ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

小指

まったくどうでもいいような話なんですが…。

 

  小指 手足の指のうち、一番外側にある最も小さい指。  明鏡

     手足にある、一番外側の、一番小さい指。▽手の小指で妻・妾(めかけ)・
      情婦などを表すことがある。          岩波第七版

     親指からかぞえて五番目の、一番小さな指。〔小指を立てることによって、
      妻・めかけ・情婦を示すことがある。また、指切りげんまんにも使われる〕
                             新明解第七版

 

「小指」の俗な意味として、その人にとって特別な関係の女性を指すことがあります。
明鏡はそれについて何も書いていません。

岩波と新明解(それぞれ第七版)は、「妻・妾・情婦」を表す/示すことがある、としています。

「第七版」にしたのはもちろん理由があって、それぞれ第八版ではこの部分が改訂されているのです。
注記の関係部分だけ引用します。

 

  ▽手の小指で恋人・妻などを表すことがある。          岩波第八版
  〔小指を立てることによって、妻や恋人などを示すことがある。  新明解第八版

 

「妾・情婦」はカットされ、「恋人」に置き換えられました。

さて、問題は、この書き替えでいいのだろうか、ということです。

 

他の辞書を見てみましょう。同じような注記(あるいは一つの用法)のある辞書の、その部分だけ引用します。

まず、岩波・新明解第七版と同じように「妻・妾・情婦」とするもの。

 

  [参]手の小指を立てて、「妻・情婦・めかけ」などの意を表すことがある。 学研大
  2俗に、妻・妾・情婦などの隠語。浮世風呂三「おめヘンとこの-も派手者だの」
   ⇔親指                       広辞苑五版

 

「情婦」の代わりに「愛人」とするもの。(「愛人」は「情婦」の新しい言い方、という解釈があります。→「2019-12-04   愛人・情夫・情婦」)

 

  妻・妾・愛人などを俗にいう語。小指を立ててその意を示すこともある。 デジタル大辞泉

 

次に、岩波・新明解第八版と同じように「妻・恋人」とするもの。

 

  ▽小指で妻、恋人を示すことがある。  現代例解

  [参考]俗に親指でボスや主人を表わすことがあるように、小指を立てて、妻や
   恋人を表す習慣がある。          例解新 第九版

 

「妻・妾・恋人」とするもの。

 

  (小指を立てて)俗に、妻・めかけ・恋人などを示す身振り言語。  新潮現代

 

「妻・愛人」とするもの。

 

  [参考]手の小指を立てて、妻・愛人などを表す場合がある。  旺文社

 

「妻」を含まないもの。

 

  ◇小指を立てて恋人・情婦を示すことがある。  小学館日本語新 

  [参考]手の小指を立てて、「恋人・配偶者」などの意を表すことがある。 学研現代新

 

「愛人」とするもの。

 

  小指を立てて、愛人である女性を指すことがある。  三国

 

以上のように、辞書によっていろいろ違いがあります。みんな違ってみんないい、とはいかないわけで、それぞれ問題があると思います。

 

まず、「妻・妾・情婦」という辞書。これは現代語としてもう古いでしょうから、書き直したほうがいいでしょう。しかし、岩波・新明解の第八版のように「妻や恋人など」とするのはどうか。

「小指」がさす対象が変化したわけではないでしょうから、「妾・情婦」を「恋人」で置き換えるのは無理があります。「など」に含める、というのもよくない。「愛人」でしょう。

 

  妾 (正式または内縁の)妻としてではなく持続的な男女関係にあり、その男が
    生活の面倒も見る、女。てかけ。▽第二次大戦後、この語を避けて「愛人」
    と言うことが多い。   岩波

  情婦 (みだらな関係として見た場合の)愛人である女。いろ女。   岩波

 

私は、どうもこの岩波の「みだらな関係として見た場合の」という注記の意味するところが分からないのですが。

「愛人」は「みだらな関係」でない場合があり、「情婦」は「みだらな関係」なのでしょうか。
「みだらな関係」とはいったいどういう関係か。

まあ、私はこういう事柄に詳しくないので、疑問は疑問としてそのままにしておきましょう。

 

元に戻って、「妻・愛人」(旺文社はこれですね。)の外に「恋人」を加えたほうがいいか。

「立てた小指」は、女性の見立てですから、その時の状況によって、何らかの関係がある女性を指している。「恋人」は当然入ると思うのですが、どうでしょうか。

岩波や新明解の旧版、学研大・広辞苑など、いわば「古い辞書」が「恋人」を入れず、「妾・情婦」としていたのはなぜなのでしょうか。
ちょっと場をはばかるような「隠語」だったから、つまり指す対象が「特別な女性」だから、という可能性もありますが、「妻」は入っているのですね。
この辺、私にはわかりません。

 

では、岩波・新明解第八版・現代例解などの「妻・恋人」、つまり「愛人」を除いてしまうというのはどうか。

これはダメでしょう。

昔のテレビCMで、「私はこれで会社を辞めました」というのがありました。
「私は~でタバコをやめました」という禁煙器具の宣伝の後に、いかにもまじめそうな男性が「立てた小指」を見ながら、上のセリフを言うのです。(これはYou Tube で検索すると見られます。便利な世の中です。)

このCMで「立てた小指」の意味するところは「妻や恋人」ではないでしょう。なぜ「小指(=女性)」のために「会社を辞める」に至ったのか。それはやはり、公にはできない関係だったからでしょう。わかりやすいところでは、部下の女性との不倫、とか。(この辺、私の発想の貧困はお許しください。)

やはり、「愛人」は必要です。

 

「恋人・配偶者」とする学研現代新。これだけ読むと、男性でもよいことになりますが、「小指」で男性を指すことは、たぶん、ないでしょう。

「妻」を含まず、「恋人・情婦」とする小学館日本語新。これも無理でしょう。

「妻」も「恋人」もなく、「愛人」だけの三国。これは限定しすぎのように思います。

 

結局、私としての結論は「妻・恋人・愛人」です。そう書いている国語辞典は(見た範囲では)ないのですが。(新潮現代が「妻・めかけ・恋人」としています。)