「形成」という語の語釈の細かい問題について。
形成 〘名・ス他〙整ったものに形づくること。「―外科」 岩波
〔名・他サ変〕整った形に作りあげること。形づくること。「人格を━する」
明鏡
〔名・他サ〕1形を作ること。まとまったものを作ること。「深い谷を-する・
ネットワークの-・子どもの人格-」2〔医〕先天的なからだの表面の
異常や、けが・やけどなどによる変形を治すこと。「顔の-をする」 三国
この三冊の国語辞典はみな同じようなとらえ方で、「形成」は名詞で、サ変の他動詞(「形成する」)でもあるとし、語釈も他動詞を使って説明しています。
新明解は、(いつものように)ちょっと違います。
形成 -する (他サ)未完成なもの、また混沌(コントン)としたものが外部から
必要なものを取り入れて次第により完全なものになること。「ネットワーク
を-する/人格の-/言語-期」 新明解
「形成」が名詞であり、「-する」がついて他動詞となるという点では同じですが、語釈の書き方は「~したものが~完全なものになる(こと)」で自動詞的です。
岩波・明鏡・三国のそれぞれの用例と、新明解の用例をそれぞれ考えてみます。
それぞれの語釈と用例はうまく合っているでしょうか。
岩波。用例は「形成外科」だけです。これで何がわかるというのか。「形成」という語を丁寧に記述、解説しようという気はないようです。というより、いつもの通り、岩波の利用者は「形成」という語を当然知っているだろうから、詳しい解説など要らない、という考えなのでしょう。
「整ったものに形づくる外科」とはどういうものなのか。「何を」形づくるのか。それがわかるような利用者でなければ、この用例の存在価値はありません。なお、「形成外科」という項目は岩波にはありません。
新明解・三国・明鏡には「形成外科」という項目があります。
形成外科 皮膚などの機能を修復したり 外形を治療したり する、医学の一分科。
〔やけどによるケロイドや口唇裂などを対象とする。美容目的のものをも含む〕
→整形外科 新明解
「形成(2)」をおこなう外科の部門。〔形成外科医院などの名前にも使う〕
→整形外科 三国
身体の形態的な損傷や変形を手術によって治療したり、修復したりする医学の
一分野。▽「整形外科」とは別の分野。 明鏡
丁寧に説明しています。「整形外科」とは違う、という注記も。(なお、岩波には「整形外科」という項目はあります。なぜ「形成外科」はないのでしょうか。使用頻度の差でしょうか。それで説明しないのなら、用例に出すべきではないでしょう。)
「形成」に戻って、明鏡。「人格を形成する」。岩波よりいくらかいいでしょうか。しかし、「何が/誰が」が必要では?
三国。例が三つあります。これだけで、岩波・明鏡よりずっとよい辞書だと、私は考えます。
「深い谷を形成する」の「主語」は何でしょうか。「急な川の流れが」あたりでしょうか。この例は、語釈の「形を作ること」に対応するのでしょうか。
次の「ネットワークの形成」「子どもの人格形成」は、「まとまったものを作ること」に対応する例と考えればいいのでしょうか。
そこで、それぞれの「形成する(作る)」主体は何でしょうか。
前者は、「何か/誰か」が「ネットワークを形成する(作る)」のでしょうか。
後者は、「子どもが人格を形成する」? それとも、「(何かが)子どもの人格を形成する」?
新明解も用例が三つあげられており、三国で使われた「ネットワーク」と「人格」という語は新明解でも例に使われています。
名詞の例から見てみましょう。
「人格の形成・言語形成期」の例では、「人格が」より完全なものになること、「言語が」より完全なものになることと考えると、語釈の「(何かが)次第により完全なものになる」に当てはまる例です。
三国のように、「形成する」を「~作ること」と考えると、「人格を形成する」主体として「子ども」か「何か」を考えたくなります。それがいいか、それとも新明解のように自動詞的にとらえて、「人格が~なる」と考えるのがよいか。
「ネットワークを形成する」という例では、三国のように「何か/誰か」が「ネットワークを形成する」と他動詞的に考えればいいのでしょうか。
それとも、新明解の「未完成なもの、また混沌としたものが外部から必要なものを取り入れて次第により完全なものになる」という風に自動詞的に考えるのか。よりかんたんに言えば、「ネットワークができ上がっていく」ということでしょうか。
さて、コーパスで実際の例を見てみましょう。
「形成する」が他動詞であることは、実際の使用例を見てみればごく自然に納得できることです。NINJAL-LWP for TWC で「形成する」の例を見ると、
・人はなぜ社会を形成するのでしょう。
・近代社会を形成してきたのは、国民国家制度です。
・牛舎猫は牛舎内でひとつの社会を形成しています。
・インターナショナルネットワークを形成する世界の言語とは?
・子どもが人間関係を初めて形成するのは家族。
・意識は、複雑な多重構造を形成しています。
・将来の世代に継承する恵み豊かな環境を形成する。
・子どもは発達環境により人格を形成します。
「形成する」は「名詞+を」の形、いわゆる「目的語」(ヲ格)をとります。
また、いわゆる「主語」(ガ格)の名詞の例を見ると、
・そこで社会が形成される。
・1900年代、毛皮の市場が形成されていきます。
・成熟卵胞の基本構造が形成され、新しい細胞はみられない。
・そして障害者の権利、学術研究を巡る大きなネットワークが形成された。
・その関係を前提に親子間の良好な関係が形成されることが理想です。
・以下の論点につき、合意が形成された。
・そこには、新たなコミュニティーが形成される。
頻度の高い語は、みな「形成される」という受身の形で、「形成する」対象となる名詞が「主語」になっています。
つまり、「形成する」は他動詞で、自動詞的な意味を表したい場合は受身の形にする、ということです。
では、名詞の場合は、「作り上げる、形づくる」こと、と他動詞的に考えればそれでいいのか。
新明解のように「より完全なものになる」と自動詞的に考えるのは適当でないのか。
「ネットワークの形成が必要だ」は他動詞的だとしても、「子供の人格の形成は周囲の環境に依存する」という例を考えるとやはり自動詞的解釈も必要に思え、両方書いておくのがよいのだろうと思いますが、どうでしょうか。
新明解が自動詞的解釈をしたことは貴重なとらえ方だと思いますが、他動詞としての解釈も必要でしょう。