〕おとな。たいじん。(⇔小人(ショウニン))

                              三国


こちらは特に問題はないように見えます。どの辞書も「おとな」です。


さて、「ちゅうにん:中人」を見てみます。


   中人 〔入場料金表などの年齢区分で〕大人(ダイニン)と小人(シヨウニン)との間。小学生のほかに中学生も含む。ちゅうじん。   新明解

     大人[だいにん]と小人[しょうにん]との間の者。入場券などの料金区分で、小・中学生をさしていう。   明鏡

     成人と幼児との間の年齢層。年齢によって料金などを変える場合に、小・中学生などを指す。▽大人(ダイニン)・小人(シヨウニン)に対する語。  岩波

     〔文〕〔入浴料・入場料などで〕おとな〔大人(だいにん)という〕と子ども〔小人(ショウニン)という〕の間。小・中学生。   三国


ここで問題が生じます。

「小人」のところでは、「小学生」は「小人」だったはずです。しかし、「中人」の説明では、

   小学生のほかに中学生も含む。 新明解
   小・中学生をさしていう。   明鏡
   小・中学生などを指す。    岩波
   小・中学生。         三国

となっていて、みな、「小学生は中人」としています。
これはどうしたことでしょうか。

岩波は、「成人と幼児との間の年齢層」と書いています。これだと、「小人」は「幼児」に当たるようです。では、「小人」のところの、

   運賃・入場料などについては小学生以下を指す。

はどう考えればいいのでしょうか。「ちゅうにん」が「中高生などを指す」ならばつじつまが合うのですが。

この3つの説明を見比べていると、ある推測が浮かびました。そして、その推測をはっきり書いてくれている国語辞典がありました。

 

  小人 <文>年の幼い人。主に、入場料・乗車賃などの年齢区分に使う語で、
    大人[だいにん]に対して使う場合はほぼ幼児から小学生まで、大人・中人
    [ちゅうにん]に対して使う場合は、ほぼ小学校入学前の幼児にいう。

                         小学館日本語新

 

なるほど。これならわかります。つじつまが合います。

初めのほうに書いたように、「小人:大人」と2つに分ける場合と、「小人:中人:大人」の3つに分ける場合で、「小人」の範囲が変わってくるのですね。

上の4つの辞書は、「小人」の項では「大人」と2つに分ける場合についてだけ、書いています。
ところが、「中人」の項では3つに分ける場合について書いているので、「小人」の範囲が変わってしまうのに、そのことに注意を払っていない。それで、「小人」の項の説明と食い違っていることには、ぜんぜん気づいていないのでしょう。

やはり、これはまずいんじゃないでしょうか。

もっとも、実際の「小人」などの使われ方が、小学館日本語新の説明通りなのかどうかはわかりません。場所により、「小人」の年齢の範囲が違う場合もあるかもしれません。

 

しかし、上の4冊の辞書の編集者が「小人」と「中人」の項の説明の明らかな矛盾に気づいていないのなら、それは困ったことです。