ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

南国・北国・西部劇:岩波国語辞典の項目選択

前回の続きです。「南国・北国」などの話を。
これは、前回に引用した岩波国語辞典の「はじめに」にある「要素的な語によって割合たやすく分かるような語」に関わる話です。

6年前、「北東」の記事の次に、「2015-09-30岩波:南国」という記事を書きました。
岩波には「南国」という項目がない、という話です。

 

  前回は「北東」などがないということを書きました。
  今度は「南国」がないという話です。当然「北国きたぐに」も。
  あってもいい言葉ですよねえ。「南洋」もなし。「南方」もなし。
  岩波の辞典には「北方(領土)」ということばはない、でいいのでしょうか。
  なぜこれらの言葉をのせないのでしょう。わかりきっているから?
  「南部」もない。「西部」がないと、「西部劇」もわからないでしょう。

 

わかりきっているから、不要だから、ということではなく、やはり「要素的な語によって割合たやすく分かる」と見なされているのでしょう。

「南国」は、漢字を見れば「南の国」だとわかるじゃないか、ということでしょう。

でも、ちょっと待ってください。「南国」はたんに「南の国」ではありません。 

 

  【南国】南の暖かい国(地方)。  新明解

 

ニュージーランドは、日本から見て「南の国」ですが、「南国ニュージーランド」とは言わないでしょう。

 

「南洋」も、たんに「南の」「洋」つまり海ではありません。


  【南洋】日本の南方、太平洋西南部の熱帯海域。また、その洋上にある島々。 明鏡

 

「日本の」南方の海で、「熱帯海域」及び「島々」です。ニュージーランド近辺の南半球の海は指しません。

 

また、「南方」もたんに「南のほう」ではありません。

 

  【南方】1 南(の方角)。⇔北方
        2東南アジアの地域。「-から復員する」  新明解

      ①南の方角(にあたる所)。(⇔北方)
      ②日本の「南方①」第二次大戦以前、東南アジア・南太平洋の方面を            言った。「-戦線」  三国

 

新明解の用例がいいですね。三国は南太平洋を含めているのがいいと思います。

こういう、歴史的な用法も国語辞典は載せるべきでしょう。小説やエッセイにごく普通に出てくる使い方です。

 

こういう、その語の持つ様々な意味合いを無視して、「要素的な語によって割合たやすく分かる」などと考えてはいけません。

 

北方領土」については、新明解が詳しいです。

 

  【北方】北(の方角)。「-領土〔=国後(クナシリ)・択捉(エトロフ)・歯舞(ハボマイ)・色丹(シコタン)〕」⇔南方  新明解

 

北方領土」の島名の読み方が書いてあります。このような知識は国語辞典には不要だと考えるかどうか。

 

「西部」には特別な意味があります。

 

  【西部】1 ある地域の中の、西の部分。⇔東部
       2 アメリカ合衆国の西の地方。     明鏡

 

そして「西部劇」。

 

  【西部劇】米国の西部開拓時代の出来事や事件を題材にした映画。ウエスタン。  明鏡

 

さて、岩波七版には「西部」はありませんでした。当然「西部劇」もなかったのですが、八版では「西部劇」だけが立項されました。

 

  【西部劇】アメリカ西部の開拓時代を題材とした映画や演劇。  岩波八版

 

八版の改訂の時に、誰かが「西部劇」という項目が必要だ、と提言したのでしょう。それは大いに結構なことです。しかし、「西部」という項目を立てる必要は感じなかった。「西の部分」と考えればいい、ということでしょうか。

 

もう一つ、八版で新たに項目になった語があります。(これは、正直ちょっと驚きました…)

 

  【北国】北の方にある国・地域。  岩波八版

 

しかし、対になる語である「南国」は八版にもありません。なぜ「北国」だけを必要と考えたのか、よくわかりません。

「東国」「西国」は七版でもあり、それなりに理由があると思われます。地域が特定されるからです。

 

  【東国】東の方の国。特に、関東地方。▽畿内から見て言う。

  【西国】①西の方の国。特に、九州地方。②「西国三十三所」の略。関西にある三十三か所の、観音巡礼の霊場。▽②の「西国」は関西を指す。「さいこく」とも言う。   岩波八版
   (八版では「さいごく」だが、七版では「さいこく」だった。)

 

「北国」を上のような語釈で新たに項目とするならば、なぜ「南国」も項目にしなかったのか。その理由が何かあったのか、「南国」のことはたんに気付かなかったのか。謎です。

 

岩波の項目の立て方は、筋が通っているようで、よく見てみるとそうでもありません。編集者はどう考えているのでしょうか。