ママ
前回の「おかあさん」に続いて「ママ」を。「おかあさん」と何が違うのか、どう使い分けるのかが国語辞典に書いてあるかどうか。
ママ[ma(m)ma]1[幼児語] おかあさん。「教育-」[自分の妻をさして言うことも
ある] [対]パパ 2バーなどの女主人(を呼ぶことば)。「-さん」[類]マダム
[対]マスター 三省堂現代新
ママ 1子供の母親に対する愛称。お母さん。また、母親。[対]パパ。2酒場な
どの女主人。マダム。[対]マスター。▽ma(m)ma
-とも【友】保育園や幼稚園、公園などで子供を通じて交流するようになっ
た、母親同士。また、その間柄。 学研現代新
三省堂現代新は「幼児語」とします。それでいて「教育ママ」を用例としてあげるのは不適当です。「自分の妻をさして言う」のも「幼児語」ではないでしょう。
テレビドラマなどで、高校生や大学生が母親に対して「ママ」というのはずいぶん前から普通のことだったように思いますが、実際はどうなのでしょうか。
学研現代新の「ママ友」の説明は簡潔でわかりやすく、いいですね。
なお、「原語問題」ですが、上のような書き方だと「バーの女主人」も mamaと英語で言うことになってしまいますが、違うんじゃないでしょうか。
以下では「酒場」のほうは省略します。
次は例解新国語辞典。
ママ 母親をさしてよぶことば。[対]パパ。[類]おかあさん。→パパ[表現]
「パパ」の項
[表現]子どもが父親をよぶときに使う。また、おとなであれば、他人に
対しては、「うちの父」というのがふつうで、「うちのパパ」というのは
おかしい。「ママ」にも同じことがいえる。→囲み記事29(765ページ)
例解新
ていねいに書いてありますね。「囲み記事29」というのは、前回の「お母さん」の記事の中で紹介しました。
岩波国語辞典。
ママ ①おかあさん。⇔パパ。「教育―」▽mam(m)a②〔俗〕バーやスナック
など、水商売の店の女主人。 岩波
語釈(?)としてはほとんど情報がありませんが、英語を置く位置で、「バーの女主人」のほうはmamaでないことがわかります。そちらは俗語だそうです。
「ママ」が「お母さん」の意味であることは、まあ、そうだとして、ではなぜ「ママ」を使うのか。「幼児語」であるならば、「ブーブー」や「わんわん」のように、ある時期から使わなくなるはずの語です。
しかし、幼児でなくなっても使う人はいるし、「教育ママ」ということばは新聞でも使われます。
「ママ」は「お母さん」と何が違うのか。使われる理由は何か。それに答えてくれる辞書はありません。
新明解。
〔ma(m)ma〕「おかあさん」の幼児語(に基づく愛称)。「-さんチーム・教育-」⇔パパ 新明解
学研現代新にもありましたが、「ママ」が「愛称」だというのがよくわかりません。
愛称 1親しい間柄同士で言う、姓(名前)の、一種の略称。例、山本さん(君)
→山さん・山ちゃん・山。2〔正式の列車番号以外に〕個個の特急列車などに
つける、親しみやすい名称。例、のぞみ・ひかり・とき。3 あだな。例、女の
子につける「ちゃこ」など。 新明解
1でもないし、3の「あだな」でもありません。2は問題外。
愛称 親愛の気持を含めて呼ぶ特別の名まえ。▽D五一形蒸気機関車の「デゴ
イチ」など、人間以外の物についても使う。 岩波
「お母さん」が正式な名前だけれど、「親愛の気持を含めて」、「ママ」という「特別の名まえ」で呼ぶ、のでしょうか。何だかわかりません。
「愛称」というのは当てはまらないのではないでしょうか。単純に、(一部で)「お母さん」に取って代わった語、なのでしょう。
では、なぜ「ママ」を使うようになったのか。以下は私の当てずっぽうです。
一つは、「幼児語」としての面があり、幼児にとって「お母さん」より発音しやすいと親が考え、使うようになった。しかし、それは「子供っぽい」言い方だという意識はあった。
ママ 母親。また、子供などが母親を呼ぶ語。おかあさん。⇔パパ ▽幼児語的
な言い方。 明鏡
「幼児語的」だが、大きくなっても使う。それはなぜなのか。
ママ 「お母さん」の意の洋風な言い方。⇔パパ。[例]ママ、何か買って/ママ
に言いつけるから/教育ママ/ママさんバレー。◆都会の家庭などで子供に
言わせる呼び方だが、母親の役割にある人を呼んだりさしたりして、子供以
外の者が使うこともある。2(略) →「母」の[類語]
小学館日本語新
もう一つは、当たり前のことですが、小学館日本語新の言う通り、「洋風な言い方」であること。「お母さん」の持つ、きまじめな、伝統的な印象に対して、その新しさが「都会の家庭」で好まれたこと、辺りでしょうか。
この辺、社会言語学での研究はあるのでしょうか。いつ頃から、どのような年代の母親が使い始め、どのように広まっていったのか。地域による違いはあるのか。(関西では関東より広まらなかったのではないか、とあまり根拠なく思います。)
そのような、小さな子供が使う語であったものが、より一般的な「母親」を示すようになると「教育ママ」のような使い方が生まれてくるのでしょう。
三省堂国語辞典は、幼児語としての「お母さん」の用法と、「母親」としての用法を分けています。
ママ 1〔児〕おかあさん。「-が呼んでる」2母親。「教育-」→ママさん。
(⇔パパ) 三国
参照指示にあるように、三国には「ママさん」の項目もあります。
ママさん 子どものいる母親を、したしんで言うことば。「-ランナー・-バレー」
三国
この辺は新語・新用法に強い三国の得意とするところでしょう。
また、「教育ママ」を例にあげる辞書が多いのですが、「ママ」の説明をしながら、「教育ママ」は説明しません。利用者が当然知っている語だから説明は要らないと考えるのでしょうか。
三国は、「教育」の項にも「教育ママ」が例としてあり、短い説明がついています。
教育 (略)・-ママ〔=教育に熱心すぎる母親〕」 三国
これだけの説明でいいので、他の辞書にも(できれば「ママ」の項で)あってほしいと思います。