ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

持ち上がる

三省堂国語辞典の記述から。

 

  もちあがる 1持ち上げた状態になる。「土が-」2〔さわぎ・ごたごたなど、
    よくないできごとが〕起こる。(以下略)   三国

 

「土が(持ち上げた状態になる)」とはどういうことでしょうか。「もちあげる」を見ます。

 

  もちあげる 1手に持って上に上げる。2〔相談した企画・案を〕上の人に持ち
    出す。3おだてる。ほめあげる。[名]持ち上げ。

 

どう見ても2や3の用法ではないでしょうから、この1「手に持って上に上げる」という用法が、「持ち上がる」の語釈に使われた意味なのでしょう。

つまり、「土が(手に持って上に上げた状態になる)」というのが、「持ち上がる」の用例の意味になるのでしょう。なんのこっちゃ。ちょっとひどすぎません?

 

他の辞書を見てみましょう。まず、新明解。

 

  1((どこカラどこニ)-)陸地・海底などの一部が隆起する。「噴火で火口の周辺
     が-」
  2(どこニ-)〔手に持って〕上へ上げることが出来る。「重くて持ち上がらない」
  (以下略)                       新明解

 

手で「持ち上げる」ことができないことと、地面が「隆起する」ことを分けています。当然でしょう。

 

次に明鏡。

 

  1他からの力が働いて物が上の方へ上がる。また、位置が高くなる。隆起する。
  「荷物が重すぎて━・らない」「地震で地盤が━」2急に事が起こる。「合併の
   話が-」(以下略)   明鏡

 

「〔手に持って〕上へ上げる」よりもっと広く、「他からの力が働いて」としています。
それと、「隆起する」をただ並べているだけですが、荷物の用例と地盤の用例をあげていて、基本的には新明解と同じと言っていいだろうと思います。

「上の方へ上がる」のと「位置が高くなる」との違いは、私にはよくわかりません。

 

岩波も見てみます。

 

  ①隆起する。高くあがる。「地震で敷石が―」「エア ポケットに入って体が―」
  ②事が(急に)起こる。「事件が―」(以下略)   岩波

 

おやおや、こちらは三国とは逆に、ごく普通の「(手に持って)上に上げた状態になる」を表す用法が書いてありません。

「重くて持ち上がらない」という使い方は、「高く上がる」でカバーできるというのでしょうか。


「持ち上がる」を書きことばコーパス(NINJAL-LWP for TWC)で見ると、次の用法の例が圧倒的に多く出てきます。

 

  3((だれ・なにニ)-)突然に事が起こる。「大事件(紛争)が-/縁談が-」
                          新明解

 

三国の用法2、明鏡の2ですね。岩波の②も明鏡と同じような語釈と例です。

この用法については、新明解が例語が多くていいと思います。悪いこととよいこと、両方を出しています。ただ、せっかく「基本構文の型」として「((だれ・なにニ)-)」というのを示しているのに、用例にそれが出てきていません。ここが、新明解の不十分なところです。

 

書きことばコーパスで、ガ格に来る頻度の高い語は次のようなものです。初めの3語が圧倒的に多くの例があります。

  話・計画・問題・企画・疑惑・騒動・構想・縁談・事件・議論・話題が持ち上がる

三国の用法2の語釈は「よくないできごとが」としていますが、「計画・企画・構想・縁談」などは当てはまらないので、不適切な記述です。「予期していなかったこと、意外なこと」ぐらいでしょうか。

 

さて、話を元に戻して、具体的な動きの例としては、「体・部分・ふた・まぶた・胸・あし・頭・尻」などの例が、上の「話~話題」などよりも低い頻度で出てきます。実例をいくつか並べます。

 

 ・体が水面に持ち上がった瞬間に呼吸する。
 ・腕立て伏せのときに体が持ち上がらない人がいますよね。
 ・岩場に着いたのであるが、今度は水面から体がまったく持ち上がらないのである。
 ・ツガ属では、葉の付く枝の部分が少し持ち上がっています。
 ・コラーゲンが増えることで溝になっている部分が持ち上がり、しわなどの溝が改善します。
 ・ボリュームがあってフタが持ち上がっているカツ丼。
 ・フタが持ち上がるようなら、小石等を載せておきます。
 ・この筋肉が縮むとまぶたが持ち上がります。
 ・瞼がすっきり持ちあがり一重瞼が二重になることもあります。
 ・傷病者の胸が持ち上がるのを確認します。
 ・吹き込む量は、相手の胸が持ち上がるのを確認できる程度。(救急処置)
 ・痛くないのにあるけない、足がもちあがらない、日に日に歩けなくなってくる。
 ・ただ起きようとするも頭が持ち上がらん!
 ・なかなか重い腰とお尻が持ち上がりません。

 

上に引用した国語辞典の語釈に「手に持って」とあるのは「持ち(上がる)」の部分を意識しているのでしょうが、必ずしも、というより、多くの場合、「手」とは関係ないようですね。何らかの力によって、物理的に物が上の方向に動く、ということを表しています。

ということで、明鏡がもっと多くの用例をあげて、「他からの力が働いて」ということが具体的にわかるような記述にしてくれるといいのでしょう。(上の用例の中の「フタが持ち上がっているカツ丼」というのはいい例ですねえ。実例の楽しさです。しかし、これは「力が働いて」ではありませんね。さて。)

 

初めに戻って、三国の記述、次の改訂でどうにかしてほしいものだと思います。