「乗る」の複合動詞にはいろいろなものがありますが、国語辞典によって、それらの自他判定がけっこう違うのはなぜなのでしょうか。
まず、「乗る」の意味が交通機関に関わる「乗り継ぐ」「乗り換える」「乗り入れる」の3語を。
乗り継ぐ 乗り換える 乗り入れる
新明解8 他 他 他
明鏡3 他 自他 他
三国7 他 自他 自他
岩波8 他 自 自他
学研新6 他 他 他
三現新6 他 自他 他
小学日 自 自 他
集英社3 他 他 自他
旺文社11 他 他 他
新選9 自 自 自他
「乗り継ぐ」は、多くが他動詞とする中で、小学館日本語新と新選が自動詞とします。
乗り継ぐ(他五)別の乗り物に乗り換えて、目的地へ向かう。「飛行機を-」 新明解
小学日は「電車を乗り継ぐ」という用例をあげているのですが、それでいて自動詞とする理由がわかりません。新選には用例がありません。
「乗り換える」は、自・他・自他に分かれ、拮抗しています。他動詞としている辞書の多くは「を」の例をきちんとあげていません。新明解は「牛を馬に乗り換える」ということわざをあげています。
乗り換える(他下一)1 別の(路線の)乗り物に乗る。2〔主義・所属などを〕
安易に都合のいい方へ換える。「牛を馬に-〔=⇒牛〕」3 別の株式・債券
などに買いかえる。 新明解
明鏡は「自他」とします。「電車から/を バスに乗り換える」という用例をあげていて、他の辞書との違いを感じさせます。
三省堂現代新はなかなか独自で、
乗り換える(自他動下一)2利用していたサービスを、別の会社のものに変更
する。「スマホを-・電力会社を-」 三現新
という用法をとりあげています。前の第五版にはなかったものです。
「乗り入れる」はどの辞書も他動詞とし、それに自動詞の用法も認めるかどうかの違いです。
乗り入れる〘下一自他〙①車などに乗ったままはいる。「タクシーを校庭に―」
②バスや電車などが、ある地域内に定期路線を設ける、または、他の区域内に
路線を延長する。「バスが団地に―」「地下鉄が私鉄に―」 岩波
「車を乗り入れる」は他動詞の例で、「地下鉄が私鉄に乗り入れる」という用法を自動詞として細かく分けるかどうか、です。分けたほうが丁寧でしょう。
次は、「乗る」の意味が違う「乗り出す」と「乗り切る」を。
乗り出す 乗り切る
新明解8 自他 自
明鏡3 自他 自
三国7 自 自
岩波8 自他 自
学研新6 自他 自
三現新6 自他 自
小学日 自他 自
集英社3 自他 自
旺文社11 自他 自他
新選9 自 自他
「乗り出す」は逆に自動詞のほかに他動詞の用法を認めるかどうかです。
乗り出す(自五)1 船などに乗って出発する。「大海に━」
2 進んであることをし始める。また、進んである分野に入っていく。
「真相の調査に━」「政界に━」
3 乗り物に乗ることを始める。
(他五)体を前のほうへ出す。「窓から身を━・して手を振る」「膝を━・して
話を聞く」 明鏡
三国と新選だけが自動詞のみです。「窓から身を乗り出す」(三国の用例)を他動詞の用法と認めないのはなぜでしょうか。
「~を乗り出す」というと、「身を」「体/身体 を」「(上)半身を」「膝を」ぐらいしかないので、慣用句扱いということでしょうか。
「乗り切る」は旺文社と新選が他動詞用法を認めているほかは、みな自動詞のみです。
乗り切る(自五) 困難(危険)な状態を、なんとか自力で切り抜ける。「大波(困難・
嵐(アラシ))を-/危機(難問山積の局面・難局・不況)を-」 新明解
新明解は、多くの「を」の例を並べながら、自動詞とする根拠がわかりません。
その一方、その語釈「なんとか自力で切り抜ける」に使われた「切り抜ける」は他動詞とします。
切り抜ける(他下一)1 敵の囲みを破って、のがれ出る。2(努力して)苦境を
やっとのがれる。「難局(危機・困難な局面・その場)を-」 新明解
「危機/難局を乗り切る」は自動詞で、「難局/危機を切り抜ける」は他動詞です。なぜでしょう。
自動詞「乗る」と他動詞「切る」の差でしょうか。でも、「危機に乗」ったり、「難局を切」ったりするわけじゃないんですが。(なお、「乗り切る」の「切る」は、接尾語的で「最後まで~する」の意です。)
岩波も、「難局を乗り切る」を自動詞とします。
乗り切る〘五自〙①乗ったまま向こうまで行き切る。
②(困難な状況を)完全に切りぬける。乗り越える。「難局を―」 岩波
しかし、新明解と違って「難局を切りぬける」の「切りぬける」も自動詞とします。
切り抜ける〘下一自〙力を尽くして、または何とか、苦境から脱する。
「難局を―」「口先でその場を-・けても」 岩波
「切り抜ける」を自動詞とする辞書は、この10冊の中では岩波だけでしたが、なんとなく新潮現代を見てみたら、自動詞としていました。
辞書によって、いろいろと違うものです。
その違いはどこから来るのでしょうか。それぞれ、その根拠をはっきり述べられるのでしょうか。
これまでに扱った動詞の一覧をのせておきます。
越える 越す 飛び越える 飛び越す 乗り越える 乗り越す 乗り過ごす
新明解8 自 自 自 自 自 自 なし
明鏡3 自 自 自 自 自 自 自
三国7 自 自 自 他 自 他 他
岩波8 自 自他 自 他 自 他 自
学研新6 自 自 自 自 自 自 自
三現新6 自 自 他 他 自 他 自
小学日 自 自 自 自 他 自 自
集英社3 自 他 自 自 自 自 自
旺文社11 自 自他 他 他 他 他 他
新選9 自 自 他 他 他 他 自
乗り継ぐ 乗り換える 乗り入れる 乗り出す 乗り切る 切り抜ける
新明解8 他 他 他 自他 自 他
明鏡3 他 自他 他 自他 自 他
三国7 他 自他 自他 自 自 他
岩波8 他 自 自他 自他 自 自
学研新6 他 他 他 自他 自 他
三現新6 他 自他 他 自他 自 他
小学日 自 自 他 自他 自 他
集英社3 他 他 自他 自他 自 他
旺文社11 他 他 他 自他 自他 他
新選9 自 自 自他 自 自他 他
(新潮現代 自)