前回の記事で、「せいぜい」について、
一般の日本人の語感ではどうでしょうか。
と書きました。
ネットで検索してみると、「NHK放送文化研究所ウェブアンケート」というのが見つかりました。
そこから抜粋して引用します。
「せいぜい」には、もともとは悪い意味はありませんでした。しかし近年では意味の変化が進んでいるので、使う場合には(そしてそれを聞き手として解釈する場合にも)注意が必要です。…
このように、「せいぜい」はもともとは積極的な意味で「がんばって」という意見を示すものでした。これに対して、時代が下ると「(まあ、がんばったところで)たいしたことはないだろうが」というような、マイナスのニュアンスが伴うようになってきたのです。…
ウェブ上でおこなったアンケートでも、「せいぜい」の解釈をめぐって年代差があることが見て取れます。「せいぜいがんばってください。」という言い方に対して、60歳以上の人たちでは「『いやみ』または『応援』の、どちらのつもりで言っているのかは、その場面によって異なる」という回答が4割程度を占めているのですが、20代ではわずかに2割程度です。若い人たちの間では、「いやみとして言っている(言った人に、純粋に応援する気持ちはない)」という回答が、圧倒的に多いのです。
ということで、私の疑問は解消されました。
私の語感は、「若い人たち」と同じようです。前回も書きましたが、若いころからそういうものだと思っていたんですけどねえ。
多くの国語辞典の編集者は60代以上でしょうから、古い語感に偏るのはしかたがないでしょうか。
しかし、上のNHKの記事は2015年のものですから、新明解や明鏡の最新版には反映していていいはずですね。特に、明鏡はこういう若い人たちの用法については詳しいだろうと思うのですが。(編者北原保雄の『問題な日本語』その他)
なお、上の記事の執筆者は、塩田雄大です。そう、三国の編集者の一人です。
そのわりに、三国の書き方は(〔あまり結果を期待しないが〕でした)おとなしめですね。
例解新のほうが踏み込んで書いていました。