前回の続きで心理的な意味を表す動詞を。怒ったり憤ったりせず、忍んだり耐えたりする動詞です。
忍ぶ 耐え忍ぶ 耐える
新明解8 自他 自 自
明鏡3 自他 自他 自(他)
三国7 自他 他 自
岩波8 他 他 自
学研新6 自他 自他 自
三現新6 自他 他 自
小学日 自他 他 自
集英社3 自他 他 自
旺文社11 自他 他 自
新選9 自他 他 自
「忍ぶ」はほとんどの辞書が「自他」としますが、岩波だけが自動詞の用法を認めません。
明鏡は自動詞と他動詞の用法をはっきり分けています。
忍ぶ 1(他五)つらいことなどに耐える。我慢する。「恥を━・んで申し上げます」
「耐え難きを耐え━・び難きを━」「耐え━」
2(自五)① 見つからないようにする。隠れる。「物陰に━」
② 人に知られないように事を行う。人の目から隠れて事を行う。「人目を━・
んで会う」「この世を━仮の姿」「━恋路」 明鏡
2①の「隠れる」ほうが自動詞なのはいいとして、②の「人目を忍ぶ」「世を忍ぶ」なども自動詞としています。三国・学研新・三現新・小学館日本語新なども同様です。
旺文社は「人目を忍ぶ」を他動詞のほうに入れています。
新明解は全体を「自他」としていて、どれが自動詞用法なのかはわかりません。集英社も同様です。
忍ぶ(自他五)(なにヲ-)1〔堂堂と行動することが出来ない事情があって〕人の目
に触れないようにする。「-恋路/縁の下に-〔=隠れる〕/人目を-/世を-
/夜(ヨ)ごとに忍んで〔=こっそりと情人の許(モト)に通(カヨ)って〕来る」
2〔身に加えられた精神的苦痛を〕がまんして堪える。「恥(不便・苦痛)を-/
忍びがたきを-」 新明解
岩波は自動詞の用法を認めず、「物陰に忍ぶ」も他動詞とします。
(「物陰」は「影響を及ぼ」されているんでしょうね。「を」ではありませんが。)
忍ぶ〘五他〙①我慢する。「つらさをじっと―」「見るに-・びない」(→しのび
ない)②人目につかないように身を隠す。人目を避ける。「物陰に―」「世を
―仮の姿」「―恋路こいじ」 岩波
「耐える」はみな自動詞とし、明鏡だけが「他動詞としても使う」として例をあげています。
耐える(自下一)1〖耐・堪〗苦痛や困難に屈せずじっと我慢する。辛抱する。
こらえる。「悲しみ[痛み・孤独]に耐える」「こんな生活には耐えられない」
[使い方]「耐え難きを耐える」のように、他動詞としても使う。(略)
2〖耐・堪〗外部からの力に屈せず持ちこたえる。「激務に━」「会長の重責に
━」「地震に━構造」[使い方]「高熱を━」のように、他動詞としても使う。
(以下略) 明鏡
その「忍ぶ」と「耐える」が合わさった複合動詞「耐え忍ぶ」で辞書の意見が多少分かれます。
自動詞とするのが新明解、自他両用とするのが明鏡と学研新。他は他動詞とします。
堪え忍ぶ(自五)つらいのをがまんする。 新明解
耐え忍ぶ(自他五)つらさや苦しさをじっと我慢する。「悲しみ に/を━」 明鏡
耐え忍ぶ〘五他〙つらさ・苦しさを、じっと我慢する。 岩波
他の辞書の「を」の例を。
学研新「屈辱を」「冬を耐え忍ぶ花」 小学日「悲しみを」「窮乏を」
三現新「つらさを」 集英社「苦労を」 旺文社「屈辱を」
新明解は「恥を忍ぶ」を他動詞用法と考えているのかどうかはっきりしませんが、「屈辱を耐え忍ぶ」は自動詞と考えるようです。この辺の理屈はどうなっているのでしょうか。
次は、嘆いたり憂えたりする動詞を。
基本的に他動詞で、「自他」として自動詞の用法を認めるかどうかです。
嘆く 憂える
新明解8 他 自他
明鏡3 他 他
三国7 自他 自他
岩波8 自他 他
学研新6 他 他
三現新6 自他 自他
小学日 自他 他
集英社3 自他 他
旺文社11 他 他
新選9 他 自他
「自他」とするなら、他動詞の用法と自動詞の用法がわかるように記述すべきでしょう。
「嘆く」を「自他」とする岩波。
嘆く〘五自他〙憂え悲しむ。また、その思いを言葉にする。㋐悲しく思う。「身の
不運を―」㋑憂えて憤慨する。「倫理感の欠如を―」▽「長息」の転じた「な
げき」が動詞化した語。古くは、(悲しんで)ため息をつく意。 岩波
岩波は全体を「自他」とし、用例は「を」だけで、どれがどちらの用法かはわかりません。
三国も用例は「不幸を嘆く」だけで、これが他動詞の用法かどうかもわかりません。
他の辞書で、自動詞・他動詞の例がはっきりわかるのは小学館日本語新の次のものだけです。用例だけ引用します。
嘆く1(自)「わが身の腑甲斐なさに嘆きたくなる」2(他)「わが身の不運を嘆く」
小学日
「~に嘆く」です。
コーパスを見ると、次のような「に」の例があります。
・そのうち己の未熟さに嘆く日が来る。
・と自分の自己管理のなさに嘆いてみたり。
・そして何故か、人間としての「業」の深さに嘆きます。
・知事の権限があまりに小さいことに嘆く知事体験者がまた一人、です。
・昔は虫も殺さなかった子が今は人を撃つようになってしまった事に嘆く母。
・しかしながら、現状に嘆いているだけでは何も始まりません。
・曙の女神が息子の死に嘆き姿を隠すと大地が暗くなり
これらの例を認めるなら、「自他」とすべきです。
「憂える」を「自他」とする新明解も、自動詞用法がどのようなものなのかわかりません。
憂える(自他下一)〔悪い状況(が予想されること)について〕心配する(嘆き
悲しむ)。「前途(事態)を-」 新明解
明鏡は他動詞とします。
憂える(他下一)物事がよくないほうに展開するのではないかと心配する。先の
ことに心を痛める。また、思うに任せない現状を嘆き悲しむ。憤慨する。
「環境汚染を━」「将来を━青年」(以下略) 明鏡
他の辞書の例を。自動詞とはっきりわかる用例はありません。
三国(自他)「将来を」 三現新(自他)「子の将来を」 新選(自他)「将来を」
どの辞書も将来を憂えてばかりです。
国語辞典の将来も憂えるべき状態と考えたほうがよさそうです。