ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

生物

「生物」の国語辞典の説明が不正確です。

 

  生物 命を持ち、生長し、繁殖するもの。動物・植物の総称。  三国

       生きて活動する物。いきもの。〔動物・植物の総称〕    新明解第七版

       生きて活動し繁殖するもの。動物・植物の総称。無生物。
      ▽「なまもの」と読めば別の意。→いきもの。     岩波

 

「生物」は「動物」と「植物」だけではありません。それで済ませようというのは、ずいぶん古い説です。

 

    動物・植物など、生命をもち、成長・繁殖するもの。いきもの。「━学・━界」
                               明鏡

 

明鏡は「動物・植物など」としていますが、この「など」は、他にもあるという意味でしょう。では、「動物・植物」以外にどんな生物がいるのか。

 

上で、新明解第七版としたのはもちろん意味があって、第八版には重要な変更があります。

 

    生きて活動する物。いきもの。〔動物・植物・菌類などの総称〕  新明解第八版

 

「菌類」が出てきました。しかも、なお「など」がついています。まだ他にもあるのでしょうか。

 

この項目に関して詳しいのは、私の見た中では三省堂現代新国語辞典です。

 

  生物 1「いきもの」の学問的な言い方。細胞からなるからだをもち、代謝
      行いながら成長・繁殖するもの。動植物や菌類、原生生物、細菌など。
      [類]生体・生命体 [対]無生物・非生物 →ドメイン②  三省堂現代新

 

「原生生物」「細菌」が、「動植物や菌類」とは別に立てられています。

さらに、「ドメイン」という項目を見るように指示しているのでそちらを見ると、

 

  ドメイン 2 生物の分類で、最上位の分類階級。動物界・菌界・植物界・原生
      動物界などの「界」のさらに上位。原核生物である細菌(バクテリア
      および古細菌アーキア)と、真核生物の三ドメイン。 →界2 
                              三省堂現代新

 

古細菌アーキア)」と「真核生物」です。いやまったく、本格的です。

(小型)国語辞典でここまで書く必要があるのか、とちょっと思います。
このように本格的に書いてくれても、結局よくわからず、不消化で終わりそうですから。

三省堂現代新は、高校生向けの学習辞典なので、生物という教科と連携させようということでしょうか。

 

同じく学習辞典である例解新国語辞典を見ると、

 

  生物 1「いきもの」の学問的な言い方。細胞からなるからだをもち、代謝
     行いながら成長し、繁殖するもの。一般に、動物と植物の二種類に大きく
     分けられる。(略)[参考]ワカメ・コンブ・アオミドロなどの藻類は、
     かつては植物にふくめられていたが、いまは「原生生物」にふくまれる。
     また、キノコ・カビなどの菌類や、細菌(バクテリア)も、動植物とは
     別の生物として分類されている。      例解新 九版

 

項目の本文では「一般に、動物と植物の二種類に大きく分けられる」と常識的な線でおさめ、[参考]として「原生生物」「菌類」「細菌」という分類をあげています。また、具体例も挙げていていいと思います。

体系的な分類の紹介としてはちょっと不徹底ですが、このくらいでいいんじゃないかなあ、と私は思います。

 

ネット上で見られる百科事典の類では、

 

  日本大百科全書(ニッポニカ)「生物」

   生物は常識的には動物と植物に二大別されているが、動物と植物の両方に同時に
   分類される生物もあり、無理がある。バクテリアなど単細胞でとくに微小なもの
   を微生物とする動物、植物、微生物の三区分や、動物、植物、菌類、原生生物、
   モネラの五生物界(五界)に分けることもある。

 

  百科事典マイペディア「生物」

   生命をもつもの。自然界を生物界と無生物界に分けることはアリストテレスの分類
   に始まるが,ウイルスの発見その他によってその境界は明確なものではなくなって
   きている。生物(生命)の定義はさまざまあり,万人の認める説はないが,生物学
   的には,エネルギー転換(代謝)を行い,自己増殖および自己保存の能力をもつ
   ものと定義するのが一般的である。生物はかつて動物と植物に2分されてきたが,
   現在では菌類を独立させ,さらに,原生生物,モネラ類(原核生物)を加えて
   5つのグループに分ける5界説が有力である。

 

のように解説されています。「動物と植物」の「二大別」では不十分で、「三区分」や「5界説」があるわけですね。

ただ、これらの百科事典は、現在ではすでに多少古いものです。

上の三省堂現代新はさらに新しい説を紹介しているわけで、それはウィキペディアの「生物の分類」という記事に詳しく書かれています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E7%89%A9%E3%81%AE%E5%88%86%E9%A1%9E

我々になじみ深い「動物」「植物」は「真核生物」に含まれます。どうもピンときません。
というか、我々自身が「真核生物」なのですよ。自覚は全然ありませんが。

 

ということで、「動物と植物の総称」という説明では、国語辞典の編集者たちが若いころ(50年前?)に覚えた知識のままで、生物学の進歩を反映していないということです。