ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

家・家出

 新明解国語辞典第八版の項目を検討します。

 次の語釈の中の「家」とは何を指すのでしょうか。

 

   家出 -する (自サ)帰らないつもりで自分の家をそっと出て、どこかへ行ってしまうこと。                  新明解第七版・八版

 

「家」は複数の意味があります。また、「いえ」とも「うち」とも読めるので、それも問題を複雑にします。

 

   いえ家 1私的な生活を営む場として、(家族と共に)そこで寝起きし、自由に使える時を過ごす所(ための建物)。「-〔=自宅〕にまで仕事を持ち込む/住む-が無い/-を持つ〔=生活の場を定めて独立した家計を営む〕/-を出る〔= a外出する。b家族から独立し、また、縁を切って、別の所に移り住む〕2親子・兄弟などの関係で結ばれている人びとの集まり。また、その系統。     (以下略)  

   うち【《家】1〔家族の集まりとしての〕その人の家(の人)。「-じゅうで大騒ぎをする/-を持つ〔=結婚して所帯を持つ〕/-の人〔=自分の夫〕/-の者〔=家族(や使用人のうちのだれか)。狭義では妻を指す〕」 ⇔よそ
    2〔家族の生活の場としての〕自分の住む家。「退職金で-を建てる/-の中で犬や猫を飼う」(以下略)          新明解第七版・八版

「うち」の「家」という表記は「常用漢字の音訓以外のよみ」なので、上の「家出」の語釈の「家」は「いえ」と読むのでしょう。

どちらの読み方にせよ、「建物」の意味と、「人びとの集まり」つまり「家族」の意味があることは共通しています。

ここで問題は、「家出」の「自分の家をそっと出て」で、この「家」は「建物」なのか、「家族」なのか、です。「いえ」の用例の中にも、

 

  -を出る〔= a外出する。b家族から独立し、また、縁を切って、別の所に移り住む〕

 

とあり、「家を出る」のあいまい性が指摘されています。

どちらでも結局同じことになるのじゃないか、というのは当たりません。

一人住まいの人が「家を出て」という場合は、「家族」ではありえません。単なる建物です。
「自分の家をそっと出て」そのまま帰らなかったとして、それを「家出」と言うでしょうか。ちょうどいい日常語がありませんが、あえて言えば、「蒸発」あるいは「失踪」でしょう。

ずいぶん細かいことをぐちゃぐちゃ言っているなあ、と我ながら思いますが、結論を言えば、「家出」について「自分の家(をそっと出て)」というのは不正確だろう、ということです。

これは新明解だけの問題ではありません。

 

   二度と帰らぬ決意で、ひそかに家を抜け出すこと。「娘が━した」  明鏡

   帰らないつもりでひそかに家を出ること。「都会にあこがれて家出する」「家出人」 大辞泉

 

この二冊も同じです。一人住まいの人が「ひそかに家を出」ても、それは「家出」ではありません。

 

   (家の人に知らせず、そっと)家をぬけ出して帰らなくなること。「-むすめ」  三国

   家人にことわらず家を抜け出して、帰らないこと。「東京にあこがれて家出する」「家出少年」「家出人」  現代例解

 

「家の人/家人」と書けば、家族があることがわかります。その集団から「出る」のです。

あるいは、「家庭」と書くのがいいでしょう。(「家族」よりぴったりします)

 

   ひそかに家庭からぬけ出して帰らないこと。  旺文社

   ひそかに自分の家庭をすてて他へ行くこと。  学研現代

   (帰らないつもりで)ひそかに家庭を抜け出すこと。  集英社

 

「家庭」は「家」と「家族」の両方を合わせた意味を持っています。

 

   家庭 〔「庭」は、家の内部の意〕生活を共にする、家族の集まり(の場所)。「-を作る(築く)」(以下略)            新明解第七版・八版

   夫婦・親子などの家族が生活をともにする小さな集団。また、その生活の場所。「━環境[生活]」   明鏡


学研現代の「家庭をすてて」という言い方に魅力を感じますが、「他へ行く」というと、「他の家庭に行く」という含みがありはしないかと思います。