三省堂国語辞典第八版が第七版からどう変わったか、このブログでこれまでにとりあげてきた項目を見てみます。
「ウェーデルン」ということばと、それを説明することばをめぐっていろいろ書いたことがあります。
ウェーデルン〔ドWedeln〕〔スキーの〕連続小回り回転。 三国第七版
「ウェーデルン」ということばを知らなかった人が、この説明で「ああ、なるほど」とわかるものだろうか、というのが最初の疑問です。
スキー用語で「回転」ということが何を意味するのか、そこが問題の焦点だ、というのが前回の記事を書いていてわかったことの一つです。
回転 (名・自他サ) [1] ①軸を持つものが、まわること。また、まわすこと。
「エンジンの-・-いす」②一つの点を中心にして、(まわりを)まわること。
「腕を-させる・頭の-〔=はたらき〕がはやい」③〔経〕(略)
[2]〔←回転競技〕スキーの、アルペン種目の一つ。旗門の間が短く、最も
小刻みなターンの技術を要する。 三国第七版
第七版の書き方だと、もともとの「回転」の意味である「軸を持つものが…」とか「一つの点を中心にして…」というのは「ウェーデルン」には当てはまらないように思われます。スキーでそのような動きはしないでしょう。
もう一つ、「回転競技」の略、というのがあり、これが関係するのだろうと思うのですが、そうすると、「ウェーデルン」とは「〔スキーの〕連続小回り回転競技。」のことだ、となってしまって、それもまた変です。(前回の記事では、このことに気付いていませんでした。)
結局、「回転競技」を他の辞書で引いてみて、
スキー競技のアルペン種目の一つ。斜面のコースにジグザグに設けられた規定の
数の旗門を通過しながら滑り降り、タイムを競うもの。スラローム。 集英社
スキーのアルペン競技の一つ。斜面に立てられた決まった数の旗を、順に右左
交互にまわってすべりおり、その速さをきそう。 例解新
これらを参考に、「斜面のコースにジグザグに設けられた」「決まった数の旗を、順に右左交互にまわってすべりおり」というところの、「ジグザグに」「まわって」という辺りを「回転」とスキーでは言うのではないか、という結論になりました。
「ウェーデルン」とは、そのような連続の、小回りの、「回転」をすることなのだろう、と考えました。(映画などのスキーの場面でよく出てくるあれなのか、と。)
YouTubeで「ウェーデルン」と検索すると、動画でたくさん見られるんですね。これも前回は気づきませんでした。
さて、三国第八版ではどうなっているでしょうか。
ウェーデルン〔ドWedeln〕〔スキー〕〔古風〕連続小回り回転。 三国第八版
おやおや、「古風」になっちゃいました。(他の辞書では項目自体ないことが多いです。)他は変化なし。これじゃ、やっぱりなんだかわからないんじゃないでしょうか。
「回転」のほうは、
回転 [1](略)[2]〔←回転競技〕〔スキー・スノーボード〕アルペン種目の
一つ。蛇行する形に並んだ門を通りぬけながらすべる競技。スラローム。
〔ぐるぐる回るわけではない〕 三国八版
この、〔ぐるぐる回るわけではない〕というのは面白いですね。国語辞典の注記としては珍しい書き方だと思います。
[1]のほうは七版と同じなので、やはり「連続小回り回転」には当てはまりません。それを否定して「ぐるぐる…」と言っているのでしょうね。
でも、上にも書いたように、「ウェーデルン」の「回転」がこの[2]だとすると、「連続小回り回転競技」になってしまいます。だめです。
ふむ。どうしたらいいでしょうか。
私の思うに、スキーでは「回転」とは(ジグザグに)方向を変えることだ、という説明を「回転競技」とは別に書いておく必要があるのじゃないかと思います。だから、「回転」競技というのだ、ということも含めて。
この意味では、「回転」と言うより「ターン」と言うのが普通の言い方じゃないかと思うのですがいかがでしょうか。
大辞泉で「ターン」を引くと、
ターン【turn】[名](スル)
1 回転すること。また、向きを変えること。「Uターン」
2 水泳・マラソンで、折り返すこと。ターニング。「中間地点をターンして
ゴールに向かう」「クイックターン」
3 全体の中間を過ぎること。前半から後半になること。「全勝ターン」「首位
ターン」
4 社交ダンスで、旋回すること。
5 スキーで、回転すること。特に、クリスチャニアをいう。
(以下略) 大辞泉
「スキーで、回転すること」とあり、やっぱり「回転」になってしまいます。
「クリスチャニア」というのも出てきました。どこかで聞いたことがあるような気もします。
クリスチャニア【(ドイツ)Kristiania】《オスロの旧称、クリスチャニアで始まった
ところから》スキーをそろえたまま急速度で方向変換または停止する技術。
大辞泉
ふむ。「回転」とは言わず、「方向転換」と言っていますね。そうなんだから。
かいてん【回転/×廻転】[名](スル)
1 物が、ある軸を中心としてまわること。「—式のテーブル」「翼が—する」
2 からだを転がしたり、宙がえりしたりすること。「—レシーブ」「マット上で
三—する」
(略)
6 「回転競技」の略。 大辞泉
やはり、完全に回ることで、「方向転換」の意味は書かれていません。そして、「回転競技の略」です。
これだと、「ターン」の語釈の「スキーで、回転すること」というのが「物が、ある軸を中心としてまわること」だったり、「からだを転がしたり、宙がえりしたりすること」になってしまって、なんだかわからなくなってしまいます。(「回転する」という動詞なのだから、「回転競技」の略、ではありません。)
いつ、だれが「スラローム」を「回転競技」と訳したのかは知りませんが、その人がよくなかったんじゃないか、というのがスキーの素人の感想です。
「回転」というより、「蛇行」というほうが合っているでしょう。イメージはよくありませんが。
上で引用した、三国第八版の「回転」の語釈には、まさに
蛇行する形に並んだ門を通りぬけながらすべる
とありました。(「大回転」は「大蛇行」??)
話が「回転(競技)」のほうに行ってしまって、「ウェーデルン」のことがどこかへ行ってしまいました。
元に戻って、それをどう説明したらいいかを考えなくてはいけません。
前の記事でも引用したのですが、
ウェーデルン スキーで、小きざみに連続して回転しながらすべる技術。 新選
(スキーで)小回りの回転を連続的に行いながら滑降すること。また、その技術。 集英社
これらの説明の「回転」を「ターン」か「方向転換」に置き換えれば、とりあえずはわかりやすいのではないでしょうか。例えば、
スキーで、小きざみに連続してターンしながらジグザグに滑降すること。
ぐらいではどうでしょうか。不正確でしょうか。
そうか。ボーゲンでも「小刻み」なら上の説明にあってしまうでしょうか。
wikipediaで「ウェーデルン」を検索してみたら、「パラレルターン小回り」というのが出てきて、
早いリズムで外スキーから次の外スキーまで踏み換えながら滑る技術で、パラレル
ターンの小回り的といえるターン。以前はウェーデルンと呼ばれていて、主に上級者
のターン技術である。
と書いてありました。
スキーを平行に(「パラレル」)そろえていないといけないのですね。
スキーで、板を平行にそろえた状態で、小きざみに連続してターンしながら
ジグザグに滑降すること。
これでどうでしょうか。まだ不正確でしょうか。とりあえず、三国の記述の改訂案です。
いやはや、小さな項目一つでこんなに大変なのですから、これを8万語でやろうとしたら人間業じゃありませんね。