まず明鏡国語辞典の「書物」などの説明のしかたを見てください。
書物 本。書籍。「-を読む」
書籍 書物。本。図書。
図書 書物。本。「参考-」「-整理」 明鏡
ふーむ。これらがどう違うのか、一般にどう使い分けられているかという問題には、まったく関心がないようです。
明鏡の編集者は、これらの語を使う時、それぞれ何かそれを使う理由があって、他の語でなく、その語を使うのだろうと思うのですが。
なお、どうでもいいようなことですが、なぜ「書物」の解説(?)には「図書」がなく、「図書」には「書籍」がないのでしょうか。それには意味があるのか、単なる執筆者の気まぐれか。
これらがおおよそどういうものであるかということは、より一般的な語である「本」の項目に書いてあります。(以下の引用では用例などを省略します。)
本 1文章・絵・写真などを編集して印刷した紙葉を、ひとまとまりに綴じて
装丁したもの。書物。書籍。 明鏡
まあ、こういうものでしょう。そして、「書物・書籍・図書」は「本」とほぼ同じで、特に解説を必要とするような語ではない、と明鏡の編集者は考えるのでしょう。
新明解の「本」もだいたい同じようなものです。
1人に読んでもらいたいことを書い(印刷し)てまとめた物。書物。〔広義では、
雑誌やパンフレットおよび一枚刷りの絵・図をも含む〕 新明解
「人に読んでもらいたいこと」というところが面白いですね。「一枚刷りの絵・図」を「本」と呼ぶのはどういう場合でしょうか。
新明解では「書物」などはどう書かれているか。
書物 「本」の意の、やや改まった表現。
図書 「本」の意の漢語的表現。
書籍 〔個人の知識の源泉となり、生活を豊かにするものとしての〕本。〔普通、
写真・フィルムは除く〕 新明解
「書物」「図書」については「本」との文体的な差について書いています。
「図書」は単に「漢語的表現」というだけでいいかどうか。また、「書物」「書籍」も「漢語的表現」なのでは、と思いますが。
「書籍」の「生活を豊かにするものとしての本」というのは、「書物」についても言えるのじゃないか。「知識の源泉となる」のも「書物」に当てはまりそうです。
などと細かくケチをつけてしまっていますが、明鏡の無責任な態度よりずっとよいと思います。
とにかく、それぞれの項目に、何か書こうとしています。
岩波国語辞典の「本」。
本 ⑧㋑〘名・造〙かきもの。書物。書籍。 岩波
岩波は、「本」の項では説明がなく、「書物」の項で具体的に書いています。
書物 文章(や集めた表・図の類)を、手で書き記したり印刷したりして、一冊
に綴じたもの。本。書籍。▽雑誌を含まず、電子化したのも今はまだ含まない。
「書物」のほうが「本」よりも基本的な語である、という判断でしょうか。
そして「書籍」と「図書」。
書籍 本。書物。図書。
図書 書籍。書物。本。 岩波
明鏡と似ていますね。上に引用した「本」の「解説」を含めて、これが現在の国語辞典の水準を象徴している例です。(しかし、あげられている語の順番の違いが面白いですね。「本」の位置の違いは何を意味するのでしょうか。)
岩波は「書物」を基本的な語として解説し、「本・書籍・図書」は「書物」と同じ、で済ませています。それでいいんでしょうか。
また、「書物」の参考情報で、雑誌を含まないのはいいとして、「電子化したのも今はまだ含まない」というのはどうなんでしょうか。「電子書物」とはあまり言わないでしょうが、「電子書籍」はごく一般的な言い方ですよね。「デジタル本」という言い方もあります。それらは「書籍」であり「本」であるのでは?
「近頃の人は書物を読まなくなった。電子書籍やデジタル本は読んでいるらしいが。」というのは変でしょう。「書物」は「書籍」であり、「書籍」は「書物」だとしているのですから。
岩波はこういう辞書なんだなあ、という思いがますます強くなっていきます。
これらの語の違いを述べようとしているという点で、私がいいと思ったのは三国です。
本 文章・絵などをかいたり印刷したりした紙のたばを、厚みが出るくらい重ねて
とじ、きちんとした表紙をつけたもの。(用例略)[区別]「本」は最もふつう
の言い方で、広く使う。「書籍」は商品や情報媒体として、雑誌・テレビなど
と対比して使う。「書物」は読んで学んだり楽しんだりする場合に使う。
「図書」は部屋に収めるものや、内容によって分類したものに使う。 三国
(「本」については、「厚みが出るくらい重ねて」というところが面白い。あんまり薄いのはダメ。それはともかくとして。)
この[区別]の解説がぴったりかどうかはまだ議論の余地があると思いますが、この程度の解説を他の辞書にも望みたいと思います。(他の語の項目には、この「本」の項を見よ、という指示があります。)
この[区別]の部分は、三国第七版にはなく、第八版で書き加えられたものです。よい「改訂」だったと言えます。
三国がこれらの語の違いを初めて述べた本だというわけではもちろんなく、例えば小学館類語例解辞典には次のような説明があります。
本/書物/書籍/図書/書冊/書/巻/ブック の使い分け
1「本」が、最も広く一般に使われる。種類、内容、形状などを問わない。
紙製がふつう。
2「書物」「書籍」は、やや硬い言い方。絵本や雑誌などは含まない。
3「図書」は、図書館や学校が備えつけたり、教育に使用したりするものを
さしていうことが多い。
4「書冊」「書」「巻」は、硬い文章語。例文のような慣用的な表現で使われる
ことが多い。
5「ブック」は、他の語と複合して使われる。また、「スケッチブック」「スク
ラップブック」のように、「帳」の意もある。
(用例の一部)
本 ▽本を読む ▽研究成果を本にまとめる
書物 ▽書物をかかえた大学生 ▽貴重な書物
書籍 ▽書籍の売り上げが伸び悩む ▽書籍小包
図書 ▽図書を閲覧する ▽図書館 ▽児童用図書 ▽図書券
小学館類語例解辞典
この辞典は、ネット上の「goo辞書」の中にあります。
今となってはずいぶん前のもので、改訂されていないようなのが残念ですが、多くの語をとり上げ、類義語の違いを(不十分ではあっても)解説した辞典として、よいものだと私は思います。国語辞典の編集者はもっと参考にすべきだと思います。(きちんと参考にしていたら、明鏡や岩波のような書き方はできないはずです。)
さて、上の引用で、「書物」「書籍」が不十分なのが残念ですが、「ブック」をとりあげているのが面白いですね。「ブック」は、確かに「本」です。
三国の「ブック」を見てみます。
ブック 1書籍。本。「-カバー」 三国
「このブックを~」などと単独の語としては使えないので、「ブック」は名詞とは言えません。類語例解が「他の語と複合して使われる」と書いているように、「造語成分」でしょう。
これも上の三国の「本」の[区別]で触れたほうがいいかどうか。そこまではせず、参照指示「→ブック」でいいでしょうか。