フィギュアスケート
新明解国語辞典第八版の項目を検討します。
今回は、長い間の誤りが八版で改訂された項目です。
フィギュアスケート〔←figure skating〕〔スケート競技で〕規定の図形を正確に描いたり 演技の技術や芸術性を競ったり するもの。フィギュア。 新明解第七版
これは第七版まで、長い間誤りが直されなかった項目です。
「規定の図形を正確に描いたり」というのは、昔「コンパルソリー」という種目があった頃の話です。
現在はこの種目はありません。したがって、上の語釈は誤っています。
Wikipedia の解説を。
コンパルソリーフィギュア(Compulsory figures)は、フィギュアスケートの男子シングルと女子シングルで1990年まで行われていた種目のひとつ。スクールフィギュア、規定とも呼ばれていた。氷上を滑走して課題の図形を描き、その滑走姿勢と滑り跡の図形の正確さを競う種目である。このフィギュアという言葉がフィギュアスケートの由来となった。 Wikipedia
1990年までの種目です。新明解の七版は2012年ですから、20年以上経っても間違いに気づかなかったわけです。
今回、八版になって改訂されました。「コンパルソリー」がなくなってから30年です。
〔←figure skating〕〔スケート競技で〕音楽に合わせて、ジャンプやスピン・ステップなどを交えてアイスリンクをすべり、演技の技術や芸術性を競うもの。男女シングル、男女ペアなどがある。略してフィギュア。 第八版
まずは良かったということですが、新明解は当初から「フィギュア」の説明が不十分でした。
フィギュア 〔←figure skating〕スケートで、氷の上に種種の型を描く演技を行うすべり方。型すべり。 新明解第二版(1974)
この説明では、上の「コンパルソリー」だけのように思われてしまいます。
「演技の技術や芸術性を競ったり」した種目があったのは当時も同じです。(「型すべり」ということばは、初めてみました。)
1972年の札幌冬季オリンピックで、ジャネット・リンがその演技の美しさで一躍人気者になり、その後テレビのCMにまで出たという話があります。(Wikipedia「ジャネット・リン」の項)
したがって、新明解の第二版(1974)の時には、フィギュアスケートという競技がどんなものかは広く知られていたはずなのですが、辞典編集者は知らなかったのでしょうか。
「コンパルソリー」という種目は1990年までということなので、1989年の第四版の時はまだあったのですが、次の第五版の時にはもうなくなっていたわけです。しかし、新明解の第四版と第五版にはまったく違いがみられません。
フィギュア〔←figure skating〕スケートで、氷の上に種種の型を描く演技を行うすべり方。 新明解 第四版(1989)・ 第五版(1997)
相変わらず、「コンパルソリー」だけのような書き方です。
第六版(2005)で、上の第七版(2012)として引用した形になりました。どうしてこの時に、もっときちんとした記述にならなかったのでしょうか。
そして、上に述べたように、第八版(2020)でようやく「規定の図形を正確に描いたり」が削除され、正しい記述になったのです。
この新明解の例を見てくると、国語辞典の「改訂」とはどういうものなのか、と思ってしまいます。
他の辞書も見てみましょう。
まず三省堂国語辞典。
フィギュア 〔←フィギュアスケーティング〕スケートで、氷の上にいろいろな形をえがくすべり方。フィギャー。 三国第二版(1980) 第五版(2001)までほぼ同じ
これも新明解と同じですね。「形をえがく」ことに焦点があります。(「フィギャー」という言い方も初めてです。)
〔←フィギュアスケーティング〕フィギュアスケート。音楽に合わせて、ジャンプやスピンなどをまじえて、氷上をすべり、技術力や表現力をきそうスケート競技。男女別のシングル、男女のペアなどがある。 三国第六版(2008)・第七版(2014)
2008年の第六版になって、やっと正しい内容になりました。これもずいぶん遅い。
第四版が1992年なので、この時に直してしかるべきでした。
次は明鏡です。初版が2002年。
フィギュア スケート競技の一つ。氷上に図形を描くように滑りながら、ジャンプ・スピン・ステップなどの技術の正確さと芸術性を競うもの。シングル・ペア・アイスダンスなどの種目がある。フィギュアスケート。▽「フィギュアスケーティング(figure skating)」の略。 明鏡 初版(2002) 第二版も同じ
この「氷上に図形を描くように滑りながら」というところ、この書き方でいいのかどうか、私にはわかりません。別に「図形を描くように」滑らなくてもいいはずです。スピードスケートとは違う、と言いたいのでしょうか。「フィギュア」という名称の由来を暗示しているのでしょうか。
他の小型辞書の多くは、競技の内容までは説明していないので、以前の新明解や三国のような誤った理解をしているかどうかはわかりません。(詳しく説明しないほうがボロが出ない?)
いまだにはっきり誤っている辞書があります。
フィギュア スケート競技で、氷面に決められた図形を描いたり、音楽に合わせて演技を行ったりして、正確さや芸術性を競う種目。フィギュアスケート。 旺文社第十一版(2013)
なんと第十一版です。何度「改訂」しても、しっかりした態度で全体を検討しなおさなければだめだということでしょう。