ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

新明解の副詞:どうにか

新明解国語辞典の副詞の記述を検討しています。今回は「どうにか」をとりあげます。

 

  どうにか (副) 1手段・方法を尽くして最低限の成果を得るにいたる様子。「-工面してみよう/-してやりとげます/命だけは-取りとめた」
    2満足できる状態ではないが、最低限のレベルは確保している様子。〔強調表現は「どうにかこうにか」〕「おかげ様で-やっています/- まにあう」  新明解

 

2つの用法があり、どちらの語釈にも「最低限」という語が使われています。

 

1の「最低限の成果を得るにいたる」という用法の例を考えてみます。

「どうにか工面してみよう」という例で、「工面する」ことが「最低限の成果を得る」ことだとすると、それ以上の成果は何でしょうか。ちょっとはっきりしません。

 

「命だけはどうにか取りとめた」という例なら、傷が残ってしまったとか、もっとひどい後遺症が残ってしまったなどのことが考えられます。それらを考えて、「命を取りとめる」を「最低限の成果」とみなせます。

しかし、それらのことは「~だけは」という限定の表現によって示されていると考えることもできます。「命だけはとりとめた」しかしそれ以外の不具合が残ってしまった、と。

 

例を少し変えて、

  何とか命を取りとめた

とすると、「最低限の成果」という意味合いはかなり薄まるでしょう。ここで「何とか」が表すのは「手段・方法を尽くして」という、語釈の前半の部分ではないでしょうか。

 

また、「どうにかしてやりとげます」の例では「何を」やり遂げるのかがわかりません。

これも、「やりとげる」内容を

  どうにかして 優勝したい/チャンピオンに勝ちたい

としたら、どうでしょうか。それらは「最低限の成果を得る」ことでしょうか。
やはり、ここで「どうにかして」が表しているのは「手段・方法を尽くして」ということではないでしょうか。

 

もう一つ、別の例を。  

  スーパーマンは、(強敵を倒すのに苦労したが)どうにか人類を救うことができた。

「人類を救う」ことが「最低限の成果」というのは、かなり無理があります。
ここで「どうにか」が表しているのは、「楽々とできたわけではない」ということでしょう。

 

そう考えると、2つ目の用法の例「どうにか間に合う」も、「間に合う」ことが「最低限のレベル」である(できればもっと早く、例えば20分前に着いておけばよかった)というよりも、(途中で走ったりせずに)「余裕を持って、楽に」間に合うことはできなかった、という意味だと考えることもできます。

 

他の辞書を見てみます。まず、明鏡国語辞典

  副 1何らかの手段を尽くして努力するさま。なんとか。「━会えないものか」
   2かろうじて望みや条件などにかなうさま。何とか。まがりなりにも。「━作品の形にはなっている」  明鏡

 

用法の1で「最低限」とは言っていません。単に努力するだけです。

用法の2では、「かろうじて…かなう」というところが、新明解の「満足できる状態ではないが、最低限のレベルは確保している」に対応すると言えるでしょう。
(この用法についてももう少し考えるべき点があると思うのですが、どうもよくわからないので、議論はやめておきます。)

 

新明解は、「どうにか」の二つの用法で、「最低限」というとらえ方が共通すると考えてあのような語釈をしているのでしょうが、1の用法ではうまくいっていないと思います。

 

三省堂国語辞典はずいぶんあっさりしています。

 

  (副)いろいろむりをして。どうやら。なんとか。やっと。「-(こうにか)切り抜けた・-採算はとれる」  三国

 

「いろいろむりをして」という短い説明のほかは「どうやら。なんとか。やっと。」という言い替えを並べただけです。

 

用法を二つに分けることはしていませんが、二つの用例、「どうにか切りぬけた」と「どうにか採算はとれる」が明鏡の二つの用法に対応しているようです。

「いろいろむりをして」という説明は、「切り抜ける」には一応合いますが、「採算がとれる」とは合っていません。後者は、「結果的にそうなる」という自発的な意味合いなので、「いろいろむりをして」という意志的な行為にそぐわないからでしょう。

 

三国は、この項目をもう少し丁寧に解説すべきでしょう。

 

いつもとりあげるもう一冊の辞書、岩波国語辞典については前回の記事で書きました。論外です。