岩波の特集です。動詞の自他について岩波だけが他の辞書と違う判定をしている語をとりあげます。
備える 繰り返す 煮出す ねじ込む
新明解8 他 他 他 自他
明鏡3 他 他 他 自他
三国7 他 他 他 自他
岩波8 自他 自他 自他 他
学研新6 他 他 他 自他
三現新6 他 他 他 自他
小学日 他 他 他 自他
集英社3 他 他 他 自他
旺文社11 他 他 他 自他
新選9 他 他 他 自他
「備える」「繰り返す」「煮出す」は、岩波だけが自動詞用法を認めます。
そなえる〘下一自他〙①物事が起こった時それに応じて行動ができるように
準備する。㋐攻撃や非常事態に立ち向かえる用意をする。[備]「台風に―」
「試験に-・えて勉強する」
㋑不足がないように、そろえ整える。[備・具]「教室に辞書を―」
②自分のものとして有する。[具]「徳を身に―」
③神仏や貴人の前に、物をととのえて差し上げる。[供]「赤飯を神だな
に―」「墓に花輪を―」 岩波
①のアが「台風に/試験に 備える」で自動詞だというのでしょう。
他動詞とする辞書の例として、明鏡と新明解を。
備える(他下一)1 これから起こる(かもしれない)ことに対して、あらかじめ
準備や心構えをしておく。「試験に━・えて勉強する」「将来[災害・万一の
場合]に━」
2 設備や装置などを必要なときにすぐに使えるように前もって用意しておく。
備え付ける。「事務所に消火器を━」「待合室に碁盤を━」
3 本来的なもの、身に付いたものとして能力・人徳などを持っている。また、
それを特徴づけるものとしてある性質を持っている。具有する。「鋭い嗅覚を
━・えている」「人徳[風格]を━・えている」「高速走行性能を━・えた
乗用車」
4 必要な条件などを不足なくきちんと持っている。具備する。「彼は社長候補
としてあらゆる条件を━・えている」「走攻守の三拍子を━名選手」
◇34は、言い切りでは「━・えている」となることが多い。
[書き分け]34は「具」も好まれるが、今は一般に「備」。 明鏡
備える(他下一) 1(どこニなにヲ-)必要な物を、前もって(使えるように)用意
する。「教室に辞書を-」
2(なにニ-)何かに対処出来る心構えを持つ。「冬(必要・仕事)に備えて/危機
(万一)に-」
3((なにニ)なにヲ-)徳・才能などを生まれながらに自分のものとして持つ。
有する。「資質を-」
[表記]3は、「《具える」とも書く。 新明解
新明解は用法の2(明鏡の1に対応)の構文の型を「(なにニ-)」としています。つまり自動詞の文型です。
これは岩波の「自他」がいいのではないでしょうか。
次は「繰り返す」を。
繰り返す〘五他自〙同じ事を何回も続けて行う。同じ事が何回も反復される。
「噴火を―」「歴史は―」 岩波
「歴史は繰り返す」が自動詞の用法だということでしょうか。(なぜか「自他」でなく「他自」です。)
明鏡は同じ例を出していますが、他動詞とします。「歴史は(自らを)繰り返す」?
繰り返す(他五)同じことをもう一度行う。また、同じことを何度も行う。
「返事を━」「歴史は━」 明鏡
繰り返す(他五)(なにヲ-)〔出発点に戻って〕また同じ事をする。「身に付くまで
練習を-/愚(グ)(同じあやまち・…の二の舞・悪循環・一進一退)を-/同じ
失敗を再三-/不毛な議論が繰り返される」 新明解
この項は新明解が例を多く出していていいですね。
「煮出す」も岩波だけが自動詞用法を認めるのですが、例は「を」がある例だけです。自動詞の用法がどういうものかはわかりません。
煮出す〘五他自〙食材・茶葉などを煮て、そのエキスを液中に取り出す。
「こんぶを―」「紅茶をミルクで―」 岩波
煮出す(他五)食物を煮て旨みをとり出す。「豚骨を━・してスープをとる」 明鏡
煮出す(他五)煮て味を出す。 新明解
こういう小さい項目の新明解の手抜きはひどいですね。これでは何だかわかりません。他の辞書と比べて、恥ずかしいと思ってほしい。
「ねじ込む」は、以上とは反対に岩波だけが自動詞の用法を認めないという例です。
ねじこむ〘五他〙①ねじって入れる。
②無理に押し入れる。㋐相手の失言や悪い態度につけ入って、強く責める。
㋑文句を言いにおしかける。「役所に―」㋒強引に希望を通す。 岩波
用法はいくつもに分けられ、語釈はいろいろあるのですが、用例は一つだけで、他の用法はどういう場合に「何を」(他動詞ですから)どうするのかがわかりません。
この項目は岩波の悪い面がはっきり出た項目だと、私は思います。
何か文章を読んで、わからない言葉を辞書で調べ、その文脈に合った語釈があればそれでいいとする、という使用者に合わせた作り方で、つまりは「解釈型」の辞書です。
その語はどういうふうに使われるのか、どういう用例が典型的な使われ方なのか、という「発信」のための情報を考慮していない辞書の作り方です。
もともと辞書というものは、古典のわからない言葉を調べるところから生まれたものでしょうから、解釈型になる(古語辞典はその代表ですね。現代語辞書だと、広辞苑とか。)のは無理からぬところもありますが、現在の小型国語辞典は、より発信型の機能を重視したものになるべきであり、なろうとしているのだと思います。
その例として、現代例解だとか、あるいは小学館日本語新とかがあり、明鏡もその一つと言えるでしょう。
どれもまだその試みは始まったばかりであり、不十分なものだと言わざるを得ませんが、そういう流れは確かにあり、それをあまり考慮していない辞書の一つが岩波だと思います。
突然、岩波批判を始めてしまいました。
元に戻って、「ねじこむ」の他の辞書の例を。用法を自動詞と他動詞とで分けている新明解と明鏡を。
ねじこむ 1(他五)捩って(無理に)入れる。2(自五)〔意図的でない相手の失言
(失敗)などを理由にして〕強く抗議する。 新明解
ねじこむ1(他五)① ねじって中に入れる。「ボルトを━」② 狭い所などに無理に
入れる。強引に押し込む。「札束をポケットに━」2(自五)苦情や文句を言い
に押しかける。「騒音を何とかしろと工場に━」 明鏡
新明解は相変わらず用例をサボっています。
明鏡は用法のそれぞれに用例をつけています。最低限、この程度の用例をつけるべきでしょう。
この明鏡の記述でだいたいよいのではないでしょうか。
すべての辞書がこの程度にはなってほしい。