ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

広辞苑の副詞(2)

前回の続きです。

前回の最後に「練習問題」(?)として、広辞苑が副詞と認めるのはどれか、などという変なクイズを出しました。今回はその「解答編」です。

 

まずは、広辞苑の副詞と名詞に関する「文法概説」を。しつこく繰り返し引用します。
第五版(第六版もほぼ同じ)と第七版では大幅に書き換えられているのですが、趣旨は同じです。

 

   日本語においては用言(動詞・形容詞・形容動詞)を修飾する働きのある語を
  副詞という。副詞は修飾する機能のある語であり、文中に使用する際に、名詞と
  同様に特別の語形変化をすることはない。従って、「昨日」「一個」のような語は、
  名詞・副詞両用の機能があり、名詞としての語が副詞のように使われたと考える
  ことができる。それに対して、「ただちに」「まず」「もし」「やや」「ほぼ」
  「すっかり」「全然」「もちろん」などのような語は、用言および他の副詞に
  副(そ)う以外の用法がないところから、これを本来の副詞と考えることができる。
  本書では、原則としてこれらの語のみを副詞として取り扱った。
                広辞苑第五版「日本文法概説」「副詞」p.2892

   「ちゅうちゅう」「ざわざわ」「ぴしゃぴしゃ」「こっそり」「ちゃっかり」
  「がたがた」「どろどろ」などの擬声語・擬態語は、動物の鳴き声、物の音、事
  態、感覚などを、人間の音韻によって擬する語である。これらは副詞としても
  用いられるが、「突然」「堂々」「断乎」「泰然」などと同じく、「と」「な」
  「に」「で」「だ」などが付いて形容動詞の語幹の位置に立つことが少なくない。
  従って、それらの語と同じ扱いが妥当であり、名詞の一類とするべきである。
  また、日本語の名詞のうち、属性概念を示す語や、時・程度を示す語は、その
  まま副詞として用いられるから、意味上、当然名詞と副詞とに両用される語に
  ついては、名詞・副詞と併記することを原則として省いた。
               「日本文法概説」(第五版)「名詞」 p.2889

   名詞は、「何が」「何を」「何である」などの「何」を表す語であり、「どう
  する」「どうなる」「どうである」を示す、動詞・形容詞・形容動詞とともに、
  文の中の中心的な内容を示す語である。
                              「日本文法概説」(第五版)「名詞」p.2889-2890

   名詞は物や事に命名したもので、自立語で、活用しない。「山」「石」「川」
  「上」「下」「遊び「悲しみ」などである。単独で、あるいは助詞の助けを
  借りて、文中で主語・目的語などの諸機能を果たす。
                    「日本文法概説」(第七版)「名詞」p.196

 

一つ目の引用は、「用言および他の副詞に副(そ)う以外の用法がないところから、これを本来の副詞と」考え、「原則としてこれらの語のみを副詞として」扱うとしています。
副詞以外の用法を持っていると、副詞とは認められないんですね。なんと狭量な!

二つ目の引用は、「擬声語・擬態語」は「名詞の一類とするべきである」とします。その根拠は、

  「突然」「堂々」「断乎」「泰然」などと同じく、「と」「な」「に」
  「で」「だ」などが付いて形容動詞の語幹の位置に立つことが少なくない。

というのですが、そもそも(「突然」を除いて)「「堂々」「断乎」「泰然」など」は(「と」を除いて)「「な」「に」「で」「だ」などが」付かず、「形容動詞の語幹の位置に立つこと」はないのでは?(これは前々回の記事で議論しました。)

そして、擬声語・擬態語も「形容動詞の語幹の位置に立つこと」は少ないのです。(ただし、形容動詞の用法を持つ擬態語もあります。)
 
三つ目と四つ目の引用は、名詞についてのもので、「名詞は、「何が」「何を」「何である」などの「何」を表す語で」、「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」とします。これは、まったく妥当な考え方だと思います。(しかし、以下で見るように、この定義は名詞の認定で無視されます。)

 

さて、以上のことを確認して、前回の「練習問題」を考えます。最初から順に見ていきます。

 

  1あかあか  2あっさり  3あまり   4ありあり

  5がたがた  6がっちり  7がっぷり  8がっぽり

  9ぎっしり  10きっちり  11ぎっちり  12こつこつ   

  13こっそり  14ごっそり  

 

それぞれの語がどのように使われるのかを見るために、広辞苑の項目からその用例を引用します。参考として、岩波国語辞典からも少し。(語釈は省略します。議論に関係しない他の用法なども。)

 

 1あかあか

   広辞苑 赤赤「-とした柿の実」
       明明「-とした窓の灯」  (別項目)

   岩波  赤赤〘副[と]〙「夕日が-とさす」「-とした頬」
       明明〘副[と]〙「電灯が-とともる」  (別項目)

 2あっさり

   広 1「-した味」「性格が-している」2「-と負ける」「-と許してくれた」

   岩 〘副[と]・ス自〙「-(と)した味」「-(と)引き下がる」

 

上で見た「副詞」と「名詞」の定義から考えて、これらは副詞か名詞か。

「あかあか」は文句なく副詞に見えますし、「あっさり」はふつうに言えば岩波のように「副詞/サ変自動詞」でしょう。

広辞苑はどちらも名詞とします。しかし、「あかあか」「あっさり」は「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」でしょうか?

上の引用にある名詞の定義は、擬声語・擬態語を「名詞の一類」と考えることと矛盾します。(はっきり言えば、擬声語・擬態語を「名詞の一類」と考えるのが無茶なのですが。)

 

 3あまり

   広 2(副詞的にも使う)「-ひどいのであきれた」「-たべると腹をこわす」
     3(下に打消を伴って)「-よくは知らない」

 

「あまり」は基本的には名詞で、「副詞的にも使う」とされます。

上の副詞に関する引用の中で、

  また、日本語の名詞のうち、属性概念を示す語や、時・程度を示す語は、その
  まま副詞として用いられるから、意味上、当然名詞と副詞とに両用される語に
  ついては、名詞・副詞と併記することを原則として省いた。

とあったのですが、「あまり」の場合は名詞と「副詞的」な用法とでは意味が違うので、特に注記しているのでしょう。「当然名詞と副詞とに両用され」ているわけではありませんから。

ただし、3の打ち消しを伴う用法は「副詞的」とはされていません。名詞としての用法?

 

岩波国語辞典の「あまり」は、用法によっていろいろ品詞を分けます。

 

 あまり

  1〘名〙ア「布を切った-で別の物を作る」
      イ<接尾語的に>「三十(歳)-の人」
      ウ『-(が)ある』「察するに-ある」
  2ア〘名〙<連体修飾Aを受け、次に述べるBに対し時には副詞的に>
      「うれしさの-躍りあがる」
   イ〘ダナノ・副〙「-暑いので上着を脱いだ」「そんな非難は-だ」「-の
      美しさに打たれる」「-なことに驚く」 ▽「あんまり」とも言う。
   ウ〘副〙「-上手でない」    岩波

 

語の用法について詳しく考えていることがわかります。2のイに「あんまり」という語形が出ていますが、広辞苑はこれを別項目としています。

 

  あんまり

   広〔名・副〕(アマリの撥音化)浄「ほんに又-な」「-ひどいじゃないか」
     「-あわてると失敗するぞ」  (「浄」は用例の出典「浄瑠璃」の略)

 

驚いたことに、こちらは〔名・副〕で、はっきり副詞なんですね。「あまり」のほうでは(副詞的にも使う)というだけだったのに。この辺の扱いの違いはどういうことなのか。

また、「名詞・副詞と併記することを原則として省いた」はずなので、ここは例外なのでしょうか。

なお、広辞苑で〔名〕というのは、一般に言う「名詞」というより「形容動詞語幹(に当たるもの)」のつもりでしょう。しかし、「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」わけでないので、広辞苑自身の名詞の定義に反しますから、〔名〕とするのはやはり無理があります。

 

 4ありあり

   広〔副〕1「無念の思いを-と顔に浮かべた」3「亡き母の姿が-と見える」
      4「証拠は-と残っている」

   岩〘副[と]・ノダ〙「-と失望の色が見えた」「やる気がないのが-だ」

 

広辞苑はこれを副詞とします。「あかあか」とどう違うのかわかりません。岩波の用例のように「ありありだ」という形があり、より名詞(形容動詞)に近いのですが。

 

 5がたがた

   広1「風で戸が-揺れる」「葉を-いわせる」2「-震える」3「-文句を言うな」
    「今さら-しても始まらない」4「-の自動車」「組織が-になる」

 6がっちり

   広1「-スクラムを組む」2「肩幅のある-とした姿」3「-稼ぐ」

 

この2語は名詞扱いです。

岩波国語辞典の「がたがた」は、

 

  がたがた ①〘副[と]・ス自〙「風で雨戸が-揺れる」「悪寒で体が-する」
    ②〘名・ノダ〙「-のおんぼろ自動車」「組織が-になる」
    ③〘副[と]・ス自〙「そう-するな」

 

というもので、名詞と共通する用法があります。「がたがた の/だ/で/になる」など。それでかどうか、広辞苑では名詞扱いで、副詞の用法があっても「名詞・副詞と併記することを原則として省いた」となるのでしょう。

なお、岩波は名詞としていますが、この用法を形容動詞とする辞書も多くあります。擬態語の品詞認定はいろいろ難しいところがあります。

一方、「がっちり」は副詞でいいと思うんですけどねえ。(「文中で主語・目的語など…」)

 

 7がっぷり

   広「-四つに組む」「餌に-食いついて離さない」 (第五版では〔副〕)

 8がっぽり

   広「-かせぐ」「バーで-とられた」 (第五版では〔副〕)

 

これらも文句なしに副詞に見えます。

広辞苑の第五版・第六版は「がっぷり」「がっぽり」を副詞としていましたが、第七版で(副)の品詞表示がなくなりました。名詞扱いです。

第五版ではなぜ副詞と考えたか。そして、第七版で名詞に変えたのはなぜか。わかりません。
第五版では擬態語ではないと考えたのでしょうか。そして、第七版の改訂のとき、これは擬態語じゃないか、と気づいた?

用法に関して新しい発見があったわけではないでしょうから、なぜ品詞を変えたのかが謎です。

5から8までの語も、「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」ことはありません。つまり、名詞の定義に当てはまりません。

 

次は、似たような用法の語が名詞と副詞に分けられます。

 

 9ぎっしり

   広〔副〕「夜店が-並ぶ」「予定が-入っている」

   岩〘副[と]〙「―(と)並んだ書類」

 10きっちり

   広1「紐を-結ぶ」「-とした服」「-窓を閉める」
    2「-説明する」「日程が-決まる」3「-大さじ一杯」「午後七時-に着く」

 11ぎっちり

   広「ぎっしり」に同じ。 

 

広辞苑によれば「ぎっしり」「ぎっちり」は副詞です。(「ぎっちり」は「「ぎっしり」に同じ。」というのですから、つまり品詞も同じでしょう。)「きっちり」は名詞です。どうして?

「ぎっしり」には「に/で/だ」などが付いて使われる用法があります。こちらのほうが名詞(形容動詞)に近いのでは?

 

  ・テキストは書き込みでぎっしりになりました。 
  ・定員700名がほとんど、ぎっしりに埋まったころ。 
  ・いろんな知識がぎっしりでとても参考になります。 
  ・店長のイチ押しは「やんばる豚餃子」で、肉がぎっしりで食べ応え充分。 
  ・道はどこも車でぎっしりである。 
  ・植木がぎっしりなのです。      (NINJAL-LWP for TWCから)

 

広辞苑は、どういう根拠で「きっちり」を名詞扱いし、「ぎっしり」「ぎっちり」を副詞とするのか。

 

 12こつこつ

   広「戸を-たたく」「-と靴音が近づく」
    「-働く」「-と貯めた金」            (別項目)

   岩1〘副[と]〙「-(と)働く」2〘副[と]〙「-(と)ヒールの音が響く」

 13こっそり

   広「-と部屋を出る」

   岩〘副[と]〙「-(と)盗み出す」「-探る」

 14ごっそり

   広〔副〕「-土壁が落ちる」「税金を-取られる」「非常食を-買い込む」

   岩〘副[と]〙「商品が-盗まれた」

 

「こつこつ」「こっそり」は名詞で、「ごっそり」は副詞とされます。はあ、なぜでしょうか。

しつこくくり返しますが、「こつこつ」「こっそり」は「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」でしょうか。

なぜ「ごっそり」は副詞とされるのか。用例を見るかぎりでは、これまでの名詞扱いの語と変わらないように思うのですが。

 

一つ一つ細かく見てきたら、ずいぶん長くなってしまいました。この辺でちょっと休憩します。