国語辞典と形容動詞の話の続きです。次は岩波国語辞典。
岩波(の編者)は巻末付録の「語類概説」の中で、
以上の通りこの辞典では、形容動詞かと思われる場合には、かなり細かい検討をした。(p.1701)
と自ら書いているように、いろいろと細かい区別をしています。ただし、その結果、わかりやすく、使いやすくなったかと言うと、そうも言えないのは残念なことです。
岩波の考え方を紹介し、その問題点を考えます。
まず、その「語類概説」について。
岩波国語辞典の一つの長所は、付録に語構成と文法(品詞)の解説があることです。
第六版(2000)では「語構成概説」が4ページ、「品詞概説」が5ページでした。
現在の第八版(2019)の「語構成概説」は、最後に「図解」のようなものが増えたほかは同じです。
しかし、「品詞概説」のほうは、「語類概説」という名前に変えられ、6ページと少しになりました。つまり、八版(七版から)は六版より少し詳しくなっているわけです。増えた部分は「名詞・代名詞」と「副詞」が主ですが、それ以上に初めの部分が大きく変わっています。
六版の「品詞概説」の初めの部分を見てみます。
現状では品詞の立て方は学者によってかなりまちまちである。しかし大筋では大体同じような所に落ち着くと見てよい。本書で採った品詞分類も、ほぼその線に沿っている。
岩波第六版 品詞概説 p.1318
この「大筋」に沿う、ということは、つまり「学校文法」の品詞分類を大筋では取り入れる、ということです。(ただし、「形容動詞」については独自の分類をしていました。その話は後述。)
では、八版の「語類概説」はどうかというと、
現状では品詞の立て方は学者によってかなりまちまちである。大筋では同じような所に落ち着くと見ることもできようが、それは妥協の産物であり筋が通らない点が多い。
学校文法でお馴染みの品詞分類には、実際の文章に当てはめると、まずい所がいろいろ見つかる。これを考慮してこの辞典の見出しには通例とやや変わった語類表示を与えてきた。その語類とは品詞を拡張した概念で、文法上同じ用法の語が同じ語類に属することを企てる。この企ては語のどんな特性に着目するかに依存する。それゆえ、従来の品詞と対照する述べ方で、(それは従来の品詞がごく大まかな語類分けと見られるからであるが、)この辞典の語類について解説しよう。このような語類の採用は用法の記述を精密にする。
岩波第八版 語類概説 p.1700
六版では「大筋では大体同じような所に落ち着くと見てよい」と言い切っていたのが、「~に落ち着くと見ることもできようが」と方向を変えられ、「妥協の産物」とか「筋が通らない点が多い」とか、「まずい所がいろいろ見つかる」など、正反対のことを言っていて、面白いです。
そして「従来の品詞と対照する述べ方で、(略)この辞典の語類について解説しよう。このような語類の採用は用法の記述を精密にする。」と自画自賛し、解説を始めます。
以上の部分は第六版までにはなかったものです。
なんでこんなに態度が変わったのか。
第七版(2009)からこの書き方になっています。これを書いたのは、編者の水谷静夫でしょう。
国語学者(言語学者と言うべき?)で、1926生、2014没。岩波新書に『曲がり角の日本語』(2011)という本があります。
早くから、言語学に統計学的手法を導入して論ずる計量言語学、さらには数理言語学、計算言語学の分野を国語学においても確立するため、コンピュータの導入による日本語の自然言語処理を論じ(まだコンピュータといえば大型コンピュータという時代であった)、その普及に貢献した。大野の語彙法則を統計学的に整理改訂し、一般化したことでも知られる。
ということが業績として述べられています。「計量国語学」です。
意味論や文法論に関しても独自の理論を持つ研究者でした。
岩波国語辞典の編者は、第七版までは表紙に3人の名前が書かれていました。西尾実・岩淵悦太郎・水谷静夫です。これは、私が持っているいちばん古い版である第二版(1971)から変わっていません。
六版までの「品詞概説」を書いたのが誰かはわかりませんが、(少なくとも初めの部分は)西尾・岩淵の考え方が反映していたのでしょう。
第七版の「あとがき」によれば、西尾・岩淵の二人は1970年代に亡くなっているので、1986年の第四版からは水谷静夫が中心になっていたわけです。ですから、「品詞概説」を書き直すならもっと早くできたはずですが、遠慮していたのでしょうか。
さて、形容動詞の扱いの問題です。
上に、『曲がり角の日本語』岩波新書 (2011)という本の名前を出しました。その本の中に、「私の師匠である時枝誠記」という語句があるのを見て、なるほどと思いました。時枝は有名な国語学者で、「形容動詞否定論者」です。
時枝の『日本文法 口語篇』(1950)には、
本書では、形容動詞の品詞目を立てなかった。そこで、従来、形容動詞として取扱はれて来た語をどのやうに説明するかを明かにする必要がある。(p.108)
とあり、形容動詞否定論が述べられています。
その時枝を「師匠」とする水谷静夫もまた、形容動詞否定論者です。水谷は1951年に「形容動詞辨」という形容動詞否定論の論文を書いています。もう70年前ですね。
で、本心としては形容動詞なんて認めたくないのでしょうが、岩波国語辞典では形容動詞という品詞を立てています。立てざるを得なかった、というところでしょうか。
そのかわり、いろいろと細かく検討し、形容動詞と(それに関連する)名詞、副詞の細かい下位分類をしています。
その話はまた、次回に。
付記:
今回の記事の「語類概説」の部分は、「2020-02-27 岩波八版:「語類概説」」として書いたことの焼き直しです。
付記2:
なぜかわかりませんが、記事の日付が「2020-2-27」になってしまって直りません。
記事名に日付を入れておきました。