ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

国語辞典の「自動詞・他動詞」(19):「思う」「思いこむ」

精神活動を表す動詞で「思う」の類を。

 

        思う 思いつく 思い込む 思いつめる 思い切る 

  新明解8   他   他    他   自      他  
  明鏡3    他  自他    他   自他    自他  
  三国7   自他   他   自他    他     他  
  岩波8    他   他   自     他     他  
  学研新6   他   他    他    他    自他  
  三現新6   他   他   自     他     他  
  小学日    他   他   自     他    自他  
  集英社3   他   他   自     他    自他  
  旺文社11   他   他   自他    他    自他  
  新選9    他   他   自     他    自他  

 

「思う」はほとんどの国語辞典が他動詞とします。いつもの10冊の中で、三国だけが自動詞の用法を認め「自他」とします。

ただし、三国は「思う」全体を「自他」としているので、どの用法を自動詞用法と見なしているのかはわかりません。

 

新明解から「思う」の「構文の型」と用例をいくつか。いろいろ省略します。

 

  思う(他五)1(なんだト-)「痛いと思う〔=感じる〕/二度と行くまいと思う
    〔=決心する〕/手に入れたいと思う〔=願う〕品」
    2(なんだト-)「あすは雨だと思う/大丈夫だと思う」「国家の将来を思う
    〔=憂慮する〕」
    3(なにヲ-)「故国を思う/親を思う〔=慕う〕/思う〔=恋い慕う〕人」
                         新明解

 

この1と2の用法は「と」をとるものが多いのですが、他動詞とされています。
ここをどう考えるか。

「思う」のような思考を表す動詞や、前にとりあげた「ささやく」「つぶやく」のような言語行為を表す動詞は、引用の「と」を使って文相当の内容をとることができます。

  痛いと思う  好きだと耳元でささやく  寒いなあとつぶやく

この形は他動詞の用法と言えるか。言い換えれば、その「文相当の内容」をその動詞の思考・言語行為の「対象」と見なすことができるか、が問題になります。

上の自他の判定表を見ると、辞書編集者たちは「思う」のこの用法を他動詞(相当)と見なしていることがわかります。
それならば、そのことを他動詞の定義に入れるべきでしょう。


「思いつく」では明鏡だけが「自他」とし、他の辞書は他動詞とします。

明鏡は「自」と「他」で用法を分けています。

 

  思いつく1(他五)ある考えがふと心に浮かぶ。考えつく。また、忘れていたことを
    急に思い出す。「いい考えを━」「映画から犯行を━」「ふと━・いて電話を
    する」「急用を━・いたので、これで失礼します」
   2 自五① その点にまで思いが及ぶ。考えが至る。気づく。「二人が共犯だった
    とは全く━・かなかった」② 〔古風〕恋心がつく。思いを寄せる。ほれる。
    「頗る付きの別品、しかも実の有るのに━・かれて〈二葉亭〉」  明鏡
    
比較として新明解と岩波の項目を。非常にかんたんな記述です。

 

  思いつく(他五)1考えが浮かぶ。「名案を-」2[忘れたことを]思い出す。 新明解

  思いつく〘五他〙①考えが、心に浮かぶ。「名案を―」②→おもいだす㋑  岩波

 

明鏡の自動詞の用例は次のようにも言えるでしょうか。「を」ではなくて「に」です。

  二人が共犯だったということには全く思いつかなかった

 

コーパスから「に」の例を。数は少ないです。

 ・そこで、私は、いいことに思いついたのです。
 ・自給自足ということを少しでも考えたならば、必ず小麦を植えることに思いつく。
 ・基本はフレンチだから、パリでも真似しやすいということに、今さらながらハタと思いつく。
 ・そのことに思いつくと居たたまらぬ苦痛を覚えたであろうし、又、家族のことや、
 ・新しい物や技術が発明されると、何故もっと前から誰かがそれに思いつかなかったかと不思議に思ったことは

 

「思い込む」は辞書によって自他の判定が大きく分かれます。

他動詞とする新明解と明鏡。自動詞とする岩波の項目を。

 

  思い込む(他五)1〔事実・真実でないことを、予断や偏見で〕堅く信じ込んで疑わ
    なくなる。2 深く心に思って、その思い通りにしようとする。   新明解

  思い込む(他五)1 ぜひそうしようと固く決心する。「一度━・んだら後には
    引かない」2 根拠もないのに固く信じてしまう。「デマを本当だと━」
    「てっきり自分の傘だと━」3 そのことだけを深くつきつめて考える。
    思い詰める。「いちずに━性質」   明鏡

  思い込む〘五自〙確かな事と信じ込む。「本当だと―」。固く心に決める。
    「いったん-・んだらてこでも動かない」     岩波

 

新明解は用例なし。

明鏡は「を」の出てこない用例も他動詞用法とみなします。「を」は省略されていると考えるのでしょうか。

岩波は「を」のある用例は出しません。

三国は「自他」で、用法の違いははっきりしません。用例は「男を真犯人と思い込む」「思い込んだら命がけ」の二つです。前者が他動詞で、後者が自動詞用法でしょうか。

旺文社も「自他」で、用例は「うわさを本当だと思い込む」「思い込んだら命がけ」です。三国と同じ考え方でしょうか。

学研新は他動詞とし、用例は「彼は進学したものと思い込んでいた」と、[句]として「思い込んだら命がけ」です。

自動詞とする三省堂現代新・小学館日本語新・集英社・新選には、岩波と同じく「を」のある用例は出されていません。

コーパスから「を」の用例をいくつか。

 ・だから、なにを思い込むかで人生が変わるんやわ。
 ・あぁだこうだと考える前に、自分がなにを思い込んでいるかを紙に書いてみれば
 ・自分を落伍者と思いこんではおしまいだ
 ・自分を騎士と思い込んだドンキホーテの物語は喜劇。
 ・ある日、自分を胃ガンと思い込んだ宮田は真田と相談を……。
 ・それを、事実と思い込んでしまっているのです。

「を」をとる用法があることは明らかです。これらの例をどう解釈するか。

 

「思いつめる」では新明解のみが自動詞とし、多くの辞書は他動詞で、明鏡が「自他」とします。

 

  思いつめる(自下一)それ以外の解決策は無いと思う気持になってくよくよ考える
    (悩む)。   新明解

  思いつめる〘下一他〙いちずに深く思う。ひたすらにその事を思ってなやむ。 岩波

  思いつめる(自他下一)そのことだけを深く思いこんで苦しむ。「死のうとまで
    に━」「━・めた表情」   明鏡

 

新明解は用例なし。岩波も用例なし。

明鏡は「自他」としますが、「を」の用例はなし。(二つの用例はいい用例だと思います。)

他の辞書の用例を。(みな他動詞説)

  三国 なし  三現新 そんなに思い詰めるとからだに毒だ・思い詰めての犯行
  学研新 なし  小学新 思い詰めた表情・そんなに思い詰めるな
  集英社 なし  旺文社 そんなに思い詰めるな  新選 失敗を思い詰める

他動詞とし、「を」の用例をあげているのは新選だけです。

これが国語辞典の現状だと思い詰めるほどのことではないでしょうか。

 

コーパスから「を」の例を。

 ・私は、死を思いつめてました。
 ・離婚を思いつめるお気持ちも無理はないと思います。
 ・あんまりあんたは物事を思い詰めすぎるよ。
 ・どうしようもない事をいつまでも思いつめていても、何の解決にもならない。
 ・子供の頃からずっと死ぬ事を思いつめて生きてきた気がします。
 ・そのためにも、何を思いつめているのか、なぜ思いつめているのか、自分はどうしたいと思っているのかということを、きちんと整理することが必要です。

 

「思い切る」は、「思い切って/た」という形を自動詞と見るかどうかで、他動詞のみとするか「自他」とするかが分かれるようです。

 

  思い切る(他五)1 迷いやためらいを捨てて、こうしようと決める。「思い切って
    旅に出る」2未練を捨てて、あきらめる。「大学進学を-」  新明解

  思い切る1(他五)断念する。あきらめる。「彼女のこと[歌手になる夢]を━」
    2(自五)覚悟を決める。意を決する。決心する。「やがて━・ったように
     口を開いた」     明鏡

  思い切る〘五他〙①迷い・ためらいをたち切る。断念する。「出世を―」
    ②《「って」の形で》㋐よい結果になるかどうか分からないが、心を決め
    (勇気をふるっ)て。「-・って真実を告げる」㋑思う存分。思いきり。
    「-・って遊んでやろう」③《「った」の形で》並たいていではできない
    大胆な。「-・ったことをしたもんだ」「-・ったデザイン」   岩波

 

各辞書はどのような基準で動詞の自他を判定しているのか。

他の辞書で異論が出るような動詞には、その判定を支えるような用例を出すべきです。
自他両用とするなら、それぞれの例を。