ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

食べ物・食物・食品

新明解国語辞典第八版の項目を検討します。このブログで以前とりあげたものです。
(2019-12-05 食べ物・食物・食品)

 

   食べ物 動物が生命を維持するのに必要な、穀物・野菜や肉など(を料理したもの)の総称。〔広義では果物を含み、狭義では飲み物を含まない〕 
    -屋 (大衆的な)飲食店          新明解第八版

 

第七版からの変更はありません。(後の「食物」「食品」も第七版と同じです。)

 

まず、「食べ物」は普通、果物を含むのではないでしょうか。果物が「食べ物」でないなんて。

   「何か食べ物ない?」「食べ物? 何もないなあ。」
   「あそこのリンゴやバナナは?」

ここで、「普通、「食べ物」って言ったら、果物は含まないでしょ?」と言ったら、かなり嫌な奴だと思われないでしょうか。

逆に、「食べ物? ジュースならあるけど。」と言ったら、「食べ物ではないけれど」という意味合いでしょう。

 つまり、果物を「食べ物」に入れないというのは、かなり「食べ物」を狭くとらえた場合です。また、飲み物は、普通「食べ物」に入れないでしょう。

ですから、〔広義では果物を含み、狭義では飲み物を含まない〕ではなくて、せめて、

   〔狭義では果物を含まず、広義では飲み物を含む〕

でしょう。これでも私は賛成しませんが。(果物を含まない「食べ物」というのは私には考えられませんし、「広義」でも飲み物は含めないのが私の「食べ物」の範囲です。)

 

さらに、この「食べ物」の項に関して注意すべきことは、後の「食物」「食品」と比べてみるとわかることですが、「動物が」という食べる主体が示されていること、「生命を維持するのに必要」というその目的が示されていることです。

 

その「食物」と「食品」を見てみます。

 

   食物 食品をそのまま(数種類組み合わせて)食用に適するように調理・加工したもの。食べ物。例、米・みそ・ダイコンは食品、御飯・みそ汁は食物。〔広義では、飲み物を含む〕  新明解第八版  

 

これは非常に問題を含んだ語釈だと思います。

細かいことは次の「食品」を見てからとして、まず、上に述べた「動物が」に当たる語句がないことに気付きます。その書き方からすると、食べる主体は「人間」に限られているように感じます。

「動物の食物」という言い方は当然あるわけですから、「食べ物」について述べられた「動物が」「生命を維持するのに必要」という部分はやはり必要でしょう。なぜそれを書かなかったのか。

この語釈は、「食品を~したもの」という形で、「食品」を元にした書き方をしています。

「食物」とは、「食品をそのまま」あるいは「数種類組み合わせて」、「食用に適するように調理・加工したもの」です。

そして、語釈の最後にあるように、「食べ物」と同じもののようです。
(「食物」と「食品」の具体例についてはまた後で述べます。これが一番問題です。))

 

では、「食品」とは、

 

   食品 そのまま(手をかけて料理した上で)食べることが出来るものの総称。〔広義では、飲み物を含む〕「-を輸入する/-衛生 ・ -売場 ・ -成分表」→食物   新明解第八版

 

「そのまま」あるいは「手をかけて料理した上で」、「食べることが出来るものの総称」。

あれ? これは「食べ物」の、「穀物・野菜や肉など(を料理したもの)の総称」とどう違うのでしょうか。

わからなくなりました。もう一度復習します。ちょっと順序を変えます。

 

   食べ物 穀物・野菜や肉など(を料理したもの)の総称

   食品  そのまま(手をかけて料理した上で)食べることが出来るものの総称

   食物  食品をそのまま(数種類組み合わせて)食用に適するように調理・加工したもの(=食べ物?)


「食べ物」は、お米も、炊いたご飯も、生の野菜も、野菜炒めも、生の肉も、ステーキも、全部含まれるようです。(これに異論はありません。)

「食品」は、結局、「食べ物」と同じなのではないでしょうか。穀物も、野菜も、肉も、「そのまま」あるいは「料理した上で」、食べることができるものでしょう。

「食物」は、「食品を~調理・加工した」もの、です。

 

ここでわかりにくいことの一つは、「そのまま」が何を意味しているのか、です。

「食品」のほうの「そのまま(手をかけて料理した上で)」は、「そのまま」は「料理しない」ことを意味するのでしょう。例えば、レタスは洗ってちぎるだけで食べられます。(いや、「洗ってちぎる」ことは「料理」に含まれるのでしょうか。それなら、バナナなどのほうが例としていいのかも。)

「食物」のほうの「そのまま(数種類組み合わせて)」では、それ単独で、ということでしょうか。

「そのまま食用に適するように調理・加工したもの」という言い方がどうもしっくりしません。

 

もう一つわからないことは、「食物」と「食べ物」は同じものを指すのかということです。

私の感覚ではそうなのですが、上の語釈によれば、「食物」は食用に適するように調理・加工したもの」ですが、「食べ物」は「調理・加工」していないものを含むはずです。(私の語感では、「食べ物」は日常語であり、「食物」は改まった(社会科学、あるいは自然科学的な)言い方、あるいはやや「書きことば」です。)

 

そして、さらにわからなくなるのが、「食物」の項であげられた具体例です。

 

   例、米・みそ・ダイコンは食品、御飯・みそ汁は食物。  新明解第八版

 

「御飯・みそ汁」が食物(=食べ物)であることに異論はありませんが、「米・みそ・ダイコン」がここで「食品」とされているのは、つまり「食物(=食べ物)」でない、ということなのでしょうか。

あるいは、「御飯・みそ汁」は「食品」ではないが、「米・みそ・ダイコン」は「食品」であり、かつ「食物」でもある、と言いたいのでしょうか。

(食卓に出された)「御飯・みそ汁」は「食品」ではない、というのは何となくわかるのですが、それ以外の話はまったく理解できません。

何か、私が大きく誤解しているのでしょうか。

 

以上、新明解の記述をめぐってごちゃごちゃ書いてきましたが、新明解の筆者・編集者がきちんと説明しているのを私があれこれ誤解して道に迷っているだけなのか、それとも新明解の記述がやっぱりおかしいのか、さて、どうでしょうか。