前回の記事の続きです。
広辞苑の動詞の自他判定を、他の十種の辞書と比較しながら検討していきます。
前の記事でとりあげた順に見ていきます。かっこ付き数字はその記事の番号です。
(「2021-12-19 国語辞典の「自動詞・他動詞」(15)」~)
発話行動に関する動詞を。
(15)
叫ぶ 怒鳴る わめく うなる がなる
新明解8 自他 自 自 自 自他
明鏡3 他 自他 自他 自他 自他
三国7 自他 自 自 自他 自他
岩波8 自他 自他 自他 自 自
学研新6 自他 自 自 自他 自他
三現新6 自他 自 自 自 自
小学日 自 自 自 自 自(他)
集英社3 自他 自 自他 自他 自
旺文社11 自他 自他 自 自 自
新選9 自 自 自 自 自
広辞苑7 自 自 自 自(他) 自
広辞苑は、「うなる」を自動詞とし、「(他動詞的に)「義太夫をうなる」」という用例をあげているのはいいのですが、では、同じ自動詞の「叫ぶ」の「政界の浄化を叫ぶ」という例に「(他動詞的に)」という注記が付かないのはなぜでしょうか。
「叫ぶ」の「を」の有名な例には、「世界の中心で愛を叫ぶ」というのがあります。ほかに、
何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。(山月記)
というのもあります。「~を叫ぶ」は普通に使われる形です。
「わめく」「がなる」に他動詞用法を認める辞書の用例は、「大声で悪口をわめく」(明鏡)、「歌をがなる」(三国)、「演歌をがなる」(学研新)などです。これらの例をどう考えるか。
「怒鳴る」に他動詞用法を認める岩波は、
どなる ②〘五自他〙声高く叱りつける。「子供を―のはよくない」
「部下を-・りつける」 岩波
という例をあげています。これも(他動詞的に)と言える用法でしょう。
書きことばコーパスを見ると、「どなる」対象は人で、「子供・私・人・部下・母 をどなる」などがあります。
広辞苑は、これらの動詞は基本的に自動詞とします。「~を」がある用法を知っていてそうするのか、単にそういう用例を知らないのか。
ささやく つぶやく しゃべる ののしる 言い返す 言い逃れる
新明解8 自他 他 他 自 自他 他
明鏡3 他 他 他 他 他 自
三国7 自他 自他 自他 自他 自他 自他
岩波8 自他 自 自他 他 自 自
学研新6 自他 他 自他 他 他 他
三現新6 自他 自 自他 自他 自他 自他
小学日 自 自他 他 他 他 他
集英社3 自 自 自他 自他 他 他
旺文社11 自 自 自他 自他 自他 他
新選9 自 自 他 他 自他 他
広辞苑7 自 自 自他 自他 他 他
広辞苑は「ささやく」「つぶやく」を自動詞とします。「不平をつぶやく」という用例があります。
「ささやく」も「~を」をとります。
・雨に壊れたベンチには 愛をささやく歌もない(五輪真弓「恋人よ」)
これらがなぜ自動詞なのかわかりません。それなら「言う」も自動詞でしょうか?
「言う」は他動詞ですが、「小声でものを言う」(岩波「ささやく」の語釈)と他動詞が自動詞になるというのは変な話です。(言うまでもありませんが、広辞苑でも「言う」は基本的に他動詞です。)
「しゃべる」は「自他」です。用例は「よくしゃべる奴だ」「うっかりしゃべってしまった」。
「~を」の例はありませんが、自明ということでしょうか。他動詞としての用例があったほうがいいでしょう。そして、自動詞とする「ささやく」などとの違いも明らかにできる説明と。
「ののしる」も「自他」。「人を口汚くののしる」という用例があります。これは「人を」なので「しゃべる」とは性質が違います。「ものをしゃべる/人をののしる」です。「ののしる」の自動詞の例は?
広辞苑の「言い返す」の例は他動詞の用法とは言えません。「負けずに・「おはよう」と・忘れないように何度も 言い返す」。
「言い逃れる」の用例も他動詞の例ではありません。「言を左右にして言い逃れる」
他動詞とするなら、他動詞としての用例を出すべきでしょう。
岩波はどちらも自動詞とします。明鏡も自動詞としますが、「うそをついてその場を言い逃れる」という例を出しています。この「その場」は「対象」ではないという解釈なのでしょう。「場を逃れる」だから?
次は、問題の多い心理関係の動詞です。
(16)(17)
恐れる 怖がる 喜ぶ 怒る 憤る
新明解8 他 自 自 自他 自
明鏡3 他 他 (自)他 自他 自他
三国7 自他 なし 自 自 自
岩波8 自 自 他 自 自
学研新6 他 他 他 自他 自他
三現新6 自 自他 他 自 自
小学日 自他 他 自他 自他 自(他)
集英社3 自 他 自 自他 自
旺文社11 他 自 自他 自他 自
新選9 自 自 自 自 自
広辞苑7 自 自他 自他 自 自
広辞苑は「失敗を恐れない」「神をおそれる」という用例を出しながら、「おそれる」を自動詞とします。
しかし、「怖がる」には他動詞用法を認め、「暗闇を怖がる」という例をあげます。
この違いは何か。
「喜ぶ」は他動詞を認め、用例は「無事を喜ぶ」。
「怒る」は自動詞のみ。用例は「怒って殴りかかる」「親に怒られる」。しかし、この例は「親が私を怒る」の受け身の形では?
明鏡は、他動詞を認め、
「約束を破って先生に-・られた(=しかられた)」▽受身で使うことが多い。
と書いています。
広辞苑は「暴挙に憤る」「横暴を憤る」という例をあげながら「憤る」を自動詞とします。自他では?
(18)
忍ぶ 耐え忍ぶ 耐える 嘆く 憂える
新明解8 自他 自 自 他 自他
明鏡3 自他 自他 自(他) 他 他
三国7 自他 他 自 自他 自他
岩波8 他 他 自 自他 他
学研新6 自他 自他 自 他 他
三現新6 自他 他 自 自他 自他
小学日 自他 他 自 自他 他
集英社3 自他 他 自 自他 他
旺文社11 自他 他 自 他 他
新選9 自他 他 自 他 自他
広辞苑7 他 他 自 自他 他
広辞苑は「忍ぶ」では「世を忍ぶ姿」「人目を忍んで泣く」「不便を・恥を忍ぶ」(自動詞的にも使う)としています。
「耐え忍ぶ」は「真夏の暑さを・怒りを耐え忍ぶ」「冷遇に耐え忍ぶ」という用例を。後者は自動詞では?
「嘆く」では「友の死を・世相を嘆く」、「憂える」では「教育の荒廃を・前途を・国を憂える」というようにきちんと用例をあげています。
用例を丁寧にあげるのは非常にいいのですが、それと自他の判定が(時に)うまく連動していないように感じられます。
(19)
思う 思いつく 思い込む 思いつめる 思い切る
新明解8 他 他 他 自 他
明鏡3 他 自他 他 自他 自他
三国7 自他 他 自他 他 他
岩波8 他 他 自 他 他
学研新6 他 他 他 他 自他
三現新6 他 他 自 他 他
小学日 他 他 自 他 自他
集英社3 他 他 自 他 自他
旺文社11 他 他 自他 他 自他
新選9 他 他 自 他 自他
広辞苑7 他 自他 自 他 自他
「思う」が他動詞なのはいいとして、では、「思い込む」はなぜ自動詞なのでしょうか。
その用例「親切な人だと思い込む」を「親切な人だと思う」とすると他動詞なのか。
後者の「思う」を自動詞の用法と考えるか、あるいは「思い込む」を他動詞とするか。そうしないと論理の一貫した説明にならないでしょう。
また、明鏡が出している用例「デマを本当だと思い込む」をどう考えるか。この「デマを」は目的語か、そうでないのか。三国は「男を真犯人と思い込む」、旺文社は「うわさを本当だと思い込む」という例を出して「自他」とします。
上の広辞苑の例も「(その人を)親切な人だと思い込む」とすると判定が変わるのか。
「思う」で、「明日は雨だと思う」は他動詞の用法か、それとも自動詞の用法か。この例では「×明日を雨だと思う」とは言いにくいので、「~を」は取らないと考えていいでしょう。
いや、「明日の天気を雨だと思う」ならいいでしょうか?
(20)
思い煩う ためらう 患う 病む
新明解8 自他 自他 自他 自
明鏡3 他 (自)他 他 自他
三国7 自 自他 自他 自他
岩波8 自他 自他 自他 自他
学研新6 他 他 自他 自他
三現新6 自 自 自他 自他
小学日 自 自 自他 自他
集英社3 他 自 自他 自他
旺文社11 自 自他 自 自他
新選9 自 自 自 自他
広辞苑7 自 自他 自 自他
広辞苑は「子供の行く末を思い煩う」という例をあげながら、自動詞とします。「思い煩う」「対象」ではない、と考えるようです。では、「子供の行く末を思う」とすると他動詞なのか。
「患う」は「長くわずらう」という例がありますが、「肺を・胸を・結核を」などの他の辞書にある例がありません。これらを「対象」と考えるかどうか。
「病む」では「肺を・心を病む」「失敗を気に病む」などの例があり、「自他」とします。「患う」も「自他」では?
(21)
備える 繰り返す 煮出す ねじ込む
新明解8 他 他 他 自他
明鏡3 他 他 他 自他
三国7 他 他 他 自他
岩波8 自他 自他 自他 他
学研新6 他 他 他 自他
三現新6 他 他 他 自他
小学日 他 他 他 自他
集英社3 他 他 他 自他
旺文社11 他 他 他 自他
新選9 他 他 他 自他
広辞苑7 他 自他 他 他
「備える」は、「各部屋に電話を備える」「威厳を備える」など、基本的に他動詞ですが、「台風に備える」という場合、「何を」備えるのか。「?台風に防災用品を備える」は変でしょう。
岩波は「試験に-・えて勉強する」の例があり、自動詞を認めています。試験に「何を」備えるのか。
「危機に備える」(新明解)も「何を」が考えにくい例です。こういう「(~に対して)備える」は自動詞用法としてもいいのじゃないでしょうか。
この4語は、岩波だけが他の辞書と違う自他判定をしているということでとりあげた動詞ですが、「繰り返す」と「ねじ込む」は広辞苑も同じ判定をしています。
「歴史は繰り返す」という例が自動詞用法と考えられているのでしょうか。
「けんかした相手の親にねじ込まれる」という例が「ねじ込む」につけられていますが、この例で「相手の親」は(話し手に)「何を」ねじ込んだのでしょうか。それが考えられないようなら、これは自動詞の受け身では?
(22)
畳み掛ける 取り乱す 自慢する 誇る
新明解8 自 他 自他 他
明鏡3 他 自他 他 他
三国7 自 自 他 自他
岩波8 自 自 他 自
学研新6 他 自他 他 他
三現新6 自 自他 他 他
小学日 他 自 表示なし 自
集英社3 自 自他 他 他
旺文社11 他 自他 他 他
新選9 他 自他 他 自
広辞苑7 他 自他 なし 自
この中で問題なのは「誇る」で、「歴史と伝統を誇る」「日本一の高さを誇るビル」という用例をあげて、自動詞としている点です。これはどうして他動詞と言えないのでしょうか。
岩波も自動詞とします。
誇る〘五自〙 「権勢を―」「無敵を―チーム」「日本一の高さを―ビル」 岩波
(23)(24)
送る 暮らす ど忘れする 焦る 恥じる 気取る
新明解8 他 自 他 自 自他 自他
明鏡3 自他 自 自他 自他 自他 自他
三国7 他 自他 自 自 自他 自
岩波8 他 自他 自他 自他 自 自
学研新6 他 自 他 自他 自他 自他
三現新6 他 自他 自他 自 自 自
小学日 他 (自)他 表示なし 自 自 自他
集英社3 他 自他 動詞なし 自 自 自他
旺文社11 他 自他 他 自 自 自他
新選9 他 自他 他 自 自 自
広辞苑7 他 (自)他 なし 自 自 自
「送る」は「暮らす」と同様の意味の「幸福な日を送る」(広辞苑の用例)という場合です。これを他動詞とするのは不思議ではありませんが、「暮らす」では自動詞の用法を認める辞書が多くなり、自動詞のみとする辞書もあります。
暮らす(自五)「日がな一日を読書をして━」「夏はいつも田舎で━」
「都心のマンションで一人で━」「贅沢に[つましく]━」 明鏡
暮らす (自五)((なにヲ)-/(なにデ)-)「わずかな収入で今まで何とか
暮らして来た/自由気ままに-/遊び-」 新明解
明鏡は「日がな一日を」という「~を」の例をあげていますが、自動詞とします。
新明解には「~を」の用例はありませんが、「(なにヲ)-」という文型表示があります。それでも自動詞とします。
暮らす〘五他自〙「気楽に―」「本を読んで―」 岩波
岩波は、どういう場合に「他」「自」なのかはわかりません。
広辞苑は、他動詞としますが、自動詞的用法を認めています。
(自動詞的に)「都会で暮らす」「この収入で一家五人が暮らす」 広辞苑
「暮らす」での「~を」の扱いを考えると、「送る」での「~を」の扱いについても考え直す必要があります。
「焦る」「恥じる」「気取る」については、広辞苑は「勝ちを焦る」「罪を恥じる」「英雄を気取る」という用例をあげながら、すべて自動詞としています。その根拠は「文法概説」には書いてありません。
それらを他動詞と考える辞書も多くあります。
(24)
心がける いつわる うらやむ つとめる 突き出す
新明解8 (自)他 他 他 自他 他
明鏡3 (自)他 他 他 自他 自他
三国7 他 自他 他 自他 自他
岩波8 自他 他 自 他 他
学研新6 他 他 他 自他 自他
三現新6 他 自他 他 自他 自他
小学日 他 他 他 自他 他
集英社3 他 他 他 自他 他
旺文社11 他 他 他 自他 自他
新選9 他 他 他 自他 他
広辞苑7 他 他 他 他 他
広辞苑はこれらの動詞をすべて他動詞としますが、他の辞書はいくつかに自動詞の用法を認めています。
「心がける」で、「倹約を心がける」は他動詞でしょうが、広辞苑の「健康に心がける」は他動詞の用法でしょうか。「何を」「健康に心がける」のでしょうか。
「つとめる」の様々な用法をすべて他動詞とする、つまり、「勤める」も他動詞とするのは岩波と広辞苑だけです。「会社に勤める」(広辞苑)
これは無理があるんじゃないでしょうか。(「会長を務める」は他動詞です。)
「突き出す」に自動詞の用法を認める辞書があります。「突き出る」と同じような意味になる用法です。
突き出す(自五)突き出る。「おなかが-・陸地が海へ-・煙突が突き出した洋館」
三国
突き出す(自五)その物の一部が外や前の方へ張り出す。突き出る。
「庭に━・した窓」 明鏡
学研新(自)「丸太が斜めに-・ている」 三現新(自)「大きな岩が-」
これらを広辞苑はどう考えるのでしょうか。他動詞とするのでしょうか。
広辞苑の「自動詞・他動詞」の判定基準がはっきりしないことを、多くの例を通してみてきました。
まず、「移動を表す動詞」の場合、
「空を飛ぶ」「弾の下を逃げる」などは、「を」は移動する場所を示す語で、
「飛ぶ」「逃げる」は自動詞である。 第六版「日本語文法概説」p.198
という一般論はいいのですが、実際に「越える・越す」以下の動詞を見ていくと、どうにも説明の付かない自他の判定をしているように思われます。
また、発話行動の動詞や心理関係の動詞は、どの辞書も自他の判定に苦労しているようですが、広辞苑もまた一貫した判定基準はないようです。「向く」や「休む」などでも、自他の判定基準ははっきりしません。
それらの「~を」の例をどう考えるか。「目的語」でないとするならば、それなりの説明が「文法概説」に必要でしょう。現在の「文法概説」は、自他の判定の難しさにまるで気付いていないようです。
それにしても、各辞書で判定が違いすぎます!
(広辞苑は、同じ出版社の岩波国語辞典との間でもうちょっと調整してみてはどうでしょうか。辞書編集部の中ではどうなっているのでしょうか。)