前回の記事で「位取り」という話が出てきました。例えば「2021年」と書く時、初めの「2」は単なる「二」ではなく、「二千」を表すのだということ、そして次の「0」は「百の位」が「零」であることを表すこと、などの数の書き表し方の約束事を言います。これがわかりやすく、きちんと書かれているか。岩波国語辞典で見てみましょう。
位取り 数値の位(=けた)を定めること。その定め方。 岩波
ふむ。では「位 くらい」「けた」とは。
位 1ウ 数値のけた。「-どり」「千の-」
けた 2 数値の位取り。「答えの-がちがう」。 岩波
おやおや。これでは結局なんだかわかりませんね。
「位取り」は「位またはけたを定めること」で、「位」は「けた」で、「けた」は「位取り」。振り出しに戻りました。
きちんと説明しようという気がぜんぜんない。
岩波はこういう手抜きの項目が時々あります。(→ 2020-01-16 「岩波第八版(2):ゆるい・うまる」)
このくらいのことは、この辞典の使用者なら当然知っているだろう、というのか、いかにもおざなりな説明(?)で済ませてしまいます。
では、明鏡国語辞典は。
位取り 算数や算盤そろばんで、値の位を定めること。「━を百にする」
位 3 数学で、十進法での数の段階。桁けた。「十の━」
桁 3 数の位取り。「五━の暗算」 明鏡
これもなんだかわかりません。「位」に「数学で」とあり、「十進法での数の段階」の詳しい内容はそちらで勉強してください、ということでしょうか。
十進法 記数法の一つ。〇から九までの数字を使い、一〇ずつまとめて位を上げていく数の表し方。 明鏡
「位を上げていく」とはどういうことなのか。そこがわかりません。
「「要するにそれは何か」が分かる」三省堂国語辞典は。
位取り 「位 1-7」を定めること。
位 1-7 (数)数をあらわすために、十倍ごとにつける名。「千の-」 三国
まったくわかりません。「十倍ごとにつける名」という説明で何かがわかる人はいるのでしょうか。
例解新国語辞典も同じような書き方ですが、多少具体的です。
位取り 一の位、百の位など、数の位をきめること。
位 4〔数学〕数のよび名で、一の位、十の位、百の位、千の位のように十倍ごとにつけることば。[用例]位取り。 例解新
わかったようなわからないような。「一・十・百・千」と呼び名をつけていくのはわかるのですが、それでどうなるのか。そこでの「位」の役割は何なのか。
さらに、「千」の上は「万」で、その上は「十万・百万」となって「十・百」がまた出てくるわけですが、その辺はどうなっているのか。(「十万」はあっても、「十千」というのはないこと)
あまりに基本的なこと過ぎて、みんな(小学生でも)わかってしまっていることだから、あえて余計な説明をしなくてもいいのでしょうか。
新明解を見てみます。
位取り 数を書き表わすために、「位 2」を定めること。「-の原理/-を間違える」
位 2〔十進法で〕「基数〔=十〕」の累乗〔=一・十・百・千など〕をそれぞれ幾つ集めてその数が構成されるかを示すための数字が書かれる位置。桁(ケタ)。例、「十の-/百の-」。〔一より小さい数を表わすための「十分の一の-=小数第一位」/「百分の一の-=小数第二位」なども含む。また、「十」以外の数を基数とする位取り記数法についても言う〕
桁 3A〔位取り記数法で〕「位」の別称。「十の-/-数が増える/昭和一(ヒト)-生まれ〔=元年から九年までに生まれた人〕/視聴率が二(フタ)-〔=一〇パーセント以上〕になる B 位の個数をかぞえる語。「四-の数〔=ただし数学教育では、「四位数」とも言う〕」 新明解
これはなかなかしっかり書いてあります。こういうことは新明解が強い。
まず、「数を書き表わすために」「位を定める」んだと。「位」とは「~数字が書かれる位置」です。三国の「十倍ごとにつける名」とはずいぶん違います。
この「位」の説明では「〔十進法で〕基数の累乗」というのがわかりません。「十進法」「基数」をみます。
十進法 十を「基数」として採用する命数法(記数法)。命数法の例は、日本語の数詞のように、一・十・百・千…と十倍ごとに新しい名を付けていくもの。記数法の例は、0から9までの十個のアラビア数字を用いる位取り記数法。じゅっしんほう。〔広義では、十倍(十分の一)ごとに新しい単位名を付けていく度量衡の体系をも指す〕「現代日本語の命数法は、厳密に言えば、-と万進法との組合せである」 新明解
基数 1 物の個数を示す数(カズ)。計量数 。集合数 。⇒序数 2 幾つずつまとめて数(カズ)に新しい名前を付けて(を書きしるして)行くか、という基本単位として採用する自然数。底(テイ)。「十進法の-は十」 3〔十進法で〕数を表わす時の基本となる一から九までの自然数。〔広義では、零も含める〕 新明解
私の理解した範囲でまとめると、こういうことでしょうか。
日本語の数の言い方は、「十を基数とする」十進法で、「十倍ごとに」新しい名がつけられる。そのそれぞれがいくつあるかを「示すための数字が書かれる位置」を「位」という。それを定めるのが「位取り」。
それで「2021年」という書き方の、それぞれの数字の「位」が「一の位」「十の位」…となり、最初の「2」が「二千」であることがわかる。
「万」を超えると「十万」「百万」となることの説明はありませんが、「十進法」の例文、
「現代日本語の命数法は、厳密に言えば、-(十進法)と万進法との組合せである」
というのが、その説明の代わりでしょう。十進法で「一・十・百・千」と進んで、その上は「万」になり、「万」を基にしてまた「一・十・百・千」が繰り返され、今度は「万進法」で「一万の一万倍」が「億」になる。そこでまた十進法が繰り返され、「一万倍」になると「兆」、さらに「一万倍」で「京」。これがずっと続きます。
「万進法」の中で「十進法」が繰り返される。
十進法 一 十 百 千 一 十 百 千 一 十 百 千 一 十 百 千
万進法 万 億 兆
英語だと「万」はなくて、ten thousand で、「十万」は one hundred thousand ですが、これは「千進法」ですね。だから、大きな数字を書く時、三ケタごとに「, 」を打つ。そうやって読みやすくするわけです。
一万 10,000 十万 100,000 百万 1,000,000 one million
日本で大きな数字を三ケタで区切るのは「文化的被植民地根性」の表れだ、という人がいます。
1,000,000,000
が「10億」だというのは非常にわかりにくい。英語では one billion だから1の後にカンマがある。
日本では、同じ数字を四ケタごとに区切って、
10,0000,0000
こう書けば、「10億」だとすぐわかるわけです。(子供のころ、そう思いました。)
しかしまあ、致し方ありませんか。「グローバル」な統計数字を見慣れていけば、3桁区切りで国内外を統一したほうが便利でしょうか。
ちょっと話がそれました。
数の書き表し方に関する、「位取り」「位」ということばの説明では、新明解が群を抜いてきちんと書いています。
もちろん、新明解の記述を読んでそれが(だいたい)わかる(わかったような気になる)のは、「位取り」や「十進法」についてもともとおおよそ知っているからだ、とも言えるのですが、他の辞書の説明では、そもそもこの執筆者自身が何を自分が言っているのかわかってんのかいな、と思わされるところがあります。(正直に言うと、新明解の「命数法」「記数法」のあたり、私はよくわかっていないのですが、それは書き方の問題よりも、私の理解力の問題でしょう。)
岩波の元編者、水谷静夫も数学に強いはずなんですが、岩波の記述はどうしたんでしょうか。