ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

新明解の副詞:じつは

新明解国語辞典の副詞の記述を検討しています。今回は「じつは」です。

 

  じつは(接)めんどうな説明を省いて内情(事実)を端的に言うならば。「銀行のロビーで客を案内する制服の女性も-パートタイマー」  新明解第七版

 

これは第七版の記述です。なぜか(接)つまり接続詞とされていて、どういう品詞分類のしかたなのかと思いました。用例を見ても接続詞とは言えないのじゃないかと。

 

  (副)めんどうな説明を省いて内情(事実)を端的に言うならば。「一見、羽振りがよさそうだが、-台所は火の車だ」  新明解第八版

 

第八版で副詞とされました。七版と品詞の認定のしかたが変わったのか、あるいは七版は単に誤植だったのかはわかりません。

八版では用例も変えられました。こちらの方がわかりやすいと思います。

 

さて、語釈の問題点を考えます。

「めんどうな説明を省いて」というところ、そういう意味合いが「実は」にあるでしょうか。「要するに」なら合いそうですが。

第八版の用例、

  一見、羽振りがよさそうだが、実は台所は火の車だ

は、「めんどうな説明」はそもそも必要ないように思われます。「事実を端的に」言うだけで十分です。

むしろ、第七版の用例のほうが、事情の背景説明が必要でしょう。

  銀行のロビーで客を案内する制服の女性も実はパートタイマー

なぜ「パートタイマー」なのか、そこは説明しないで、「内情(事実)を端的に言う」のが「実は」なんだと言うと、語釈としては当てはまるようです。

 

  一見、羽振りがよさそうだが、実は台所は火の車だ

という第八版の用例には、次の説明のほうがピッタリするでしょう。

 

  打ち明けて言うと。本当は。実際は。実を言うと。「実はこの話には裏がある」 現代例解

  事実を言えば。本当は。「-以前から知っていた」  学研現代新

  本当のことを言えば。打ち明けて言えば。[例]先日の話、実はでたらめだったのです。  小学館

 

「羽振りがよさそう」であることと、「台所は火の車」であること、この相反する二つの事柄を「めんどうな説明を省く」かどうかということとは関係なく、「事実を言うと・本当のことを言えば」という意味で「じつは」を使って関係づけている、と考えたほうがわかりやすいでしょう。

 

「じつは」は、「本当」のことを言う、という意味があるとするのが、多くの辞書に共通する解釈です。

「端的に言う」という面もあるかもしれませんが、「じつは」を使う時の話し手の心理は、隠されていたことをはっきり明るみに出す、というところに焦点があるのではないでしょうか。

新明解の例、および現代例解の例は、社会的な話題、第三者に関する事柄ですが、学研や小学館日本語新の例は話し手自身のことのようです。

話し手自身の言動について「打ち明けて言うと」と言って「本当のこと」を述べようとしています。

 

それをはっきり語釈に示している国語辞典があります。

 

  これまではともかく、以下で正直に事実を述べるという、話し手の伝達態度を表す。事実を言えば。本当のところは。「━すべて作り話なのだ」「━これから出かけるんです」  明鏡

  本当のことを言えば。打ち明けて言えば。「-、模造品なのです」▽言いにくいことを打ち明けて言うときなどの語。  集英社

  黙っていたり隠してたりした真実・事実を、打ち明けるときに用いる語。「~結婚しているんです」  講談社類語  

 

明鏡はかなりはっきりと「以下で[正直に]事実を述べるという、話し手の伝達態度を表す」ことばだとしています。

集英社は「言いにくいことを打ち明け」るのだと。講談社類語辞典は「黙っていたり隠してたりした真実・事実を、打ち明ける」です。

しかし、ここまで言い切ってしまうと、逆に新明解の「台所は火の車」の例が合わなくなってしまいます。あの例では、話し手が「黙っていたり隠してたりした」わけではないでしょうし、「打ち明け」ているわけでもありません。

 

  うちあける (秘密・悩みなどを)隠さずに全部話す。「身の上を―」  岩波

 

社会的なことに関して、表面的なことと「事実」との違いを述べる場合や、第三者に関する話題で「本当のこと」を言う場合、そして話し手自身の言動に関して「本当のこと、言いにくいことを打ち明ける」場合など、いろいろな場合を含められるような語釈でなければなりません。

 

例解新国語辞典は、もう一つ、少し違った場合を説明しています。

 

  ほんとうのことをいえば。事実をうちあけていえば。[用例]実は、すっかり忘れていた。
  [表現]「実はお願いがあるのですが…」のように、少し言いだしにくいときやえんりょの気持ちがあるときなどに、きりだすことばとしても使う。  例解新

 

「お願い」を「切り出す」ときに使う、という例です。

これも「じつは」のよくある用法でしょう。

 

これを2つ目の用法として分けているのが三省堂現代新です。

 

  1ほんとうのことを言うと。ほんとうは。「-そうでなかった」2うちあけて言うと。「-少々お願いがあります」  三省堂現代新

 

ただ、2の例で「うちあけて言う」というのはちょっと合わないように思います。

例解新のように、「お願いなど、言い出しにくいことを切り出すときのことば」として説明するほうがいいだろうと思います。

 

以上、他の辞書の例、説明をいろいろ見てくると、最初の新明解の語釈・例はやはり不十分なので、書き直したほうがいいんじゃないかと思います。