ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

とりおく・とりのける

「とりおく」ということばを岩波国語辞典で引いてみると、

 

  とりおく 〘五他〙とりのけておく。  岩波

 

では、「とりのける」は。

 

  とりのける 〘下一他〙物をとりのぞく。のぞきさる。  岩波

 

で、「とりのぞく」を見ると、

 

  とりのぞく 〘五他〙①じゃま物、不用の物などを取り去る。また、取って
    捨てる。「有刺鉄線を―」「傷んだ葉を―」「不安を―」
    ②「除く」の格式ばった言い方。「この点を-・けば問題は無い」  岩波

 

ということで、「とりおく」「とりのける」は、「じゃま物、不用の物などを取り去る。また、取って捨てる。」ことだ、というのが岩波の説明です。そうでしょうか。

 

他の辞書を見てみましょう。まず「とりおく」を。

 

    とりおく 他五 残しておく。取りのけておく。「商品を━」[名]取り置き  明鏡
 
       (他五)使わないで(捨てないで)保存して置く。[名]取り置き  新明解

 

「残しておく」「保存して置く」んだそうです。まるで反対ですね。

 

次は「とりのける」を。

 

  とりのける 他下一 1そこから取ってなくす。「柵さくを━」
     2そこから取って別にする。「売約済みの品を━・けておく」  明鏡

    (他下一)1取りのぞく。のぞき去る。2別にとっておく。   新明解

 

用法を二つに分けて、その一つは「取ってなくす」「取りのぞく」意味ですが、もう一つ、「取って別にする」「別にとっておく」という意味もあります。「とりおく」はこちらですね。

「とっておく」という言い方が出てきました。話しことばでよく使われる言い方ですね。明鏡と新明解はこれを項目として立てていますが、岩波にはありません。


  とっておく 他五 1いざというときのために残しておく。とっとく。「母の手紙
    は大切に━」「この金は生活費として━」「会議の記録は必ず━」
    2前もって準備しておく。とっとく。「最前列に席を━」
    3お金などを当座の便宜として収め入れる。「遠慮せずに━・け」 
    [名]とっておき                    明鏡第二版
 
   (他五) 1後のち必要な場合に備えて、当座は使わないで置く。「最後の切り札
    として-」
    2予約を受けて、品物などを他に売らないで置く。「後で来るから一本取って
     置いてくれ」   新明解

 

岩波は、「とる」+「~ておく」で、上のような意味用法は推測できるだろう、と考えるのでしょうか。とてもそうは思えないのですが。

「残しておく」という意味では、「とりおく」や「とりのける」よりも「とっておく」がごくふつうに会話で使われる言い方だろうと思います。国語辞典としてとりあげるべき項目です。

 

以上、岩波国語辞典の「とりおく」と「とりのける」の語釈には問題があり、それらの意味でよく使われる「とっておく」が項目として立てられていない、という話でした。