これも広辞苑の副詞を調べていた時に、辞書によって品詞が違うことに気付いた語です。
まず、広辞苑から。(語釈などを省略します。)
名詞と言いながら、用例は「~する」をつけた動詞の形だけです。
広辞苑は何でも名詞にしてしまうので、「びっくり」が名詞だと言われても、まあ、そうなんだな、と思ったのですが、岩波も名詞としています。
〘名・ス自〙「いきなり来たので―した」「―仰天する」 岩波
名詞と言いながら、名詞の用例(「~が/を」)はありません。
広辞苑の付録「日本文法概説」によると、
名詞は物や事に命名したもので、自立語で、活用しない。「山」「石」「川」
「上」「下」「遊び「悲しみ」などである。単独で、あるいは助詞の助けを
借りて、文中で主語・目的語などの諸機能を果たす。
広辞苑「日本文法概説」(第七版)「名詞」p.196
「文中で主語・目的語などの諸機能を果たす」つまり「~が」の形で「主語」になれるはずですが、「びっくりが~」という文はごく普通の文としてあるのでしょうか。
岩波の解説は、
名詞は事物を表すのに使う呼び名であって、活用しないことが文法上の特色
である。「山」「女」「インク」「会社」などの物や、「家事」「試合」
「労働」「納税」などの事柄を始め、「紫」「甘さ」「重み」「混乱」「悲哀」
「結論」「東」「関係」「三つ」など、それについて述べることができる対象
の呼び名は、すべて名詞である。それゆえ多くの名詞は主語として使える。
しかし中には、「迎接にいとまがない」の「迎接」、「すりひざで進む」の
「すりひざ」のように、主語では使うことのないものもある。そういう単語も、
呼び名として使い、また格助詞がつく点でも他の名詞と同様な性質を持つ。
そういうものは、この辞典では名詞と認めた。
岩波国語辞典「語類概説 名詞・代名詞」(第八版p. 1700)
「多くの名詞は主語として使える」「しかし中には、(略)主語では使うことのないものもある。」
では、「びっくり」はどういう根拠で名詞なのでしょうか。そもそも「事物の呼び名」と言っていいのかどうか。
他の辞書を調べてみると、岩波と同じように考える辞書が多いことに、私はびっくりしました。
名・自サ 三国 「-こく〔=びっくりする〕」 ・ぎょうてん ・-ばこ
・「-マーク」 ・「-みず」
名・自サ 新選 「-箱」 別項 びっくり仰天
名・自サ 学研新 「大きな音に-した」「-仰天」「-箱」
名・自サ 三現新 「値段を聞いて-する」
別項 びっくり仰天 びっくり箱
名・自スル 旺文社 「急な話に-する」 -ぎょうてん -ばこ(子見出し)
名・する 例解新 別項 びっくり仰天 びっくり箱
これらの辞書で、名詞であるとはどういう用法を持つことなのか。「びっくり仰天」「びっくり箱」などの複合語の例は、名詞としての例になるでしょうか。いかにも名詞であるという用例は出されていません。
私は、「びくびく・びくっと」などと同じように副詞であり、「~する」の形で動詞である、となんとなく考えていました。
ただ、改めて考えると、「びくびく(と)怯える」のように動詞を修飾する用法、つまり副詞としての用法がなさそうで、そうすると確かに副詞とは言いにくいなあ、と思います。
副詞とする辞書もあります。
(副) 「━して目を覚ます」「━仰天(=非常におどろくこと)」 明鏡
(副)-と-する「-仰天(する)〔=ひどく驚く(こと)〕/-箱(バコ)」 新明解
副<する> 現代例解
副<する> 「彼の会社が倒産したとは本当にびっくりだ」 小学館日本語新
新明解は「-と」としていますが、どういう用例になるのでしょうか。「びっくり(と)驚く」?
小学館日本語新の「びっくりだ」は、「副詞+だ」と考えるのでしょう。
さて、名詞か副詞か。
もう一つ、ちょっとびっくりした辞書があります。
びっくり(造語) ▽一般に「-する」の形で用いる。 集英社
なんと、造語成分だというのです。
「-する」「-仰天」「-箱」などがその使い方であるのなら、つまり「びっくり」だけで使われることがないのなら、それは造語成分だと言えます。
しかし、上の例のような「(~とは)びっくりだ/です」という言い方があるので、「造語成分」とするのはちょっと無理なんじゃないかと思います。
コーパスで用例を探してみました。(NINJAL-LWP for TWC)
・吃驚を通り越して人間不信になりそうである。
・店員もビックリを通り越してあきれ顔でドル箱を整理してくれている。
・びっくりを超えて感動しました。
なるほど。「ビックリを通り越して」というのは一つの慣用的な言い方ですね。これは名詞だ。
「びっくりが~」という形の例もありますが、どうもまだこなれていない感じです。
・長崎にはいろんなびっくりがあります。
・今回のツアー中は、何回もビックリがありました。
・食材やその使い方など、嬉しいビックリがたくさんありました。
・ビーツを練り込んだ真っ赤なパスタにビックリしましたが、食後にもまた、
ビックリがありました。
・上記の2番目のビックリには「できるはずの無いことができた」という確率レベル
でのビックリに加えて、「イヌにも左右の概念が理解できるのか」という理論レベル
でのビックリがあるが、ここでは深く追求しない。
・じゃあ、武田双雲はこれからも何をやるか分からない、どんなびっくりが出てくる
か楽しみだって思われるかもしれませんよね。
「びっくりの~」という例。こちらはずっと自然な言い方です。
・ビックリの美味しさ!
・仕出屋さんもびっくりの美味しい料理を作ってくれる。
・その一段も幅60cmでびっくりの狭さ。
・声も出ないほどびっくりの連続です。
・ホントあわただしくって、毎日ビックリの連続ですよ。
・さて、宴会がはじまってみると、またビックリの連続である。
・お客様もビックリの結果になりますよ!
・意外な事実に、芸人たちもビックリの様子でした。
・漫才師もビックリの内容でした!
・アドバイスした私もびっくりの成果でした。
こういう例を見ると、名詞とするのがいいのかなあ、とも思います。
ただ、「~もびっくりの~」という形は、「[~もびっくり(だ)]の~」とでも表したくなるような感じを受けます。うまく説明できませんが。
さて、どう考えたらいいでしょうか。
よく使われる、ごく普通の語なのですが、意外に難しいところがあります。