ことば・辞書・日本語文法(2)

元日本語教師です。ことばと、(日本語)辞書と、日本語の文法について、勝手なことを書いていきます。

ウエーブ

新明解の「独自性」(?)の一例を。

まずは三省堂国語辞典の「ウエーブ」の項を。

 

  ウエーブ〔wave=波〕①電波。「マイクロ-」②かみの毛を、波をうったような形にととのえ<ること/た状態>。「-がよく出る」③〔競技場やイベントの会場で〕観客がつぎつぎに立ち上がってはすわる、波うつような動き。「-が起こる」▽ウェーブ。

 

この③の用法について、ほとんどの辞書が同じような説明をする中で、新明解だけが独特の解説をしています。


     新明解 ④〔競技場や球場で〕声援を送るために、多数の観衆が互いに肩を組んで左右にからだをゆすり、波が生じたような動きを見せること。

 

「立って、座って」ではなく、「左右に体を揺する」というのです。(もちろん、立った状態で、でしょう)

これは野球の観客にありそうな話(大学野球?)だと思いますが、どうでしょうか。しかし、それを「ウエーブ」と言っているのかどうか。

 

サッカーなどのウエーブは海外由来のようで、wikipediaに解説があります。(野球でも同じようです)

何にせよ、新明解は不十分でしょう。

ウエスト

エストポーチからウエスト本体の話へ。

三省堂国語辞典から。

 

  ウエスト(名)〔waist〕〔服〕①胸と腰の間の細くなっている部分(の寸法)。胴まわり。〔Wで示す〕②〔女性の衣服で〕「ウエスト①」の部分。「-ライン」

 

三国によれば、ウエストとは「胸と腰の間」です。すなわち、「胴」のまわり。新明解も同じです。

 

  新明解  胸と腰の間の一番細くくびれた所(の太さ)。〔狭義では、婦人服のその部分を指す〕

 

「細くくびれた所」です。そこで、いわゆる「スリーサイズ」の一つになるわけでしょう。

しかし、岩波ははっきり違います。

 

  岩波  腰。衣服の胴部。

 

エストは「腰」です。「胸と腰の間」ではありません。しかし、衣服では「胴部」で、三国・新明解と同じです。さて、これはいったいどういうことか。

大辞泉を見てみます。

 

 大辞泉 腰部。肋骨(ろっこつ)と骨盤の間のくびれた部分。

 

おや? 「腰部」とはつまり「腰」ですよね。でも、「くびれた」部分。「腰」とは「くびれた部分」ということになって、新明解の「胸と腰の間の一番細くくびれた所」と対立します。 

三国と新明解は、ウエストとは「胸と腰の間」と言っているのですが、複合語になると少し違ってきます。

 

  ・-ニッパー 女性の下着の一種。腰のまわりをしめつけて、すらりと見せる。(三国)

 

新明解も同じです。でも、「腰のまわり」をしめつけてどうするのか。「ウエストニッパー」なのだから、三国・新明解の言う「胸と腰の間」つまり「ウエスト」をしめつけないと。(しつこくてすみません)

 

  新選  女性用下着の一つ。ウエストの部分を締めて細く見せるためのもの。

 

新選は、「ウエストの部分」を締めています。当然でしょう。

腰のまわりかウエストか。そもそも「腰」とはどこなのか、です。

 

  腰 足が胴体につながったところで、からだを回したり、曲げたりする部分。「-を締める・-をかがめる・-をおろす」     (三国)

 

どうも今一つはっきりしません。「足が胴体につながったところ」では漠然としすぎていないでしょうか。
「締める」のは、上で見たように、ウエストでしょう。「おろす」のはむしろ尻です。

結局、「腰」がきっちり決められないから、「ウエスト」と「腰」の関係がはっきりしないのでしょう。

 

新明解の「腰」。 

  新明解 腰 胴体の下部で、上体と下肢をつなぐ部分。直立する・すわる・屈曲するなどの軸となる重要な部位。輪郭のくびれている部分をウエストと言い、骨盤の両側で大腿(ダイタイ)の上端に当たる部分をヒップと言う。

 

新明解はウエスト・ヒップどちらも「腰」とします。それはそれで一つの解釈でしょうが、そうすると「ウエスト」の「胸と腰の間の細くなっている部分」と矛盾します。執筆者・編集者はこの矛盾に気付いていないのでしょうか。

 

明鏡の「腰」。 

     明鏡 腰 ①胴体の下部で、脊椎が骨盤と連絡している部分。上半身を曲げたり回したりするときの基点になる。腰部。「━が曲がる」「━をおろす」
   ② ①の周り。ウエスト。「細い━」

 

明鏡は②で「腰」の周りはウエストだとしています。でも、明鏡で「ウエスト」を見ると、

 

  明鏡 ウエスト 腰と胸の間のくびれて細くなった部分。胴回り。また、衣服の胴回り。略号W 

 

で、やはり「腰と胸の間」です。「腰の周り」ではありません。明鏡は明鏡で、矛盾しています。

さて、それぞれの「ヒップ」を引いてみると、

 

    ヒップ

    [hip] 尻しり。また、尻回り(の寸法)。[明鏡]
      〔hip=尻(シリ)〕腰回り(の寸法)。 [新明解]

 

となります。新明解は「尻」の回りを「腰」回りと言っていることになります。

明鏡は、「胴回り」と「尻回り」で、「腰回り」は使いません。

三国はというと、

 

  ヒップ ①(女性の)尻。「みごとな-」②〔服〕尻のまわり(の寸法)。腰回り。〔Hで示す〕「-サイズ」 (三国)

 

こちらははっきり「尻のまわり」を「腰回り」とも言っています。(①の用例は、こういうのを出していいのかなあ、と思いますが)

 

大辞林の「腰」。

 

     大辞林 人体で、脊柱の下部から骨盤のあたり。体の後ろ側で胴のくびれているあたりから、一番張っているあたりまでを漠然とさす。上体を曲げたり回したりするときの軸になり、体を動かしたり姿勢を保ったりするときに重要なところ。人間以外の動物にもこれをあてて言うことがある。「-を下ろす」


 「漠然とさす」というのが正直なところでしょうか。「体の後ろ側」というのも他にない言い方です。(では、前側は何と言うのでしょうか。)

 

世界大百科事典 第2版の解説を見てみます。


   こし【腰】一般に背骨の下部,上半身を曲げたりひねったりすることのできる部位を指す語。解剖学的には腰部の範囲は狭小だが,日常語としての〈こし〉が指す部分はあいまいで広い。〈こしぼね〉には寛骨や仙椎も含まれ,〈こしをかける〉とは実は尻をかけることである。柔道で相手を臀部に乗せて回し投げる技を腰車という。武士は腰刀を側腹部に差していた。くびれた腰の線とは側腹部を後ろから見た輪郭のことである。このようなあいまいさは他の言語にもある。

 

「日常語としての〈こし〉が指す部分はあいまいで広い。」というのはいいのですが、最後の、「このようなあいまいさは他の言語にもある」というのは、確かにそうでしょうが、ここで言うことかなあ、とも思います。

 

さて、私なりの結論は、「腰」があいまいなのはしかたないとして、「ウエスト」の語釈に「胸と腰の間」と書くのはよくないだろう、ということです。

「腰の上部の細くなったところ」(「細くなっ」ているかどうかは人にもよるのだけれど、と我が身を省みて思うところです)とでもするのがいいのではないでしょうか。

 

ウエストポーチ

「う」の項目から。まずは三省堂国語辞典のはっきりした誤植を見つけたのでご報告を。

 

  ・-ポーチ〔和製waist porch〕腰に取りつける小型のバッグ。 (三国)

 

これは「ウエスト」の「追い込み項目」になっています。

 

  旺文社

   〔waist pouch〕腰に巻き付けるベルト式の帯が付いた、小物を入れる小型のバッグ。

 

三国は和製英語としていますが、旺文社は英語としています。そして、より大きな違いは、

    porch :  pouch

というスペリングの違いです。

大辞林大辞泉ともに英語とし、pouch です。 

 

  ポーチ【porch】洋風建築で、建物の本体から張り出して設けられた屋根のついた玄関。車寄せ。

     ポーチ【pouch】小物を入れる小さな袋。 「ウエスト--」    

                        (大辞林

これはどう見ても三国の誤植でしょう。そして、和製英語でもありません。

 

 

イニシャル

アルファベットの話の続きです。「イニシャル」について。

 

 三省堂国語辞典

  イニシャル ローマ字で姓と名を書くときの、それぞれ最初の一字の大文字。頭文字。イニシアル。例、「山本太郎」ならば「Y.T.」(または「T.Y.」)。 

 

明鏡、新明解(「イニシアル」)・岩波などにも項目はありますが、三国が例をあげてていねいに書いています。日本式に「姓-名」の順でまず示し、「名-姓」の順を後に付け加えているのもいいと思います。

 

で、ここで問題なのは、日本人のイニシャルの書き方、読み方が国語辞典からわかるか、ということです。

上の「Y.T.」なら、「Y」がヤ行の「や・ゆ・よ」のどれかであること、「T」がタ行、または「ちゃ・ちゅ・ちょ」でもありうることがどこでわかるか、です。

三国は、裏表紙の見返しのところに「ローマ字のつづり方」が掲げてあり、「第一表」と「第二表」(いわゆる訓令式ヘボン式)があります。

これは大切なことで、ローマ字の書き方が二種類あるということをはっきり意識している日本人は多くないと思います。

さて、「つづり方」が二種類あるのはめんどうなことで、例えば「千田長治」さんだと、

  Tida  Tyozi      Chida  Choji

という違いが出てしまいます。(パスポートのローマ字つづりは、なぜかヘボン式が基本で、上の後者になるはずです。)

このイニシャルの書き表し方、読み方について、辞書本文で触れなくてよいのだろうか、というのが私の疑問です。

例えば、「C」の項に、「[ちゃ・ち・ちゅ・ちょ]のイニシャルとして使われる」、というような情報は要らないでしょうか。

逆に、「訓令式」では「Z」が「ザ行」の他に、その拗音に使われる、というのは案外わかりにくいことなのではないか、と。

多くの人が「じゃ・じゅ・じょ」は「ja ju jo」だと思っているでしょうが、「zya zyu zyo」でいいのだし、ローマ字を習ったばかりの小学生ならそう書くでしょうから。

その辺のことで何か疑問に思ったとき、辞書の本文で(付録ではなく)そういうことがわかるような記述があるといいんじゃないか、と私は思うのですが、どうでしょうか。 

 

訂正:

最初に書いたとき、「千田長治」のローマ字つづりを

   Tida  Tyouzi      Chida  Chouji 

としたのは誤りでした。(これは、ワープロソフトの「ローマ字入力」の形でした)

一般的に使われる形の、

   Tida  Tyozi      Chida  Choji

に直しました。

長音符号の問題は、また別の機会に。

PQRSTUVWXYZ

アルファベットの残りをまとめて。三省堂国語辞典を中心に。

 

   ピー ①[p]〔音〕←ピアノ②。②[p.]←ページ2。③[P]〔←parking〕駐車場。④〔俗〕〔野球で〕←ピッチャー・ピッチング。「-ゴロ・ナイス-!」⑤[P]〔俗〕〔テレビ・ラジオ番組などの〕プロデューサー。「山田-」

  新明解
    ①【P】〔野球で〕ピッチャーの略。「-ゴロ」
    ②【p】〔楽譜で〕「ピアノ」の略記号。
     

明鏡には項目がありませんでした。三国はよく書いていますね。

三国のN、Oに何の記述もなかったのは、重要性が低いからではなく、そこを担当した執筆者がアルファベットを扱うべきだということに気付かなかったのでしょう。そして、編集者が体系的な記述ということを考えていなかった、ということです。

 

  キューQ ①〔←question〕問い。(⇔A) ②→クイーン②。③→級数②。④キュー(cue)②。   (三国)

 

明鏡、新明解はなし。(以下、これらの辞書に触れないときは、項目自体がない場合です)

 

  アールR〔←radius=半径〕曲線(のきつさ)。「-〔=丸み〕をつける・-のきつい〔=急カーブの〕道路」  (三国)

 

それよりも、「パイアール自乗」の「アール」が要るんじゃないかということを、ずいぶん前に書きました。

 

   エスS ①〔←small〕〔商品のサイズの〕小型。「-サイズの制服」(⇔L・M)  
     以下略記 ②納戸 ③サディスト ④女学生の同性愛 ⑤スパイ ⑥覚醒剤の一種 ⑦シングル

  明鏡
   ① 衣料品などで、大きさが標準より小さいこと。また、その物。M・L 「Sサイズ」または「S判」の略。「S」は、small の頭文字から。
   ②〔俗〕女学生どうしなどのきわめて親密な間柄。また、その間柄にある相手。sister の頭文字から。◇Sという記号は、ほかに、南や硫黄(元素記号)を表す。
  新明解
    【S】〔←sister〕女学生の同性愛(の対象)。 

 

あいかわらず、新明解は記述が偏っています。「Sサイズ」というのは、喫茶店でもよく使う表現です。

 

  三国

   ティーT ①←Tシャツ「ちび-」②〔←tournament〕〔文〕トーナメント「決勝-」③〔←twin〕〔文〕→ツイン②。△テー〔古風〕。  

   ユーU U字の形。「-ターン・-ネック・〔髪どめの〕-ピン」

   ブイV ①〔←victory〕勝利。優勝。「-3(スリー)〔=三連覇〕・-サイン〔=勝ったしるしに、指をVの字に広げた形〕・-打〔=決勝打〕」②〔テレビで〕VTR。「-を流す」

 

この辺は、三国・明鏡・新明解の3冊の中では三国だけが実際の使われ方を記述しようと頑張っています。(岩波は見ていません。どうせないでしょうから。)

  

  三国

   ダブリューW ①ワールド〔=世界〕の略字。「-杯〔=ワールドカップ〕」②ウイーク〔=週〕の略字。「G-〔=ゴールデンウイーク〕」③ウエスト〔=腰まわり〕の略字。④〔←warai=笑い〕〔俗〕〔インターネットで〕(あざ)笑うことをあらわす文字。「まさかwww」〔二十一世紀になって広まった使い方〕     

  明鏡  
      女性。また、女性的な要素。woman の頭文字から。 

  新明解
   【W】〔woman の頭(カシラ)文字〕女性(的要素)。⇔エム(M)

 

三国は、「笑い」を書いたのはいいのですが、それよりも先に「west 西」を書くべきでしょう。

 

  三国 

   エックスX ①[x]未知数をあらわす記号。まだわかっていない<数/ものごと>。未知数。

   明鏡     未知・未決定の事柄。未知数。 

  新明解

      【X・x】①〔数学で〕未知数を表わすために最もよく用いる記号。②未知の(不確定な)数や事物。エッキス 。③〔ローマ数字で〕「十」を表わす記号。  

  岩波! 未知であるもの。▽アルファベットのxを未知数の記号に使うことから。

 

「X軸」の「X」はどういう意味なのでしょうか。「未知・不確定」ではないでしょう。

新明解はここで「ローマ数字」を 言うなら、「V」のところでも「五」を表すことを書くべきでしょう。

岩波は「エックス」だけは日常的な日本語として認めています。

 

「Y」はこれらの辞書にはありません。「Z」も。

テレビで放送大学をやっていて、「エックス二乗プラスワイ二乗イコールいち」と聞こえてきたら、これは(多くの?)日本人に分かりうる日本語ではないでしょうか。それが意味することはともかく、日本語のことばとしては。

また、「Y軸」は「X軸」とセットで、中学生・高校生には必須の数学用語です。

Z(小文字のz?)は、第三の未知数としても使われます。
  

どうしてこれらの4冊の国語辞典は、アルファベットの日本語の中での使用にもっと注意深くないのでしょうか。(この4冊以外の国語辞典については、また調べてみます。)    

JKLMNO

前回の続きで、アルファベットのJから。三省堂国語辞典の記述です。

  

  ジェーJ [1](造)〔←Japan〕日本の。「-ホラー」[2](名)←Jリーグ。「-2(ツー)」△ジェイ


なお、明鏡・新明解・岩波には項目そのものがありません。

大辞林を見てみましょう。

 

  ジェー【J・j】 ① 英語のアルファベットの第一〇字。 ② 仕事・熱量・エネルギーの単位ジュール(joule)を表す記号( J )。③ トランプでジャック(jack)の札の記号。

 

おやおや。日本を表す「J」がありません。大辞泉には、大辞林と同じ3つの用法のほかに、

 

  4 〈J〉《Japan/Japanese》日本または「日本の」を表す略号。「Jポップ」 

 

がちゃんとありました。大辞林はどうしたのでしょうか。

Kはいろいろと使われています。新明解にも、明鏡にも項目があります。

 

 三国 

  ケーK ①〔←kitchen〕台所。「三-〔=部屋が三つと台所の間取り〕」
     (②以下略記)②カラット ③野球の三振 ④キロ △ケイ  

 新明解

  【K】①〔←kitchen〕台所。3-〔=三部屋と台所〕
   ②〔←オ karaat〕金のカラット。数字の前に添えて書く。K18= 十八金。

 明鏡

  家の間取りで、台所を表す記号。「二LD━」▽kitchen の頭文字から。

 

三国が詳しいですね。明鏡はキッチンのみ。

Lは、新明解には項目がありません。

 

 三国

    エル L①〔←large〕〔商品サイズの〕大型。「-判(⇔S・M)
      ②〔←living room〕洋風の居間。リビング。「2-DKのマンション」 

 明鏡                               
    ①衣服などの寸法が標準より大きいこと。M・S「Lサイズ」の略。

     ▽「L」は、large の頭文字から。

    ②家の間取りで、居間を表す記号。「三━DK」▽living room の頭文字から。

 

Mでは新明解が個性的です。(新明解は、どうも記述にムラがあります)

 

 三国

  エムM ①〔←magnitude〕マグニチュード〔=地震の規模〕をあらわす記号。「-6」
    ②〔←medium〕〔商品サイズの〕中型。「-判」(⇔S・L)
    ③〔←male〕男性。雄。(⇔F)
    ④〔←masochist〕マゾヒスト(の傾向を持つ人)。(⇔S) 

 新明解

      【M】1〔money の頭(カシラ)文字〕〔以前、学生の間で〕お金。ゲル。
     2〔man の頭文字〕男性(的要素)。⇔W 

     3〔梵(ボン)語 māra の頭文字〕陰茎。  4 ⇒マグニチュード

 明鏡

      1  衣料品などで、大きさが中位または標準であること。また、その物。⇔S・L 

   ▽「Mサイズ」または「M判」の略。「M」は、middle または medium の頭文字から。   

 

どうして新明解は、「中型」という、ごくふつうの用法を書かないのでしょうか。そういえば、「大型」のLもありませんでした。S・M・Lというのは、ごく普通に使われる記号です。

 

さて、次はNとOですが、どちらも三国にはありません。新明解・明鏡にも。(岩波は「論外」です)

どうしてなんでしょうか。三国は、「E」には「東」と書いたのだから、「N」には当然「北」と書くべきなんですが。

「私はAで、彼はOなんだけど、相性はどうなのかなあ」と言って、何のことかわからない人は少ないでしょう。

「エヌ」も「オー」も、完全に日本語としての発音ですし。

 

FGHI

前回の続きで、F以降を見ていきます。(Eはすでに見ました)

三省堂国語辞典を中心に。

 

  エフF ①[f]〔←フォルテ〕。②[F]〔←ドFahrenheit〕華氏温度。

     以下③から⑧まで略記   ③レンズの明るさ ④焦点距離 ⑤建物の階 ⑥鉛筆の硬さ  ⑦女性 ⑧フリーサイズ

     ジーG・g〔←gravity〕〔理〕加速度の単位をあらわす記号。重力の作用だけで落下するものに加わる加速度が、1G。「三-〔=地球上のGの三倍の加速度〕・-がかかる〔=重力が加わる〕  (三国)

 

 「F」の詳しさは何でしょうか。それだけの用法があると言えばそうなのですが、「G」と比べるとその違いの大きさに驚きます。

明鏡の「G」を見ると、

 

   ①〖g〗質量の単位、グラム(gramme)を表す記号。
   ②〖g〗重力加速度(gravity)を表す単位および記号。
   ③〖G〗数の単位、ギガ(giga)を表す記号。
   ④〖G〗磁束密度の単位、ガウス(gauss)を表す記号。
   ⑤〖G〗万有引力定数を表す記号。
   ⑥〖G〗音楽で、音名の一つ。ト音。    (明鏡)

 

とあり、多くの用法があげられています。少なくとも、「グラム・ギガ・ト音」ぐらいは三国にもあるべきでしょう。

結局、三国の「F」と「G」の違いは、執筆者の違いなのでしょう。「E」が詳しかったように。(明鏡は、「E」「F」は項目すらありません。こちらも、執筆者によって詳しさが違い、編集者はそれに気付いていません)

新明解は、「F(f)」は詳しいのですが、「G」はありません。

 

 【F】
   ①〔←ド Fahrenheit〕カ氏温度。
   ②〔←focal length number〕〔写真で〕レンズの明るさを表わす記号。〔開放にした時のしぼりの数値で示す。例、「F 1.8」〕
   ③〔←firm〕鉛筆の芯(シン)の硬さを表わす記号。HBより硬く、Hより軟らかい。
   ④〔←floor〕その建物の、地上何階かを示す記号。
 【f】
  ①〔楽譜で〕フォルテの略記号。
  ② 〔←focal length〕〔写真で〕レンズの焦点距離。「f= 45 mm」 (新明解)

 

三国と似ているのは、もしかすると同じ執筆者なのかもしれません。三国の⑦⑧は、あとからの改訂で付け加えられたもの、と勝手な推測をしてしまいます。

次は「H」です。「エイチ」と「エッチ」の2つの発音があります。三国は「エッチ」は性的なこと、「エイチ」はそれ以外、と分けています。

 

  エイチH ①〔←hard〕えんぴつの芯のかたいことをあらわす記号。(⇔ビー) ②「ヒップ〔=しりまわり〕」の略字。③〔←hour〕〔看板などで〕→時間③ △エッチ

  エッチH①(形動ダ) 性的でいやらしいようす。②(名・自サ) 性交。[表記]「H」とも書く。     (三国)

 

明鏡は「エッチ」に統一し、鉛筆と性的なことのみです。

  エッチ【H】名 ①鉛筆の芯しんの硬さを表す記号。1Hから9Hまであり、数値が大きいほど硬い。エイチ。⇔B hard(=硬い)の略。

   ② 形動〔俗〕性的に露骨でいやらしいこと。また、その人。「━な話」hentai(=変態)の頭文字からという。

     ③自サ変〔俗〕性行為を遠回しに言う語。「恋人と━する」 (明鏡)

 

新明解も同じです。

  エッチ【H】〔エイチの俗な発音〕 ①〔←hard〕鉛筆の芯(シン)の硬さを表わす符号。[語例]-B ・ 2- 〔=HHとも書く〕⇔B

    ②-な〔Hentai(変態)の頭(カシラ)文字で、もと女学生の用語という〕性的な事柄に興味を示す様子だ。「-する〔=(結婚する意志もないのに好奇心にかられて)性行為を行なう〕」  (新明解)

 

それにしても、「エッチする」の解説のすごく偏ったものの見方は、さすが新明解ですね。山田忠雄が亡くなっても、その精神は生きているようです。 

さて、「I」ですが、どの辞書にもありません。それでいいのでしょうか。「アイエルオー ILO」などは項目としてあるのですから、「I」という字を「アイ」と読むことは、日本語の知識の一部です。(「アイ」は英語の発音ではありません。日本語の中に取り込まれた、外来語としての発音です)

また、

  i 2=-1

が読めないと、そして、この等式の意味がわからないと、高校を卒業したとは言えないんじゃないでしょうか。

日本語の中で、日本語として使われている要素を過不足なく取り出し、適切な記述をすること、これが国語(日本語)辞典の役割だと思うのですが。

この問題は、国語辞典の多くに共通する問題です。(このことは、前に「パイアール二乗」という記事の中でも書きました) 

 

◇追記  20.11.23

「G」のところで、

 

   少なくとも、「グラム・ギガ・ト音」ぐらいは三国にもあるべきでしょう。

 

と単純に書いたのはよくなかったと思うようになりました。

 

「グラム」は「g」と書くけれども、「ジー」とは読みませんね。

「2g」は、「にグラム」と読む。

「ギガ」も、「2G」は「にギガ」と読むでしょう。

 

つまり、明鏡が「ジー」の項目にこれらを入れたこと自体がそもそも問題を含んでいると考えるべきでしょう。

 

「g」は、字(記号)としては確かに「ジー」という発音を持つけれども、「グラム」の意味で使われた場合は、それを「ジー」と[読む]わけではない。そのようなものを、「ジー」という発音(読み)の見出し項目の中に入れていいのか。

そこを考えておく必要があります。

 

これは、明鏡だけの問題ではなく、他の辞書にも共通する問題です。

「2Gヘルツ」と書いてあるものを見て、この「G」が何を意味しているのか分からない人が辞書を引こうとするなら、やはり「ジー」を見るのでしょうから、「ジー」の所で「ギガ」の意味とそう読むことを説明する必要がある。

そこで、この「2G」は「にジー」とは読まないことを注記しておくべきでしょう。

 

なかなか複雑ですね。他のアルファベットも考え直してみなければなりません。

助詞「は」のところに「ワ(wa)と発音する」と書くようなものでしょうか。