ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

「形容動詞」:新明解・岩波・明鏡の比較(3)

「形容動詞」の話の続きです。3冊の国語辞典の扱いを比較します。参考に三国も。
岩波の新しい「語類」が出てきます。

 

        新明解    岩波    明鏡     三国
汗だく            ノダ    名・形動   名・形動ダ
汗みどろ                 名・形動   名・形動ダ
当たり前    ーなーに   ダナノ    名・形動   形動ダ
アダルト           名ノナ    名・形動   名・形動ダ
あつあつ    ーな     名・ノダ  名・形動   名・形動ダ
厚手                   名・形動    

 

〇「汗だく」「汗みどろ」「あつあつ」

まず、「汗だく」です。新明解は名詞とします。明鏡は、名詞+形容動詞。

岩波は「ノダ」という語類とします。この「ノダ」については、前に岩波の「ダナ」「名ノナ」などの話を書いたときに触れようかと思ったのですが、どうもよくわからないので後回しにしてしまいました。

 

岩波の「語類解説」の名詞の部分を引用します。少し長いです。

 

 「語類概説 名詞・代名詞」から。(第八版 p. 1700)

   名詞と代名詞とは、文法上は区別する必要がない。その区別は意味上のもの
  である。

   名詞は事物を表すのに使う呼び名であって、活用しないことが文法上の特色
  である。「山」「女」「インク」「会社」などの物や、「家事」「試合」
  「労働」「納税」などの事柄を始め、「紫」「甘さ」「重み」「混乱」「悲哀」
  「結論」「東」「関係」「三つ」など、それについて述べることができる対象
  の呼び名は、すべて名詞である。それゆえ多くの名詞は主語として使える。

   しかし中には、「迎接にいとまがない」の「迎接」、「すりひざで進む」の
  「すりひざ」のように、主語では使うことのないものもある。そういう単語も、
  呼び名として使い、また格助詞がつく点でも他の名詞と同様な性質を持つ。
  そういうものは、この辞典では名詞と認めた。

   名詞でありながら連体修飾に「-な」の形が使えるものもかなりある。これ
  には〔名ノナ〕の表示をした。

   この事につけて言うと、「比べ物」は「食べ物」と同じ語構造を持つが、主語
  に立つ事がない。

   また「みぎり」は連体修飾語と合して使い、この合したもの全体が名詞的
  である。こういう点で名詞の用法上の細分が施せたら、便利なことが多い。

   今まで見落としてきたと思われるものに、助詞「の」と断定の助動詞系統の
  「だ」「です」「らしい」など(の活用形)は従えるが、他には帰結を示す
  格助詞「に」ぐらいとしか結び付かない、特別な一類がある。「名うて」「うり
  二つ」「願ったりかなったり」や「既知」「空前」「論外」「迫真」「一衣帯水」
  など、かなり多くがこの類に属する。この辞典はこの一類に特に〔ノダ〕と
  いう標(しるべ)を立てた。

   名詞系統でなくても「ちぐはぐ」はノダ類の一種で、サ変動詞も派生させる
  から、これには標〔ノダ・ス自〕を立てる。

     細かく見れば先の「すりひざ」「迎接」を始めこれの親類と言える類が
  いろいろ見つかり、名詞の細分はなかなか大変である。しかしそれは、繁雑さえ
  いとわなければ、してできない話でなく、名詞を類別する枠組みは作れる。ただ
  困ったことに、日本語の用法が名詞でも変わりつつある現在、例えば一つには
  「とかぁ」に隠れて格助詞との結合があいまいで、格に着目した細分がしにくい。

   この種の現象が安定するまで、枠組みのどの類に入れるかが流動的な点を考慮
  して、名詞の類別を、かなり安定した語の名ノナ類とノダ類の分離以外には保留し
  た。(ただし特徴的な点はそれぞれの名詞に応じその項目に記入しておく。)

  (以下略:読みやすさのため改行をかなり加えた)

 

なんだか、すっきりしない、読みにくい文章です。
主なところを抜き書きし、疑問点などを書きます。

 

  ・名詞は事物を表すのに使う呼び名であって、活用しないことが文法上の特色
   である。

  ・それについて述べることができる対象の呼び名は、すべて名詞である。
   それゆえ多くの名詞は主語として使える。

 

名詞とは事物の呼び名である。これはまあ、そうでしょう。で、「活用しないことが文法上の特色である」。ずいぶん大まかな話です。これでは副詞や接続詞との文法上の違いがわかりません。

それはともかく、次の「それについて述べることができる対象の呼び名」というのは、なんだか持って回ったような言い方で、え?何だ?と思うのですが、それらは「すべて名詞である」と。

ここの「~呼び名はすべて名詞である」と、その上の「名詞は~呼び名であって」とはどう違うのでしょうか。同じことを繰り返しているのか、何か内容の違いがあるのか。

「それについて述べることができる対象」というところが重要なのでしょう。単に「事物を表すのに使う呼び名」ではなく、「それについて述べることができる」ということ。それが、次の「それゆえ多くの名詞は主語として使える」につながるのでしょう。

しかし、ここの論理は、私にはすっきり入ってきません。「主語として使える」というのは、つまり「それについて述べることができる」ことでしょう。それを先に言ってしまって、「それゆえ」という論理的な叙述であるように言うのは、どうもよくないのではないか。

この辺、あんまりごちゃごちゃ言うべきところではないのかもしれません。もっと素直に読まないと。

ともかく、名詞の「文法上の特色」として、「活用しないこと」などという大まかな話でなく、「主語として使える」ことがここで言われているわけです。

 

  ・しかし中には、(略)主語では使うことのないものもある。(迎接・すりひざ)
  ・そういう単語も、呼び名として使い、また格助詞がつく点でも他の名詞と  
   同様な性質を持つ。そういうものは、この辞典では名詞と認めた。

 

しかし、「主語では使うことのないもの」もあり、それらも「呼び名」であること、「格助詞がつく」ことで、「この辞典では名詞と認めた」。(他の辞典で「名詞と認め」ないものがあるのでしょうか?)

 

  ・名詞でありながら連体修飾に「-な」の形が使えるものもかなりある。
   これには〔名ノナ〕の表示をした。

 

すでに詳しく書いたように、岩波の「語類」の大きな特徴です。かなりの数の、いわゆる「形容動詞」が名詞とされました。

ここで、「名詞でありながら」と認める根拠は何なのか。「活用せず」「主語として使う」という2点でしょうか。これが一つの大きな問題点です。

前に「2021-10-08 岩波国語辞典と形容動詞(3)」で例をあげたように、「好き・嫌い・重要・優秀」など、基本的な語が「名ノナ」とされています。これらの語を「活用せず」「主語として使う」ものと考えているのか。書きことばコーパスを見ると、これらに「が/は」がついた例は非常に少なく、その中には何らかの誤植の類と考えられるものもあります。

また、「名ノナ」の「ノ」ですが、連体修飾で「~の」となることを示しているのでしょうか。これらの語は「~の」の形で連体修飾はしないでしょう。

では、岩波はどういう「文法上の特色」からこれらを「名」と見なしているのでしょうか。

そもそも、「重要」は「事物を表すのに使う呼び名」でしょうか。「重要性・重要さ」ならわかるのですが。

この「語類概説」は、名詞についていろいろ検討しているようでいて、基本的な問題を忘れているように思います。

 

  ・今まで見落としてきたと思われるものに、助詞「の」と断定の助動詞系統の
   「だ」「です」「らしい」など(の活用形)は従えるが、他には帰結を示す
   格助詞「に」ぐらいとしか結び付かない、特別な一類がある。
   この辞典はこの一類に特に〔ノダ〕という標(しるべ)を立てた。

 

さて、「ノダ」です。

「今まで見落としてきたと思われるもの」とは、誰が「見落としてきた」のでしょうか。岩波の編者か、一般の日本語研究者を言っているのか。

「ノダ」は、助詞「の」と断定の助動詞「だ」と、格助詞「に」と結びつく、ものです。
つまり、主語を示す「が」はつきません。

その一つの例が「汗だく」です。同じような意味・用法と思われる「汗みどろ」は「ノダ」ではなく、単なる名詞とされます。前の表には載せませんでしたが、「汗みずく」というのもあります。これも名詞です。

辞書の語釈と用例を。

 

  【汗だく】〘ノダ〙汗が盛んに出ているさま。「―の稽古を終える」「―になって作業をする」
  【汗みどろ】ふき出る汗にまみれること。
  【汗みずく】汗でびっしょりぬれるさま。   岩波

 

用例をサボっているのはよくないですね。違いがはっきりしません。

明鏡と新明解で同じ語を見てみます。

 

  【汗だく】名・形動〔俗〕暑かったり働いたりして、ひどく汗をかくこと。「━になって働く」   「汗だくだく」の略から。
  【汗みどろ】名・形動 汗でべっとりと汚れること。「━になって働く」
  【汗水漬く】名・形動 汗で、水につかったようにぬれること。「━になって奮闘する」 明鏡

 

同じような用例です。「~のシャツ」が適当なのはどれでしょうか。

 

  【汗だく】暑かったり 体を激しく動かしたり して、汗がだくだく流れる様子。「-になる」
  【汗みどろ】からだ中が汗で べとつくこと。
  【汗みずく】水につかったように汗にぬれた様子。  新明解

 

新明解も「汗だく」以外は用例をサボっています。この辺が、国語辞典のダメなところだと私は思うのです。

さて、明鏡は3語とも名詞・形動扱いで、新明解はすべて名詞扱いです。

「汗みどろ」は、新明解・岩波が名詞とし、明鏡・三国が形動とします。

明鏡は連体修飾の形が「汗みどろの」であっても、「状態的な意味を表す」と見なして「形動」としたのかもしれません。
三国は「汗みどろな」の形を認め、「汗みどろになって」などの形から「形動ダ」としたのでしょう。

以上のことはいいとして、岩波が「汗だく」と同様に「ノダ」としなかった理由は何でしょうか。
「汗だく」と「汗みどろ」で用法の違いがあるのでしょうか。「汗みどろ」は「主語として使える」でしょうか。

「汗だく」の用例の「-の」「-になる」は、他の2語でも言えます。「-の」の例をいくつか。

 

  汗みどろの ランニング・日々・24時間・格闘・濡れ鼠(書きことばコーパスから)
       労苦・奮闘ぶり・毎日・追跡・体・郵便配達(Yahoo検索から) 
  汗みずくの 稽古着・活躍・顔・作業・シーン・奮闘・首(Yahoo検索から)

 

これらも、「ノダ」なんじゃないでしょうか。

 

初めの表にはもう一つ「ノダ」の語があります。「あつあつ」です。

「あつあつ」は、明鏡のことを書いたとき(2021-11-07明鏡国語辞典と「形容動詞」)にも例としてあがっていた語です。

 

    また、「こわもて」「あつあつ」などのように、状態的な意味を表しながらも、
   連体修飾に「-な」ではなく、「-の」の形をとり、他は形容動詞の活用形を
   持つものは、〔名・形動〕や〔形動〕とする。   明鏡「品詞概説」

 

これを岩波は「名・ノダ」とします。

 

  あつあつ〘名・ノダ〙①(恋人または新婚早々の夫婦が)互いに熱愛しているさま。「―のカップル」②料理が熱いさま。「―のスープで冷えた体を温める」「出来立ての―をいただく」  岩波

 

まず、「名・ノダ」という表示のしかたにちょっとひっかかります。

「ノダ」というのは名詞の中のある一部分の語群の用法を表しているもののはずです。それと、名詞であることを示す「名」が並ぶというのは、どういうことなのか。

用例を見てみると、②のほうの「出来立てのあつあつをいただく」というのが「ノダ」の用法ではなく、一般の名詞の用法だ、ということなのだろうと思われます。「出来立てのあつあつがおいしい」とも言えるでしょう。

それに対して、①の用法は「あつあつ が/を」とは言えない、「ノダ」の例なのでしょう。
つまり、「あつあつ」は二つの用法があって、「①〔ノダ〕 ②〔名〕」ということでしょう。

 

「ノダ」がいくつあるかをデジタル辞書の「全文検索」で調べると、341語でした。
その中で「名・ノダ」という語は、私の見た限りでは3語のみでした。「あつあつ」以外の2語は、

 

  がたがた②〘名・ノダ〙組立てが粗末だったり、こわれかかったりしていること。「―のおんぼろ自動車」「組織が―になる」 

  ぎりぎり①〘名・ノダ〙許される極限で、もうそれ以上は余地のない状態。「時間―で間に合った」

 

です。

これらは「名・ノダ」とされる用法は一つだけです。それなら、「名」は不要で、「ノダ」だけでいいのではないかと思うのですが、何か私の理解していないところがあるのでしょうか。

「名」であるなら、「-が」の形で主語になり、あるいは「-を」などの格助詞をとれるのでしょう。そうであるなら、「ノダ」ではありません。

用法が一つなら、「名」か「ノダ」か、どちらかになるのではないでしょうか。

 

「ノダ」とされる他の語はどんなものがあるのでしょうか。例を並べてみます。

 

  「ノダ」の語の例(「副」「ス自」などの用法も持つ)

  a可能 肝腎 些細 自明 多額 特異 独特 特有 不可欠 不可避 不十分
   不向き 的外れ 未解決 未開拓 未開発 未完成 有望 有名 有用
    (以上は、それぞれに《「―な」も使う》という注記がある。)

  bかさかさ がさがさ がたがた かちかち かちんかちん からから 
   既婚 ぎざぎざ 既知 きっかり ぎゅうぎゅう ぎりぎり 空前 くたくた
   ぐにゃぐにゃ ぐらぐら 決死 けばけば 公然 こちこち ごちゃごちゃ
   粉々 こりごり ころころ さくさく 早速 さっぱり さらさら ざらざら
   しとしと しばし しばしば しばらく 小額 少壮 しょっちゅう
   すぐ 少し ずっと すべすべ せいぜい せっかく 絶大 先決 

 

「ノダ」の中にも二種類あって、上のaは《「―な」も使う》ものです。一つの例を。

 

  ささい【些細・瑣細】〘ノダ〙《「―な」も使う》(取るに足りないほど)細かいまたはわずかなこと。「―の事で争う」  岩波

 

名詞で、「-な」の形が使えるものは、「名ノナ」とするということは、前に述べました。(「好き・嫌い・重要・優秀」など)

こちらは、「ノダ」の類で、《「―な」も使う》ものです。だんだんわからなくなってきました。

この「可能・独特・未完成・有名」などと、「名ノナ」の「好き・嫌い・重要・優秀」などの違いは何なのでしょうか。    

上のbの類には多くの擬音・擬態語が入っています。これらも「名詞」なのでしょうか。「ぎゅうぎゅう・ぐにゃぐにゃ」は「事物の呼び名」と言えるでしょうか。

普通は副詞とされる「ずっと・せいぜい」を「副・ノダ」とするということは、これらが名詞でもあると考えるのでしょうが、そこでの「名詞」とは何なのか。

 

この辺になると、私の頭では理解不能です。この「ノダ」という語類は、日本語の中のある重要な一般性をとらえているのかもしれませんが、もう少しわかりやすく解説してもらわないと、なんだかわかりません。

水谷静夫あるいはその考えを理解している誰かが、この「ノダ」の類について論文か解説を書いていないものでしょうか。

以上、「ノダ」について長く書いてきました。結論は、よくわからん、です。

 

他の語について簡単に。

 

〇「当たり前」
どの辞書も形容動詞扱いです。岩波は「ノ」をつけています。「当たり前の」の形があるからです。

それに対して三国は「形動ダ」だけで、「名」をつけていません。すると、「当たり前の」の形が説明できません。ここはどうしたのか。

 

〇「アダルト」
新明解は名詞とします。岩波は「-な」の形があるとします。

 

  アダルト 名・形動 おとな。成人。「━な雰囲気」「ヤング━」  明鏡

 

これは新明解がよくないでしょう。

 

〇「厚手」

明鏡だけが「形動」とします。これは、明鏡独自の「形動」の定義によるものでしょう。明鏡はこういう語を拾い上げたかったのだとわかります。しかし、これを「形動」とすることで、何を主張したいのか、よくわかりません。

 

国語辞典の「形容動詞」の扱いをいろいろ見てきました。形容動詞をどうとらえるかという問題を考えるには、名詞とはいったい何なのかという問題も併せて考える必要があります。

岩波の「語類概説 形容動詞」が言うように、「形容動詞の語幹は、しばしば名詞と紛れる」のですが、だからと言って、形容動詞から追い出した語が必ず名詞だと言えるわけではありません。

名詞のほうの規定もしっかり考えて、そちらに合わないものは、また別の品詞としなければならないのかもしれません。

その候補の一つとして、「第三形容詞/ノ形容詞」と呼ばれるものがあります。これと、形容動詞と、そして名詞の関係をどう整理していくか、さらには岩波が「副・ノダ」とした語類をどう位置づけるか、問題はいろいろ複雑なようです。