ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

中年・壮年・老年など

新明解国語辞典第八版の項目を検討します。

 

前回、国語辞典の改訂とは何なのだろう、というようなことを書きました。
直されるべき項目が直されないのは困るのですが、改訂の結果、かえっておかしくなるのはもっと困ります。

 

新明解で改訂した後のほうがおかしいという例です。

「少年・青年・中年・壮年・老年」と、参照のために「若年・初老・高年」を、第二版から第五版まで比べてみます。

 

第二版 1974年 (使用したのは第九刷)
  少年  人を年によって分けた区分の一つ。小学生から中学生くらいまで(の人)〔広義では少女を含み、狭義では排除する〕

  青年  人を年齢によって分けた区分の一つ。高校生から二十代までの人を指す。〔広義では、青春期の人を指す。例、「万年-」〕

  中年  人を年齢によって分けた区分の一つ。四十歳代の年。「-ぶとり」

  壮年  人を年齢によって分けた区分の一つ。結婚して社会に活動する、身も心も盛んなころ。三十代から五十代の前半ぐらいまで。

  老年  人を年齢によって分けた区分の一つ。普通、六十代以上を指す。⇔若年

  若年  2⇔老年 人を年齢によって分けた区分の一つ。からだはおとな並に成熟したが、同年輩の多くはまだ社会人とならない時分を指す。

  初老  肉体的な盛りを過ぎ、そろそろからだの各部に気をつける必要が感じられる時期。〔もと、四十歳の異称。現在は普通に五十歳前後を指す〕

 

まず第二版。

「青年」で、「万年青年」が「青春期」というのはよくわかりません。

あと、「老年」と「若年」を対立させるのもどうでしょうか。

「若年」の「同年輩の多くはまだ社会人とならない時分」というのもよくわかりません。

そういう細かいことを除けば、だいたい穏当なところだろうと思われます。

 

第三版 1981年

  少年  人を年齢によって分けた区分の一つ。小学生から中・高校生くらいまで(の人)。〔広義では少女を含む。少年法では、二十歳未満の者を指す〕  (四版以降ほぼ同じ)

  青年  人を年齢によって分けた区分の一つ。二十代から三十代までの人を指す。〔広義では、青春期の人を指す。例、「万年-」〕

  中年  人を年齢によって分けた区分の一つ。四十歳代から五十歳代にかけての年。「-ぶとり」

  壮年  人を年齢によって分けた区分の一つ。結婚して社会に活動する、身も心も盛んなころ。四十代から五十代の後半ぐらいまで。

  老年  人を年齢によって分けた区分の一つ。普通、六十代の後半・(七十代)以上を指す。⇔若年

  若年  2 人を年齢によって分けた区分の一つ。〔中高年者から見て〕少年後期以降 青年・(壮年)期にある人たちの称。〔社会人としての経験が(まだ)浅い意味で言う〕

  初老  肉体的な盛りを過ぎ、そろそろからだの各部に気をつける必要が感じられる時期。〔もと、四十歳の異称。現在は普通に六十歳前後を指す〕

  高年  だれが見てももう若いとは言えない年齢。〔老年の、えんきょく表現〕「-層・-就職者」

 

次に、第三版。

第二版との違いは、まず、高校生を「青年」から除いたこと。そのため、「少年」に高校生が入りました。これはどちらがいいでしょうか。

その分、と言っていいのか、「青年」が三十代まで延びました。でも、三十九歳で「青年」というのはちょっときついかなあ、と。

「中年」も、四十歳代だけから「五十歳代にかけて」と長くなりました。これはどうでしょうか。

「壮年」は、「三十代から五十代の前半」が 「四十代から五十代の後半」と大きく変わりました。

「初老」が十年遅くなり、「老年」も後ろに延びました。

「若年」はなんだかわかりません。「壮年」も「若年」に入ってしまうようです。

全体に、年齢が高くなっています。平均寿命が延び、どの年代も年をとっても元気になった、ということでしょうか。

 

第四版 1989年

  青年  人を年齢によって分けた区分の一つ。普通、二十歳から三十歳後半までの人を指す。「万年-〔いつまでも年をとらないように見える人〕」

  中年  人を年齢によって分けた区分の一つ。五十代の半ばから六十代の前期にかけての年。「-ぶとり」

  壮年  人を年齢によって分けた区分の一つ。結婚して社会に活動する、身も心も盛んなころ。三十代中期から四十代の後半ぐらいまで。

  老年  人を年齢によって分けた区分の一つ。六十代の中期から特に七十代以上を指す。

  若年  2 人を年齢によって分けた区分の一つ。〔中高年者から見て〕少年後期以降 青壮年期にある人たちの称。〔社会人としての経験が(まだ)浅い意味で言う〕

  初老  肉体的な盛りを過ぎ、そろそろからだの各部に気をつける必要が感じられるおよその時期。〔もと、四十歳の異称。現在は普通に六十歳前後を指す〕

  高年  だれが見てももう若いとは言えない年齢。〔老年の えんきょく表現〕「-層・-就職者」

 

第四版。

ここで大きく変わります。

「青年」の「三十歳後半」というのは、おそらく、「三十歳代後半」の誤植なのだろうと思います。

「中年」は決定的に変わりました。「五十代の半ばから六十代の前期にかけて」です。
四十歳代は「中年」ではない? 五十歳も? 第二版のように、四十代だけを「中年」とし、だから五十歳はそうでない、というのならまだわかるのですが。

で、「三十代中期から四十代の後半」は「壮年」とします。

「壮年」の後が「中年」ですか? 何か根本的に違うような。

 

第五版 1997年
  青年  人を年齢によって分けた区分の一つ。普通、二十歳ごろから三十歳代前半までの人を指す。「-団・万年-〔いつまでも年をとらないように見える人〕」
  中年  (第四版と同じ)

  壮年  (第四版と同じ)

  老年  (第四版と同じ)

  若年  2 人を年齢によって分けた区分の一つ。〔中高年者から見て〕少年後期以降 青壮年期にある人たちの称。若齢。〔社会人としての経験が(まだ)浅い意味で言う〕

  初老  (第四版と同じ)

  高年  どんな点から見ても若いとは言えない年齢。〔老年の えんきょく表現〕「中-層・-就職者」

 

第五版は、細かいところを除けば、だいたい第四版と同じです。それ以降、第八版までほぼ同じです。

 

いかがでしょうか。第三版から第四版への「改訂」は、非常に大きなものです。

私の結論を言えば、「改悪」でしかありません。どう考えてみても、奇妙な記述になっています。実際の日本語を調査して、このような結果が出てくるのでしょうか。

 

以上の内容を表にしてみました。いくらかわかりやすくなると思います。

 

    高校生 20    30    40    50    60    70

第二版  ←  青年  →       ← 中年 →      ← 老年    →
             ←    壮年       →
                       初老

第三版     ←   青年   → ← 中年  →      ← 老年  →
                  ←  壮年    →
                            初老

    高校生 20    30    40    50    60    70

第四版     ← 青年 →?           ←  中年   →  ← 老年 →
                ←  壮年  →    初老

第五版     ← 青年   →          ←  中年   →  ← 老年 →
                ←  壮年  →    初老

 

三版から四版への激変ぶりを見てください。

青年と老年はともかくとして、中年と壮年の位置関係を比較してください。

中年と初老の関係も奇妙です。初老というのは、中年の後、老年の初めと重なるはずなのでは?

この奇妙な記述が、現在の八版までそのまま続いているのです。

新明解の編集者たちは、本当に上の「壮年」「中年」の区分でいいと思っているのでしょうか。