三省堂国語辞典第八版が第七版からどう変わったか、このブログでこれまでにとりあげてきた項目を見てみます。
用例が増えてよくなった例を。
まず、「傾向」です。抽象的な語をどう的確に説明するか。
傾向 1ある方向へむかうようす。かたむき。2(略) 三国第七版
これでは何のことかわかりません。短い用例すらありません。
「ある方向へむかう」だけでは移動を表すのかと思います。それで「かたむき」です。
「傾向」の意味がわからなくてこの辞書を見た人は、途方に暮れるでしょう。
「かたむき」を見てもなんだかわかりません。
傾き 1かたむく<こと/程度>。2傾向。「…する-がある」 三国第七版
第八版。
1ある性質を強める方向に向かうこと。かたむき。「肥満の-がある・言葉を軽視
する-が強い」2(略) 三国第八版
語釈も改良されましたが、何と言っても、用例が二つもつけられたのが大きな進歩です。
この語釈・用例で十分なのかどうかはまだ議論がありうるところだと思いますが、まずは第七版の何が何だかわからない状態から脱したことはよいことだと思います。
参考までに、前回も引用した他の辞書の記述を。新明解の2の用法は、他の辞書では省略しました。(さらにほかの辞書については、前回の記事をご覧ください。)
1同じような条件(環境)にある物事が、全体にわたってそうなりそうな大勢に
あると判断されること。「増加の-にある/頭打ちの-を示す/下降-を見せる」
2その人の行動や態度を方向づけるような特定の思想(をいだくこと)。〔狭義
では、社会主義的思想傾向を指す。例、「-的・-文学〕 新明解
物事の性質、状態などが全体としてある方向に傾いていること。物事がある状態
に向かって進もうとする動き。[例]人は易きに流れる傾向がある/どういう傾向
の音楽が好きですか/地価は上昇の傾向にある。 小学館日本語新
ものごとの性質や特徴がある方向にかたよっているようす。また、そのかたよって
いる度合い。[用例]交通事故は、へる傾向にある。[類]かたむき。[表現]「・・・の
傾向がある」「・・・の傾向にある」と同じ意味の言いまわしに、「とかく・・・になり
やすい」「・・・しがちだ」「どちらかといえば・・・にかたむく」などがある。 例解新
三国の語釈の「向かう」だと、意志的な働きを感じさせますが、「肥満の傾向がある」はそういうことではないでしょう。語釈で「[何が]向かう」のかが示されていないことに問題があるのではないでしょうか。
上の3つの辞書は、語釈に「なにが」が明記されています。また、小学館新・例解新の用例に「なにが」が示されていることも重要なことだと思います。
また、例解新は「・・・の傾向がある」「・・・の傾向にある」という「がある」「にある」の二つの文型の存在を示していますが、その説明はありません。同じ意味だとみなしているのでしょうか。
三国の用例は「がある」です。新明解の用例には「にある」が、小学館の用例には「がある」「にある」が出されています。
この二つの文型をとりうるということも含めて、「傾向」はより詳しい記述が必要な語だと思いますが、それを(小型)国語辞典としてどのように的確に記述すればいいのか。
辞書編集者の皆さんには、じっくり悩んでいただきたいところです。(とまあ、無責任な言いようで…。)