ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

広辞苑の副詞(3)

「練習問題」の「解答編」の続きです。

広辞苑の「副詞」というものがわからない、という話です。

次の語が広辞苑でどういう品詞を与えられているか、それはなぜかを考えます。

  15さっぱり  16しっかり  17しっくり  18じっくり 
  19しばしば  20すっかり  21すっきり  22ずっしり 
  23たっぷり  24たんまり  25どっさり  26とつぜん 
  27ぴくり   28びっくり  29びっしり  30べたべた
  31ぼんやり  32まるっきり 33みっちり  34ゆっくり 
  35ぜったいに  36ほんとうに  37めったに

 

 15さっぱり

   広〔名・副〕1「風呂に入って-する」「-した気性」2「-した食べ物」
    3「-と忘れよう」4「-分からない」「景気は-だ」

 

広辞苑は「さっぱり」を〔名・副〕とします。名詞で、副詞です。

(「さっぱり」が名詞だと言うと、一般的には、「え? どうして?」という反応が普通ではないかと思われますが、広辞苑はそうするのです。また、副詞だというのは当然のことと感じられますが、前回の記事で見たように、広辞苑では副詞はかなり限られているのです。ここでの問題は、「さっぱり」はなぜ副詞とされるのか、です。)

名詞とするのは「さっぱりだ」という用法でしょうか。
副詞とされるのは「さっぱり~ない」という呼応をする用法でしょうか。それ以外はこれまでの名詞とされてきた語の用法と同じように見えます。
もしかすると、それ以外はすべて名詞扱い? 
用法が分けられるものなら、1〔名〕2〔副〕として、わかりやすく示してほしいですね。

 

 16しっかり

   広〔副〕1「-とした土台」「紐を-結ぶ」「事業の基礎が-している」
    2「-しろよ」「気を-持つ」「考え方が-している」3「-もうける」
    4「-食べる」「-と監視する」「-荷作りする」

 

「しっかり」も副詞とされます。

「紐をしっかり結ぶ」という用例がありますが、「きっちり」にも「紐をきっちり結ぶ」がありました。「きっちり」は(広辞苑では)名詞です。

 

 (再掲)10きっちり
       広1「紐を-結ぶ」「-とした服」「-窓を閉める」
        2「-説明する」「日程が-決まる」「-大さじ一杯」
        3「午後七時-に着く」

 

さて、どこが違うか。「-大さじ一杯」という名詞を修飾する用法と、「午後七時-に着く」という接尾語的な用法で「~に」が付くことでしょうか。それで副詞とはされなかった?

 

  広辞苑によれば、「紐をきっちり結ぶ」の「きっちり」は名詞で、
  「紐をしっかり結ぶ」の「しっかり」は副詞です。
  その理由を考えてみましょう。

 

という問題を中学生・高校生に考えさせたら、どういう答えが出てくるでしょうか。

いや、大学の日本語文法のゼミで考えると面白いかもしれません。教授も困るでしょう。

 

 17しっくり

   広1「この翻訳は-こない」2「夫婦の仲が-いかない」

   岩〘副[と]・ス自〙1「体に―なじむスーツ」「わざとらしくて―こない」
    2「親子の仲が―(と)行かない」

 18じっくり

   広「-と案を練る」「-煮込む」

   岩〘副[と]〙「―(と)案を練る」「―(と)耳を傾ける」「弱火で―(と)
    焼く」

 19しばしば

   広〔副〕「-訪れる」

   岩〘副・ノダ〙「いたずらをして―しかられた」「裏をかかれたことも―である」

 20すっかり

   広〔副〕4「-忘れていた」5「-きれいになったね」 

   岩 1〘副ダ〙「―忘れ(てい)た」「―秋らしくなった」「―満足する」
     「―仕上げた」「上げるものはこれで―だ」
    2〘副[と]ダ〙「―大きくなったね」「―見違えてしまった」

 21すっきり

   広1「-晴れ上がる」3「家具が-と収まる」「話の筋道が-している」「-した
    身なり」4「頭が-する」「-としたワイン」「どことなく-しない結末」

   岩〘副[と]・ス自〙「―(と)した服装」「頭が―する」「まだ病気が―しない」

 

「しっかり」「しばしば」「すっかり」は副詞です。「しっくり」「じっくり」「すっきり」は名詞。(岩波国語辞典ではすべて副詞です。)
付けられた用例を見るかぎり、用法に違いがあるとは思えません。

「しばしば」と「すっかり」には、岩波が示すように「~だ」の形の用法があります。

名詞とされる後者の3語は、(前者の3語と違って)

  「突然」「堂々」「断乎」「泰然」などと同じく、「と」「な」「に」「で」
  「だ」などが付いて形容動詞の語幹の位置に立つことが少なくない。

というわけでもないし、

  文中で主語・目的語などの諸機能を果たす。

わけでもないでしょう。(この2つの引用に関しては前回の記事を参照してください。)

つくづく、広辞苑の副詞と名詞との境がわかりません。

 

 22ずっしり

   広「親の期待が-と重い」

   岩〘副[と]・ス自〙「―重い財布」「―(と)した文鎮」「責任が―(と)
    のしかかる」

 23たっぷり

   広〔副〕「持ち時間は-ある」「-楽しむ」「-二日はかかる」「-した上衣」
      「自信-」

   岩〘副[と]・ノダ・ス自〙1「筆に―(と)墨を含ませる」「色気―」。
    「―した服」2「通勤に―一時間はかかる」

 24たんまり

   広〔副〕「-せしめる」

   岩〘副[と]ダ〙「金を―もうける」「頂戴ちょうだい物は望外に―だった」

 25どっさり

   広〔副〕「お土産-」「仕事は-ある」

   岩〘副[と]〙1「金を―貯める」「仕事は―(と)ある」
          2「疲れた体を―(と)投げ出す」

 

「ずっしり」は名詞。
「たっぷり・たんまり・どっさり」はみな副詞です。こういう「量」に関するものは副詞とみなしやすいのでしょうか?

「たんまり」は「~だ」の用法があります。「たっぷりだ」も言えるでしょう。
「たっぷり」は「~な」の形もありますね。まさに「形容動詞語幹」(前回の記事参照)じゃないでしょうか。

  ・スープはたっぷりだし。
  ・栄養たっぷりなご飯。
  ・ユーモアたっぷりな人生訓。
  ・適度な筋とたっぷりな肉汁。
  ・しかも、自信たっぷりな口調で。
  ・余裕タップリで終わる重さです。
  ・食事はたっぷりで美味しかった。
  ・脂がタップリで濃厚な味わいです。
  ・結構な野菜たっぷりなカレーですね。 (NINJAL-LWP for TWCから)

どうしてこれが副詞で、「ずっしり」は名詞なのか。

 

 26とつぜん

   広「-の出来事」「-変心する」

   岩〘副ノ・ダナ〙「―立ち上がる」「―に死ぬ」「―で驚くだろうが」

 

「とつぜん」は当然副詞だと思っていたので、ちょっと驚きでした。擬声語・擬態語ではないし。

岩波は「ダナ」で形容動詞の用法を認めています。

 

 27ぴくり

   広「眉を-と動かす」「冷静で-とも動かない」 

   岩〘副[と]〙「―と眉を上げる」「重い扉は―とも動かない」

 28びっくり

   広「地震に-する」「-するほど広い」

   岩〘名・ス自〙「いきなり来たので―した」「―仰天する」

 29びっしり

   広「予定が-だ」「-詰める」「三カ月-かかる」 (第五版では〔副〕)

   岩〘副[と]〙「行事が―(と)詰まっている」

 

「ぴくり」「びっくり」は名詞。岩波は「びっくり」を副詞としません。

「びっしり」は第五版では副詞でした。第七版では名詞とされます。どうして判定が変わったのか。
「びっしりだ」という用法を考慮したのでしょうか。

 

 30べたべた

   広1「飴で手が-する」「コンロが油煙で-になる」2「ポスターを-貼る」

    3「絵の具を-と塗りたくる」「若い男女が人前で-する」4「-した濃厚な作風」

   岩1〘ダノナ・副[と]・ス自〙「コンロのまわりが―だ」
    2〘ダノナ・副[と]・ス自〙「―(と)甘える」「―した人間関係」
    3〘副[と]〙「おしろいを―(と)塗りたくる」

 

「べたべた」は名詞扱いです。いかにも擬態語という感じの語です。

岩波は、形容動詞・副詞・サ変自動詞と細かく品詞を考えています。それだけ用法がいろいろあるからです。これを単純に「名詞と同等に扱う」と言って済ませるような「国語辞典」でいいものでしょうか。

 

 31ぼんやり

   広1「遠景が-かすむ」「-と曇った空」2「昔のことを-思い出す」
    「-してぶつかる」3「庭で-している」4「この子は-だから心配だ」
    「-していて眼鏡を忘れる」

 32まるっきり

   広〔副〕「-知らない人」「-違う」

 33みっちり

   広〔副〕1「梅が枝に-と花をつける」2「芸を-仕込む」「-小言を言う」

 34ゆっくり

   広1「-と歩く」「朝ごはんを-食べる」2「五人は-座れる」「昼まで-して
     から出かける」「どうぞ、ご-」

 

「ぼんやり」「ゆっくり」も名詞扱い。状態副詞の代表みたいな語だと思うのですが。
どちらも「~だ」の用法があるからでしょうか。
                            
  ・昼からはゆっくりだ。
  ・ゆっくりでいいよね。  (NINJAL-LWP for TWCから)  

 

で、なぜか「まるっきり」と「みっちり」は副詞とみなします。「まるっきり」は否定と呼応するからでしょうか。「みっちり」が(名詞とされる同じような多くの語と違って)なぜ副詞とされるのか、皆目見当が付きません。(岩波ではこの4語はすべて副詞です。当然。)

 

最後に、「~に」の付くものを3語。

 

 35ぜったいに

   広〔副〕  用例なし

   ぜったい(名)2<副詞的に>決して。「-そうじゃない」「-に許すな」 岩波

 

広辞苑は「絶対に」を副詞とします。
岩波は、「絶対」を名詞とし、そのままの形で、あるいは「~に」を付けた形で<副詞的に>使うとします。岩波には、「絶対に」という項目はありません。

広辞苑は「絶対」の用例としても「絶対に」の形が出されています。(語釈も引用します。)

 

   絶対 決して。断じて。どんなことがあっても必ず。「-間違いはない」
      「-に許さない」  

   絶対に〔副〕どういう場合にも。断じて。決して。 (用例なし)  広辞苑

 

さて、いよいよわからなくなりました。

まず、「絶対」という名詞自体が「絶対間違いはない」と副詞的に使われ、また、「絶対(名詞)+に(格助詞?)」という形があって連用修飾する(つまり副詞と同様に使われる)。用例は「絶対に許さない」。
さらに、「絶対に」という一語の副詞が追込項目としてあります。(用例はついていません)

ということで、「絶対に」という形式に二重の分析があります。意味用法は同じようです。
この記述はどういう理論的根拠によるのか。(難しくて、ついていけません。)

 

似たような形の「本当に」はどうなっているでしょうか。

 

 36ほんとうに

   広 「-有難う」「今日は-暑い」

   ほんとう 「―を言うと」「―の力」「―に困った」  岩波

 

広辞苑では「本当」という名詞があり、その追込項目として「本当に」という項目が別にあります。こちらは何の品詞表示もなく、おそらく「連語」という扱いでしょう。

岩波は「本当」という名詞の用例に「本当に」の形があるだけです。

 

   本当 1「-の気持を言う」2「彼が謝ってくるのが-だ」「-なら、とっくに
      死んでいるはずだ」      広辞苑

 

広辞苑の「本当」の項目には「本当に」という形を使った用例はありません。「本当に」という形は、「本当」という名詞の持つ意味とは違った意味になる、という判断なのでしょうか。

この処理のしかたは、それなりにわかるのですが、上の「絶対(に)」と「絶対に」の関係はどうにも理解ができません。

 

「めったに」ではどうか。

 

 37めったに

   広〔副〕「-見られない代物」

 

これは一語の副詞扱いです。

また、「めった」は名詞で「~な」の例がありますが、「~に」の例はありません。

 

  めった 「-な口はきけない」  広辞苑

 

岩波は「めった」を「ダナ」つまり形容動詞とし、また「めったに」「めったと」という形で副詞としています。

 

  めった【滅多】〘ダナ・副〙やたら。
    ㋐分別のないこと。めちゃくちゃ。「―切り」「―なことは言えない」。
     節度なく。むやみ。「そんなことを―に言おうものなら」
    ㋑《「―に」「―と」の後に打消しや反語を伴って》そうざらに。「―には
     無い偶然のめぐり合わせ」「―に行くものか」「―と無い事」
    ▽「滅多」は当て字。                                     岩波

 

以上の3語からもわかるように、「~に」という形の副詞はいろいろ複雑な問題があるようです。(もっと多くの「~に」の形の副詞を集めて考えてみたいのですが、ちょっと疲れてきました。)

 

以上、広辞苑で「副詞」とされるものとそうでないもの(「名詞」扱い)の区別がまったくわからないということを、具体的にそれぞれの語の用法を検討しながら(かなりしつこく)述べてきました。

同じ出版社から出されている岩波国語辞典では、以上のほとんどの語が「副詞」とされています。他の国語辞典も、岩波と同じだと思われます。

広辞苑が独自の説を主張することはまったく問題ありませんが、その根拠が明らかなものであってほしいと思います。

 

最後に全体の結果をまとめておきましょう。

◇「練習問題」解答
 名詞扱い
  あかあか あっさり がたがた がっちり きっちり こつこつ こっそり
  しっくり じっくり すっきり ずっしり とつぜん 
  ぴくり びっくり べたべた ぼんやり ゆっくり
  ほんとうに(連語)
 
 副詞  ( )つきは五版・六版のみ「副詞」のもの
  あまり ありあり (がっぽり がっぷり) ぎっしり ぎっちり ごっそり 
  さっぱり しっかり しばしば すっかり たっぷり たんまり どっさり
  (びっしり) まるっきり みっちり  ぜったいに めったに

 

なお、この「副詞」とされるものの中に、

  天沼寧編『擬音語・擬態語辞典』東京堂出版1974

  飛田良文・浅田秀子著『現代擬音語擬態語用法辞典』東京堂出版2002

の新旧2冊の辞典が「擬態語」と認めるものが多くあります。それは、

  ・ぎっしり  ごっそり  さっぱり  しっかり
   すっかり  たっぷり  たんまり  どっさり  みっちり

  ・がっぽり  がっぷり  びっしり (広辞苑第五版では副詞)

  ・ぎっちり(天沼のみ) 

です。広辞苑付録の「日本語文法概説」が「擬声語・擬態語は、(略)名詞の一類とするべきである。」としていても、辞書本文がそれを裏切っています。

いったい、広辞苑の編集というのはどうなっているのでしょうか。

 

 

追記 22.10.11

「37 めった」の岩波国語辞典のところで大きな間違いをしたので訂正しました。

「めった」については、また別にとりあげる予定です。