ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

国語辞典の「自動詞・他動詞」(4)乗り換える・乗り切る

「乗る」の複合動詞にはいろいろなものがありますが、国語辞典によって、それらの自他判定がけっこう違うのはなぜなのでしょうか。

まず、「乗る」の意味が交通機関に関わる「乗り継ぐ」「乗り換える」「乗り入れる」の3語を。

 

        乗り継ぐ 乗り換える 乗り入れる                    

  新明解8    他    他     他     
  明鏡3     他   自他     他     
  三国7     他   自他    自他 
  岩波8     他   自     自他  
  学研新6    他    他     他 

  三現新6    他   自他     他 
  小学日    自    自      他    
  集英社3    他    他    自他     
  旺文社11    他    他     他                
  新選9    自    自     自他

 

「乗り継ぐ」は、多くが他動詞とする中で、小学館日本語新と新選が自動詞とします。

 
  乗り継ぐ(他五)別の乗り物に乗り換えて、目的地へ向かう。「飛行機を-」 新明解

 

小学日は「電車を乗り継ぐ」という用例をあげているのですが、それでいて自動詞とする理由がわかりません。新選には用例がありません。

 

「乗り換える」は、自・他・自他に分かれ、拮抗しています。他動詞としている辞書の多くは「を」の例をきちんとあげていません。新明解は「牛を馬に乗り換える」ということわざをあげています。

 

  乗り換える(他下一)1 別の(路線の)乗り物に乗る。2〔主義・所属などを〕
    安易に都合のいい方へ換える。「牛を馬に-〔=⇒牛〕」3 別の株式・債券
    などに買いかえる。   新明解

 

明鏡は「自他」とします。「電車から/を バスに乗り換える」という用例をあげていて、他の辞書との違いを感じさせます。

三省堂現代新はなかなか独自で、

 

  乗り換える(自他動下一)2利用していたサービスを、別の会社のものに変更
    する。「スマホを-・電力会社を-」  三現新
 

という用法をとりあげています。前の第五版にはなかったものです。

 

「乗り入れる」はどの辞書も他動詞とし、それに自動詞の用法も認めるかどうかの違いです。

 

  乗り入れる〘下一自他〙①車などに乗ったままはいる。「タクシーを校庭に―」
    ②バスや電車などが、ある地域内に定期路線を設ける、または、他の区域内に
     路線を延長する。「バスが団地に―」「地下鉄が私鉄に―」  岩波

 

「車を乗り入れる」は他動詞の例で、「地下鉄が私鉄に乗り入れる」という用法を自動詞として細かく分けるかどうか、です。分けたほうが丁寧でしょう。

 

次は、「乗る」の意味が違う「乗り出す」と「乗り切る」を。

 

        乗り出す 乗り切る

  新明解8   自他   自    
  明鏡3    自他   自    
  三国7    自    自    
  岩波8    自他   自    
  学研新6   自他   自    
  三現新6   自他   自    
  小学日    自他   自    
  集英社3   自他   自    
  旺文社11   自他   自他  
  新選9    自    自他  

 

「乗り出す」は逆に自動詞のほかに他動詞の用法を認めるかどうかです。

 

  乗り出す(自五)1 船などに乗って出発する。「大海に━」
    2 進んであることをし始める。また、進んである分野に入っていく。
     「真相の調査に━」「政界に━」
    3 乗り物に乗ることを始める。

   (他五)体を前のほうへ出す。「窓から身を━・して手を振る」「膝を━・して
      話を聞く」    明鏡

 

三国と新選だけが自動詞のみです。「窓から身を乗り出す」(三国の用例)を他動詞の用法と認めないのはなぜでしょうか。

「~を乗り出す」というと、「身を」「体/身体 を」「(上)半身を」「膝を」ぐらいしかないので、慣用句扱いということでしょうか。

 

「乗り切る」は旺文社と新選が他動詞用法を認めているほかは、みな自動詞のみです。

 

  乗り切る(自五) 困難(危険)な状態を、なんとか自力で切り抜ける。「大波(困難・
     嵐(アラシ))を-/危機(難問山積の局面・難局・不況)を-」  新明解

 

新明解は、多くの「を」の例を並べながら、自動詞とする根拠がわかりません。

その一方、その語釈「なんとか自力で切り抜ける」に使われた「切り抜ける」は他動詞とします。

 

  切り抜ける(他下一)1 敵の囲みを破って、のがれ出る。2(努力して)苦境を
    やっとのがれる。「難局(危機・困難な局面・その場)を-」   新明解

 

「危機/難局を乗り切る」は自動詞で、「難局/危機を切り抜ける」は他動詞です。なぜでしょう。

自動詞「乗る」と他動詞「切る」の差でしょうか。でも、「危機に乗」ったり、「難局を切」ったりするわけじゃないんですが。(なお、「乗り切る」の「切る」は、接尾語的で「最後まで~する」の意です。)

岩波も、「難局を乗り切る」を自動詞とします。

 

  乗り切る〘五自〙①乗ったまま向こうまで行き切る。
    ②(困難な状況を)完全に切りぬける。乗り越える。「難局を―」   岩波

 

しかし、新明解と違って「難局を切りぬける」の「切りぬける」も自動詞とします。

 

  切り抜ける〘下一自〙力を尽くして、または何とか、苦境から脱する。
    「難局を―」「口先でその場を-・けても」  岩波

 

「切り抜ける」を自動詞とする辞書は、この10冊の中では岩波だけでしたが、なんとなく新潮現代を見てみたら、自動詞としていました。

 

辞書によって、いろいろと違うものです。

その違いはどこから来るのでしょうか。それぞれ、その根拠をはっきり述べられるのでしょうか。

 

これまでに扱った動詞の一覧をのせておきます。

 

      越える 越す 飛び越える 飛び越す 乗り越える 乗り越す 乗り過ごす

 新明解8  自  自   自     自    自     自      なし  
 明鏡3   自  自   自     自    自     自      自   
 三国7   自  自   自      他   自      他     他  
 岩波8   自  自他  自      他   自      他  自   
 学研新6  自  自   自     自    自     自      自   
 三現新6  自  自    他     他   自      他  自   
 小学日   自  自   自     自     他    自      自   
 集英社3  自   他  自     自    自     自      自   
 旺文社11  自  自他   他     他    他     他       他 
 新選9   自  自    他     他    他     他  自   

 

      乗り継ぐ 乗り換える 乗り入れる 乗り出す 乗り切る 切り抜ける  

 新明解8   他    他     他    自他   自     他
 明鏡3    他   自他     他    自他   自     他
 三国7    他   自他    自他    自    自     他 
 岩波8    他   自     自他    自他   自    自    
 学研新6   他    他     他    自他   自     他 
 三現新6   他   自他     他    自他   自     他  
 小学日   自    自      他    自他   自     他   
 集英社3   他    他    自他    自他   自     他
 旺文社11   他    他     他    自他   自他    他
 新選9   自    自     自他    自    自他    他
                               (新潮現代 自)