ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

新明解の副詞:まあ

新明解国語辞典の語釈の問題点を検討しています。今回は、副詞の「まあ」を。

いかにもかんたんそうなことばですが、考えだすと難しいようです。

 

  まあ (副) 1相手の事情はひとまずおいて、こうしよう(してくれ)と、自分の方の立場を優先させようとする気持を表わす。「-一杯飲めよ/-そう怒らないで/-やめておけ」
    2満足できる段階からは程遠いが、容認せざるを得ないという気持を表わす。「-いい方だ/-こんなものだろう/-しかたがない」  新明解

 

1の用法の「自分の方の立場を優先させようとする気持」というところ、どうもよくわかりません。

用例を見ると、命令または依頼の形になっています。

「まあやめておけ」という例で考えると、単に「やめておけ」という命令だけでも「自分の方の立場を優先させようとする気持」が強くあると言えるわけで(「命令」というのは、「自分の言うことを聞け!」ということですから)、その場合の「まあ」の役割は何か、です。
「まあ」はその「気持ち」をさらに加えるということでしょうか。

 

私の感覚では、「やめておけ」よりも「まあやめておけ」のほうが、命令の強制力(直接性)が弱まっているように感じます。

「まあ」をつけることで相手に対する命令の口調が柔らかくなる、と考えるのがいいのではないでしょうか。

「まあそう怒らないで」の場合もそうでしょう。相手が何かに対して怒っているとき、「その気持ちもわかるけど」、というような意味合いで「まあ」をつけるのでしょう。

上の語釈の「相手の事情はひとまずおいて」の部分は、おそらくそういうことじゃないでしょうか。

ですから、「まあ」の役割は「自分の方の立場を優先させようとする気持」というより、「相手の事情は(わかるんだけども、それは)ひとまずおいて」という気持ちを相手に伝えることに重点があるのじゃないか。


この辺のところを書いていると思われる岩波国語辞典を見てみます。

 

  ①〘副〙今のところ。十分ではないが、どうやら。ま。「―やりくりはついている」▽「いま」の転。  
  ②〘副・感〙自分または相手の言い分を軽くおさえるのに使う語。「―考えておこう」「―そうおっしゃらずに」「―な」  岩波

 

「相手の言い分を軽くおさえる」のですね。「軽く」です。単なる命令・依頼だと強くなってしまうところを。

それはよくわかりますが、「自分の言い分を軽くおさえる」というのはよくわかりません。「まあ考えておこう」の「まあ」は「軽くおさえ」ている?

 

旺文社国語辞典も同じような語釈をつけています。

 

  1相手をうながすときにいう語。「-おはいりください」2相手や自分の気持ちをなだめ抑えるときにいう語。「-そう言わずに」「-しかたがないか」  旺文社

 

「相手の気持ち」はいいとして、「自分の気持ち」は「なだめ抑える」わけではないでしょう。

いろいろ考えたすえに、「まあ、やってみるか/やってみよう」という場合、抑えてはいません。

「やってみる」ことに変わりはないので、この「まあ」はその判断に対して「うまくいくかどうかわからないが/この判断でいいかどうかわからないが」という気持ちを加えているというところでしょうか。(「なだめ」はその辺の気持ち?)

 

自分の意志につける「まあ」を「ためらいの気持ち」としている国語辞典があります。新選国語辞典です。

 

  1相手をさそう気持ち、または、なだめとどめる気持ちをあらわす。「-お寄りください」「-そう言うな」
  2ためらいの気持ちをあらわす。「-やめにしよう」  新選

 

「まあやめにしよう」なら「ためらい」の末やめた、と言えますが、「まあ、やってみるか」だと、「ためらい」というより「いろいろ考えた結果」ぐらいじゃないでしょうか。

 

新明解に戻ると、新明解の語釈では、この、自分の意志につける「まあ」が解釈できません。

「まあ、やってみるか/やってみよう」と自分自身に言う場合、「自分の方の立場を優先させようとする気持」では何が何だかわかりません。

 

明鏡も、自分の意志につける用法が書かれていません。

 

  (副)1十分ではないが、とりあえずは満足できる気持ちを表す。「━上出来のほうだ」
     2 相手の気持ちをなだめたり、とりあえずあることをするようにうながしたりするさま。「━そう言わずに」「━おすわりなさい」  明鏡

 

三省堂国語辞典は、用法を細かく分けています。

 

  1とりあえず、そうするようにうながすことば。「-お上がりください」
  2相手の気持ちをおさえ、なだめるときのことば。「-そうおこるなよ」
  3はっきりした理由はないが。「-やめておきます」
  4あとでどうするかはともかく。いちおう。「-書いてみました・-考えておこう〔遠まわしにことわるときにも使う〕
  5不十分だが。いちおう。「あれでも-学者のうちだろう」
  6正確ではない(かもしれない)が。「-そんなところだ・-ねずみか何かのしわざだろう」▽ま。
  7〔多く「まーあ」と強調して〕〔話〕ほんとうに。ひじょうに。「あの映画、まーあつまらなかったですね!」  三国

 

ちょっと分けすぎでないかと思うのですが。「まあ」ということばはこれほど多義と考えられるのか。用法どうしの関係も考えないといけません。7つもの用法が単に並列的にあるというのは、ちょっと考えにくいことです。

 

1と2は、相手に対する勧め・命令ですね。1は「とりあえず」というところが特徴的です。

2は旺文社の2と類似。

3は旺文社の2の後半に対応するのでしょうか。しかし、「まあやめておきます」は「はっきりした理由はないが」でいいのでしょうか。「まあ、なんとなく」?

「いろいろ考えてみた結果、これと言ったはっきりした理由があるわけでもないけれど」ぐらいの意味合いでしょうか。そのばあい、「いろいろ考えてみた結果」の部分も大切なのでは?

4から6は共通するところがあります。新明解の2に対応するのでしょう。「満足できる段階からは程遠い」に対して「いちおう・不十分だが・正確ではないが」と分けています。

1の「とりあえず」と4の「あとでどうするかはともかく」は近い意味合いですね。

用法の7は興味深いものです。

 

さて、どんどん迷路に入ってしまっているようで、よくわからないのですが、私の考えを書いておきます。

 

以上みてきたような「まあ」に共通する意味合いは、「あれこれ考えてみて(その結果の結論)」というようなものじゃないか、と。(三国の7は別とします。)

 

さて、「まあ」にはこれまでとりあげなかった用法があります。感動詞としての用法です。

どの辞書にも書いてあるのは、「驚き」を示す用法ですね。「まあ、素敵!」のような。主に女性が使います。「おやまあ(すごいもんだ)」とすると、男性も使います。

それともう一つ、多くの辞書がふれていない用法があります。(私が見た中では次の三冊だけがとりあげていました。)

 

  (感)1〔話〕ことばをさがすときに使う。「ええ、-、その…」  三国

  〔感〕2発語や話の接ぎ穂に用いる語。「-その」「-なんといいますか」  集英社

 

新明解は「驚き」の用法と関連付けて次のように書いています。

 

  2 (感)驚いたり 意外に思ったり して、思わず発する声。〔主として女性が用いる〕「-、すてき/-、あきれた/-、なんてひどいのでしょう -、これはいったい何なの」
  [運用]2は、短呼形「ま」も含めて、(その人の癖ででもあるかのように)意味もなく、次の言葉を発する際のつなぎとして用いられることがある。例、「まあ、そういうことは、ま、ほとんどないとは思いますが、ま、念のため調べてみましょう」  新明解

 

これ、非常によく使われるのですが、あまり意識されません。

言語学では「フィラー」と言われるものです。

 

  フィラー 「ええと」「あの」「まあ」など、発話の合間にはさみこむ言葉。 デジタル大辞泉

 

「えーと」「あのー」と書いたほうがピンとくるかもしれません。(ただし、大辞泉の「まあ」の項にはこの用法が書いてありません!)

 

三国は「ことばをさがすとき」と言い、集英社は「発語や話の接ぎ穂に用いる」と硬い言い方をしています。

新明解は「意味もなく、次の言葉を発する際のつなぎ」としています。

 

話し手は、「ま(あ)」と言いながら、(無意識に、ですが)考えているのですね。

「副詞」とされる「まあ」も、基本的にはこれと共通する意味合いなんじゃないか、というのが私の解釈です。

 

「まあやってみよう(やってみるか)」では、「いろいろ考えてみた結果、最善の結論とは言えないけれど(いちおう・とりあえず)」「やってみる」という結論になった、ということを「まあ」が示す。

「まあやめておけ/そう怒らずに」では、「その気持ちはわかるけど、いろいろ考えれば(とりあえずは)」そうしないほうがいいという結論に、今の状況ではなるんじゃないか、ということを「まあ」が示す。

「まあお上がりください」では、「ここで少し立ち話をするという選択肢もあるけれど、とりあえず上がってからにしましょう」ということを私は考えていますよ、ということを「まあ」が示す、など。

「まあ」は、意志・命令・依頼・勧めなどの表現について、その結論になるまでいろいろ考えたんだよ、ということを示しているというわけです。

 

  ある状況で、「どうする?」あるいは「どうしたらいい?」と聞かれて、

    えーと、まあ、やめておこう/やめておくか

    えーと、まあ、やめておけよ

と答える。

 

この時、「えーと」は、いかにも「今、考え中」「ことば(言い方)を探している」という感じですが、「まあ」はどうでしょうか。

考えてみて、その後に言う「やめておこう/おくか/おけよ」が最善ではないにせよ、今の判断としてはこんなもんじゃないかと提示する、そういうものだ、ということを「まあ」が示している。

どうでしょうか。

 

もう一つの用法。

(「いろいろ考えてみた」結果だけれども)その結果・判断に必ずしも満足しているわけではないことを示す、というもう一つの用法も基本的に同じだろうと考えます。新明解の2の用法です。

やったこと、その時の判断など、不十分だけれど、一応それでよし、という気持ちだということを「まあ」が示していると考えるのです。

 

  これでいいの?(もう少しやらないの?)

    えーと、まあ、いいさ。  まあ、上出来だ。  まあ、しかたがない。

    まあ、やめておきます。

  あれ、やってみた?

    まあ、書いてみました。

 

「まあ」をつけない形に比べて、「考えた結果として、不十分だがこれで行く」という意味合いがあるように思います。

用法としては、相手への働きかけの場合、自分の意志の場合、そして何らかの判断の場合の3つにするか、あるいは前の2つをまとめてもいいでしょう。

さて、これをどういう語釈にするかですが、それは、まあ、また考えましょう。

一つ重要なことは、もっと例をたくさんあげることです。それらの例を見て、語釈の良しあしが検討できるようにしなければいけません。