ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

書き込む・書き入れる・記入する

「書き込む」についてはずいぶん前に少し書いたことがあります。(→「2013-05-23 書き込む」)

その時は、新明解の語釈の「小さな字で」という部分にこだわって、多少冗談めかした話にしました。
今回は、他の辞書をもう少し見てみることと、「書き入れる」「記入する」などとも比べて考えてみようと思います。

まずは、新明解から。

 

  書(き)込む 1その場所に小さな字で書く。「手帳に予定を-」
    2細かなところまで手を抜かずに書く。
    3〔コンピューターで〕データを記憶媒体に入れる。⇔読み出す  新明解八版

 

手帳に「大きい字で」あるいは「普通の大きさの字で」書いたら、「書き込む」とは言えないんでしょうか。

「その場所に」という語釈も、よくわからない説明です。「その場所」以外のどこに書くというのでしょうか。「ある場所に」というつもりでしょうか。つまり、ニ格の名詞をとる、ということを示したいだけなのか。
例えば、

 

  書(き)留める 〔忘れないように〕書いて残す(おく)。「ノートに-」 新明解

 

これも、「その場所に」と言ってもいいのでしょうが、そう書いていません。「その場所」の意味合いは何なのか。

他の辞書を見てみましょう。(「コンピュータ」に関する用法は省略します。)

 

  書き込む 枠や表など、ある一定のところに文字などを書く。「来月の予定を手帳に~」「教科書の余白に講義の内容を~」   講談社類語

 

「枠や表など、ある一定のところ」と言うと、いかにも「書くべき場所」つまり「その場所」という含みが出てきます。新明解はこれを言いたかったのでしょうか。

なお、講談社類語は「枠や表など、ある一定のところ」と言いながら、用例では「教科書の余白に」という例をあげています。「書くべき、一定のところ」ではありませんね。むしろ「書くべきでない場所」ですね。

なお、字の大きさについては触れていません。でも、「余白」だと、必然的に小さな字になるでしょうか。

 

  本や文書の余白、空欄などに、文字や文を書く。書き入れる。記入する。(例)手帳に予定を書き込む/氏名を書き込む欄。2すみずみまで目を届かせて書く。(例)よく書き込まれた小説。  小学館日本語新

 

語釈に「本や文書の余白」と「余白」をはっきり打ち出しています。「余白」「空欄」、そして「枠や表」に共通するのは、「限られた(狭い)ところ」ということでしょうか。やはり字は小さい?

 

  指定された場所、また、余白や行間などに書き加える。記入する。書き入れる。「書類に必要事項を-む」  新潮現代

 

今度は「行間」が出てきました。いかにも狭そうです。これは「小さい字で」書く必要があります。

ここまで見た限りで思うのは、「書き込む」には、「書くべき場所、指定された場所」に書く場合と、すでに何かが書かれている文書・本の「余白・行間」などに書く、「書き加える」(新潮)場合があるようだ、ということです。

 

似たような意味を持ち、小学館・新潮の語釈にも出てきた「書き入れる」を見てみましょう。

新明解には「書き入れる」という項目はありません。

岩波から。

 

  書き入れる 記入する。書き込む。  岩波八版

 

ただの言い替えですね。「書き入れる」とは「記入する」または「書き込む」である、と。しかし、岩波には「書き込む」という項目はありません。動詞「書き込む」はないけれど、名詞形の「書き込み」という項目があります。

 

  書き込み 手帳・行間などに書き入れること。その書き入れた文字。「細かい字の-」  岩波八版

 

「書き入れる」は「書き込む」で、「書き込み」は「書き入れること」です。いつもの岩波です。

では、「記入する」は?

 

  記入(名・スル他)字を書き入れること。  岩波八版

 

方針が一貫していて、すがすがしいくらいです。「書き込む(書き込み)」「書き入れる」「記入(する)」皆同じ。

その中で、新しい情報としては、「書き込み」の項にある「手帳・行間など」と用例の「細かい文字」だけです。

これだけだと、小学館新の「氏名を書き込む欄」、新潮の「書類に必要事項を書き込む」などの用法が説明できません。「指定された場所に(必要なことを)書く」という用法ですね。それがない。

どうも、最近、私は岩波の欠点が目についてしまい、岩波への信頼感がどんどん薄れていくのを感じます。

 

次は、よくわからない語釈の講談社類語辞典

 

  書き入れる あいているところに必要な文字などを書く。「配達予定を表に~」  講談社類語

 

えーと、何かを「書く」ときは、いつも「あいているところ」に書くものじゃないでしょうか。あいていないところには書けないでしょう。

「表」や「空欄」など、すでに何かが書いてあるものの「空いているところ」ということでしょうか。それなら、むしろ「(そこに何かを書くために)あけてあるところ」でしょうか。

「必要な文字」というのも面白い言い方ですね。「必要でない文字」、壁の落書きなどは「書き入れる」ではない。確かに。

でも、学校の課題で作文やレポートを書くのも「書き入れる」とは言わないでしょう。「必要な文字」ですが。原稿用紙やレポート用紙は「あいているところ」じゃない?

いつもいつも繰り返し書いていることですが、こういう語釈は、その語の意味を知っている人にはよくわかるものなのですね。

「書き入れる」? ああ、「あいているところに」、「必要なこと」、「書くべきこと」を書くんだな。「配達予定を表に~」、なるほど、いい用例だな、という具合に。

そうでない人、その語の意味を本当に知らない人にとっては、なんだかわからない説明になっているのですが。

 

  書き込む。記入する。また、あとで書き加える。(例)手帳に予定を書き入れる/本に注を書き入れる。  小学館

 

「あとで書き加える」というところに一つの主張があります。でも、その用例である「本に注を書き入れる」という例はどうもはっきりしません。これは、その本の著者が「あとで」注を入れる、ということでしょうか。

本文を書いているときは、「書き入れる」ではないんですね。本文と一緒に「注」を書いたら、「書き入れる」ではない? うーん、なんか、隔靴掻痒、という感じで、あまりいい用例とは思えません。

 

  すでにある文に、あとから文字や言葉を加える。加筆する。記入する。書き込む。「本に-れる〔ヘボン〕」「下の様な句を-れたのが〔倫敦塔〕」  新潮現代

 

「すでにある文に、あとから」、また「加筆する」とはっきり書いています。ヘボンの和英辞典と漱石の小説からの例、いつもながら他の辞書とは画然と違う新潮現代の用例ですが、「手帳に予定を書き入れる」という単純な使い方の例も必要かと。それは「記入する」でカバーしているということなのでしょうか。

 

さて、それぞれの辞書でいろいろ違いはありますが、「書き入れる」も「書き込む」と同様に、「必要なこと」を書く場合と、「あとから文字や言葉を加える」場合があるようです。

 

「記入する」も見てみましょう。岩波はすでに見ました。

 

  記入 文字などを必要な場所に書き入れること。(例)帳簿に記入する/記入もれ。  小学館

     帳面や欄の中に書き入れること。「まず名前を~してください」  講談社類語

 

「書き込む」「書き入れる」の「余白・行間」以外の用法に対応するようです。

 

  記入 書式の定まった文書などについて所定の欄などに必要な事柄を書くこと。〔広義では、本などに書き込むことをも指す〕  新明解

 

基本は「所定の欄などに必要な事柄を書く」ことですが、「広義」として、「本などに」の用法を加えています。「書式の定まった文書」という言い方は、はっきりしていてわかりやすいですね。
 
明鏡の「記入」には興味深い注記があります。

 

  記入 所定の箇所などに必要な事柄を書き入れること。「申込書に住所・氏名を━する」[使い方]類義の和語「書き入れる」「書き込む」は、所定の箇所のほか行間や余白に書く場合にもいう。  明鏡

 

「所定の箇所などに必要な事柄を書き入れる」のが「記入」である。「書き入れる」「書き込む」には、それ以外に「行間や余白に書く場合」もある、とわかりやすく書いています。

では、「書き入れる」と「書き込む」の違いは、と言うと、

 

  書き込む 1書き入れる。記入する。「申込書に名前を━」2気を配って細かいところまで書く。「犯人の心理がよく━・まれた小説」  明鏡

  書き入れる (項目なし)

 

「書き込む」の項はあるのですが、「書き入れる」は項目としてたてられていません。「記入」でも、「書き込む」でも、「書き入れる」が説明のために使われているのですが。これはちょっといけませんね。

また、「書き込む」の説明には、「記入」の注記にあった「行間や余白に書く場合」の用法が書いてありません。これもいけません。編集者が相互参照をしていないようです。

 

三省堂国語辞典を見ていませんでした。

 

  書き込む 1<その中/限られた部分>に書く。「欄外に-・法律に-・インターネットの掲示板に-」2ていねいに、こまかなところまで書く。[名]書き込み。

  書き入れ 1きまった場所に、文字・数字・文章を書くこと。「表に-をする」2文章の途中にほかの文章を書きくわえ<ること/たその文字>。かきこみ。(略)[動]書き入れる。 

  記入 用紙などの決められた欄に、書くこと。書き入れること。「住所を-する」  三国

 

三国は、なぜか「書き入れ」という名詞形のみで、「書き入れる」という動詞はありませんでした。
「記入」の項に「書き入れること」とあるので、項目としてあったほうがいいように思うのですが。

さて、「書き込む」では「その中/限られた部分」という説明で、「欄外・法律・掲示板」の用例が添えられています。この説明と用例を見比べると、「その中」と「欄外に」が対応するのではなさそうですね。そうではなくて、「その中:法律・掲示板」「限られた部分:欄外」ということになるのでしょうか。順序がわかりにくくなっています。あるいは、「ネットの掲示板」も「限られた部分」なのでしょうか。ちょっとわかりにくいです。

「書き入れ」のほうは、「きまった場所」と「文章の途中にほかの文章を」で用法を分けています。この分け方自体はわかりやすいのですが、そうすると「欄外に書き入れる」という言い方は排除されそうです。それは「書き込む」で。

 

 以上、「書き込む・書きいれる・記入する」についていろいろ見てきました。

「記入する」は、三国や新明解の、

  用紙などの決められた欄に、書くこと。 三国
  書式の定まった文書などについて所定の欄などに必要な事柄を書くこと。 新明解

で基本的にいいのでしょう。

「書き込む」は、それに加えて、「(すでに何か書かれている物の)余白・空欄・行間」に書くという用法と、今回は触れなかった「ていねいに、こまかなところまで書く。」(三国)という用法があること。もう一つ、コンピュータ関係の用法もあります。

「書き入れる」は「書き込む」と同じように「(すでに何か書かれている物の)余白・空欄・行間」、さらには、

  すでにある文に、あとから文字や言葉を加える。加筆する。  新潮現代

という用法がある、ということでいいでしょうか。

これらの区別はそれほどはっきりしたものではなく、「記入」も、「余白」その他のところに「書き込む」のと同じ使い方ができるようですし、「書き込む」と「書き入れる」の区別は実際には非常にぼんやりしたものでしょう。むしろ、データベースを見ると、「書き込む」のほうが圧倒的に頻度が高く、「書き入れる」の20倍以上あるということのほうが、違いとして大きなものでしょう。(「書き込む」にはコンピュータ関係の使用例も多いのでしょう。)

で、最初に戻って、「書き込む」は「小さな字で」書く必要があるのかどうか。そういうこともあるのかもしれませんが、それが「書き込む」の意味の一つの核になっているわけではないでしょう。

 

追記:

初めのほうで、新明解「書き込む」の「その場所に」という言い方や、講談社類語「書き入れる」の「あいているところに」についてグチグチと文句を書きましたが、上に引用した三国の「用紙などの決められた欄に」あるいは新明解の「書式の定まった文書などについて所定の欄などに」とすればスッキリ、わかりやすいのではないでしょうか。(新明解のほうは「~などについて~などに」という繰り返しがちょっともたもたした感じですが)

こういうところは、それぞれの編集者が類義の項目を比べてみて調整するものではないでしょうか。そういう仕事を、「改訂」の際に期待したいと思います。